第17話 真獣
おれは馬車を降りると、周囲に目を向けた。二十軒ほどの家が並ぶ、集落だ。
家はどれも石造りの小さなものだが、横には納屋と家畜小屋までもがある。
馬を降りた騎士たちが歩く中、その奥に目を引くものがあった。
蒼い馬。いや、頭には二本の角。だが鹿ではない、あの姿は確かに馬。
足を進めた。
その馬は、こちらに目を向けることなく立っている。身体は大きく、足もしっかりとしている。馬体は蒼く輝き、鬣は白かった。
「どうした、隆也。真獣に興味があるのか」
掛けられた声に顔を向ける。サラだ。手には大きな桶を抱えている。
「真獣、馬ではないの」
「元は馬だな」
その桶を置くと、真獣は勢いよく水を飲みだした。
「人は創聖皇から心を分けられた存在だ。その為に人の思いは強い。飢餓で苦しみ、野盗に襲われ、死んでいく苦しみと恐れ、怒りと恨みの思いは地に残り妖気となる。隆也が蔵で見た黒い影もそうだ」
サラは真獣の首筋を撫でながら、続ける。
「その妖気が強くなると、それは猪や、山犬などの雑食の獣の体内に入りルクスを蝕む。そうなった獣は妖獣となる。しかし、稀に馬や鹿も妖獣化する」
「これは、妖獣なのか」
見上げる真獣は、妖獣と同じなのか。その毛並みは美しく、鬣は輝いて見える。
「違う。そういう妖獣をルクスで抑え込み、蝕んだ妖気を切り離すことで、妖獣は真獣になる。真獣はその相手に従い、背中を預ける。もっともそれが出来るのは、草食の獣だけだが」
「馬とはどう違うの」
「見た目はこの通りだ。能力的には、走る距離も速度も倍以上に伸びるな。向こうを見てみろ」
サラが馬小屋の奥を指さす。
そこには、緑の馬体と黄色の馬体の真獣がいた。
「ラムザスたちの真獣だ」
サラは、言いながらすぐ横の石段に腰を落とした。石段の端に座ったのは、横に座れということのようだ。
「そんなにすごい馬なら、他の騎士たちも使えばいいじゃないか」
隆也もその隣に座った。
「言っただろう。馬などが妖獣になるのは稀だ。それにルクスを送り込んで抑えつけ、妖気を切り離すのは簡単ではない。失敗すれば自分が抑え込まれて、蹴り殺される」
なるほど、それではルクスの強い印綬の者たちだけが乗っているのも分かる。
「それより、ここからは先ほど話した妖獣が出てくる。数が多い時は馬車を止めて周囲を守るから、馬車から絶対に出るな」
妖獣。猪や山犬とかか。馬車で逃げても追いつかれるのだろう。
「分かった。ここで止まったのはその準備なのか」
「そうだ。今日はこの先のダレス街道駅まで進みたいからな」
街道駅、駅とは言っているが宿場町みたいなものなのだろう。
「それで、妖獣とはラミエルのことなのか」
「ラミエル、なぜそれを知っている」
「アレクに聞いた。おれたちがここに来た時に、襲われたと」
「そうか。しかしラミエルは妖獣ではない。伝説でしか聞いたことのなかった怪物だ」
伝説でしか知らないのなら、なぜそれが分かるのか。
「伝説と同じだからだ。人の姿をし、人ではありえないルクスを持つ。伝説通りだからだ」
「なるほど。向こうで会った時と鎧が少し違うようだけど、それもラミエルのせいなのか」
胸を持ち上げるように、優美な曲線を描く胸当てを見た。白銀のそれだったはずが、今は少し色が違う。
「ほう、よく分かったな。観察眼はあるようだ。ラミエルの槍に砕かれたので、胸当てだけ代用品だ」
サラが大きく息を付いた。
「ラミエルは、大陸にはいないはずで、それを見た者はいない。伝えられているのは、凄まじいルクスを持つが、それ自身に感情も意思もない。創聖皇が創らなかった存在、天外の者ということだ」
「そんなものが、どうして」
「分からない。しかし、何らかの意思が働いて聖符の場所を襲ったのだろう。おかげで、三十五人もの兵が死んだ」
「何らかの意思、外西守護のイグザムとかの意思か。確か、傭兵団にも襲われたと言っていたけど」
「確かにな。だが、イグザムにラミエルが扱えるとは思えない。いや、扱える者など居るわけがない」
「だけど、実際に現れたのだろう。だったら、また来るかもしれない」
「そうだな、警戒はしておく」
頷くおれに、
「それで、この国の状況は分かってきたか」
不意に尋ねてきた。
「この国か、思った以上に荒れている」
「王がいないから、仕方がない」
「なぜ、王がいなければ荒れるのだ。国の機能が停止しているわけでもないだろう」
「王宮が封鎖され、その前に臨時王宮が開かれてはいるが、官吏は少ない。しかし、それよりも、王がいないために調和が乱れている」
「何の調和だ」
「王は、天と地の間に立つ者。地のルクスと天の気を調和させ、妖気を浄化する存在だからな」
王が立たないと国が亡ぶとは聞いたが、隣国に併合されて亡ぶと言っているのかと思っていた。しかし、天候不順も妖気も王のいないためだというのだろうか。
「食糧難も、妖獣とやらも王がいれば防げるのか」
「当たり前だ。王がいれば天候は穏やかになり、妖獣の発生も少ない。民が飢えることはない」
本気で言っているのか。それとも、そういう教えでもあるのだろうか。
「面倒くさい世界だな」
「面倒か、わたしには王がいないお前たちの世界が、面倒に思える」
呟くサラの顔が上がり、
「呼んでいるぞ」
集落の入り口に顔を向けた。
その視線の先に、坂本と藤沢の姿があった。
「すぐに出発だ。妖獣のことを仲間に伝えておいてくれ」
「そうするよ」
二人の元に戻る。妖獣のことを伝えておいてくれと言うことは、ラミエルについては伝えないでいいということなのだろう。
確かに、不安にさせてしまうだけだ。
「ラムザスさんが来て、すぐに出発するから馬車の乗れって言われたよ」
「分かった」
「それより、あの子と話していたのか」
坂本が身体を寄せてきた。
「あぁ、綺麗な馬がいて、近寄ったらサラの馬だったらしい」
「よく緊張せずに話せるね」
「なにが」
「だって、あんなに綺麗な人だよ。僕は隣にいるだけで、固まってしまうよ」
そうだ、確かに綺麗だ。学校ではクラスの女子とも話せないのに、サラとは自然に話が出来た。
どうしてだろう。そのサラへと振り返った。
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