第13話 仁の印綬
いつの間に運ばれてきたのか、中央のテーブルの上にパンと料理が並べられていた。
レイムとサラは、こちらを見ると深いため息を漏らす。何だよ、その態度は。
そのテーブルの一画に足を進めると、
「状況は聞いた。大変だっていうのも分ったよ」
手近な椅子に腰を下ろした。
「やっとか。それでは、印綬をどう探すかだが」
「その前に」
レイムの言葉を遮る。
「おれたちを帰す算段も早急にしてくれ」
「もちろんだ」
大きく頷いたのはサラだ。
「なぜ巻き込まれたのかは分らないが。わたしたちが、帰れるように全力で支援することを誓う」
「世界にとってもおまえたちは異物。創聖皇もすぐに対応をするさ」
レイムは相変わらず他人事のように言うと、パンに手を伸ばした。
「今までに、おれたちみたいに違う世界から跳ばされて、この世界に来た者はいるのか」
「いる訳がない。あたしたちだって、他の世界があるなんて初めて聞いたのだ」
「聞いたって、誰から聞いたんだ」
「一々うるさいな。創聖皇からに決まっておろう。他の誰がそんなことを知る」
鬱陶しそうに睨んできた。
ったく、こいつは自分がおれたちを巻き込んだことに、反省はないのか。
「エルフっていうのは、創聖皇の代弁者で、レイムもそれだからおれのたちの世界に来たのだろう。だったら、レイムが動いてくれないと進まないだろう」
「創聖皇には問うてあるさ。今は返事待ちだ」
返事待ち、本当に他人事だと思っているな。
立ち上がったおれを取りなすように、
「まぁ、落ち着け。隆也よ、無事に帰られる。それまでしっかりと食べて、体力をつけておくといい」
アレクが煮豆を取り分けるとおれの前に置いた。
他の印綬と違い、このアレクは歳が一回りは上のせいか貫録が違うんだよなぁ。それに、皆と違って几帳面さも伝わってくる。
サラたちと違って、文句が言いづらいんだ。
「分かったよ」
おれは椅子に腰を戻すと、取り皿を引き寄せ、パンの置かれた籠に手を伸ばした。
茶色の薄く固いパンだ。
口に運ぶ。酸味と苦味があり、固くパサついたそれは、はっきり言って食べられたものではない。
引き寄せた皿にスプーンを伸ばす、煮込んだ豆だ。甘くどろどろとした食感。これも、正直食べられたものではない。
「パンと一緒に食ってみろ」
ラムザスが言いながら、パンに煮豆を乗せる。
同じように、煮豆を乗せて口に入れた。パサつきは抑えられ、酸味もまろやかにはなった。
しかし、これは、不味い。
「不作続きで、小麦が取れない。大麦を混ぜた全粒のパンしか、今はないんだ。採れる野菜も旱魃に強い豆が中心になる」
サラが困ったように言う。
「食べられるだけましだ。民には食べられない者も多い」
レイムは怒ったように言うと手にしたパンを皿に置いた。
「それで印綬の捜し方だが、この周囲に落ちたものは全て回収した。それを元に、どこに散ったかをトレースする」
「回収したものを元にするって、どうするのだ」
ラムザスが顔を上げる。
「この世界には、それらも同じ異物。それ固有の波動がある。その波動を追いかければいい」
「そうだ。智の印綬持ちだけはあるな、シルフ」
レイムの言葉に、シルフが頷く。
「では、その追った先に、印綬があるということだな」
「しかし、印綬は本当に――」
アレクの言葉を待っていたように、固い音が響いた。
窓際に置かれた細長い木箱。その蓋が勝手に開き、白い三本の棒に支えられたペンが起き上がる。
それは、誰も触れないまま動き出した。
すぐに、レイムが光の粒子を散らして飛んでいく。
木箱に手を突っ込み、一枚の紙を取り出した。メモ用紙のような紙には、字が書かれている。
「仁の聖碑に光が灯ったらしい」
レイムが勝ち誇った笑みを見せた。
「印綬が現出したのか」
「そうだ」
印綬の現出。それより驚くべきは、あのペンだろう。
目を戻すと、ペンはそのままゆっくりと倒れ、蓋も閉じていく。
「遠隔書式だ」
サラが小さな声で言う。
「なんだ、それは」
「遠くの者が、ペンを動かせば、それをこちらのペンが同じ動きをして字を記す」
簡単に言うが、どうやらファックスの様なものらしい。
「それで、差出人は誰なのだ」
アレクが身体を乗り出す。
「ライラだ。ライラが、その目で光を確認したらしい」
「危ない」
シルフの呟く声が聞こえた。
「彼らは印綬を壊しに来る」
「そうだな。先に見つけなければならない」
ライラって誰だよ。彼らって、何だよ。リルザ王国か。
「ライラは外西守護地にいるエルフだ。そして、壊しに来るとすれば、外西守護公領主のイグザム」
再びサラが言う。
「おまえたちが現出する時に、ラミエルが現出する前に、傭兵団に襲われた。捕えた傭兵は、獣の姿をしたエルス種。外西守護公領主イグザムがよく使う傭兵だ」
「外西守護、イグザム、何のことだ」
おれの問いに、レイムがあからさまに面倒臭そうな顔を向けた。
仕方がないだろう、知らないのだから
「巻き込んだ以上、状況の説明くらいはしてやらねばなるまい」
ラムザスがカップを置いた。
「この国はな。王都と十二の守護領地で治められている。王都を中心に東西南北にそれぞれ三つの守護領地が放射状に並んでいるのだ。外西守護領地は西の一番外にある守護地になる。その公領主であるイグザムが、リルザ王国と密約を結び、傭兵を集めている。不戦の結界がなくなれば、リルザ王国に呼応して軍を上げる気だ」
「何のために、そんなことをする」
「簡単だ。リルザ王国にすれば、ただでさえ少ないこの国の兵を分断し、反対勢力を短期決戦で平定できる。イグザム公は領地を広げられる」
「領地を広げるために国を裏切るのならば、付いてくる兵も民もいるとは思えないけど」
「確かに領内では盗賊に食料庫を襲われていると聞く。しかし、それも一部だ。若者は作物の採れなくなった畑を捨てて傭兵になるしかない、信義などない。民は疲弊し逆らえない」
大きく息をつくと、窓の外に目を移した。
「今頃は、指を折り数えてその日を待っているだろうよ」
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