第12話 異世界


 柔らかな風が吹き付け、青い空が目の前に広がっている。

 どうやら、城にいたようだ。

 出た先には広い空間があり、その奥と手前にそれぞれ上り階段と下り階段が見える。


 本当に、異世界に来ているのだ。

 夢を見ているようで、現実感がない。

 異世界、本当にそんなものが存在し、そしてそこにいることが整理できない。


 おれも被害者だが、坂本と藤沢を巻き込んでしまった。

 どうすれば帰られるのか。現状をゆっくりと整理したい。

 上り階段の先には大きな塔があり、下り階段の先は広い空間があった。


 その階段を下りた。胸元まである壁が凸凹になっている。世界史の本で見たことがある。たしか、城壁にある狭間というものだ。

 降りた先、壁の死角になって見えなかったが、小柄な少女が長い槍を手に、その狭間に腰を下ろしていた。


 こちらには目を向けず、

「隆也、起きたのか」

抑揚のない声で言う。


「あ、あぁ、今起きた。あなたも印綬の者か」

「智の印綬、シルフ」


 シルフか。まだ幼さの残る少女は、横顔を見せたままだ。肩までの青い髪が風に揺れている。

 おれも狭間に足を進めると、シルフが見ている先に目を向けた。

 木々が稜線を埋め尽くし、山の頂に白い光がかすかに立ち昇っている。空はあくまでも青く澄みきり、ここが別世界だと頭では納得する、幻想的な景色だった。


 しかし、立ち上る白い光を境に、森の様子は一変しているようだ。

 こちら側の木々は茶色く立ち枯れが目立ち、向こう側は緑に輝いていた。

 そして、その山の頂を挟んで、向こうにもう一つの城が見える。ここと違い、周囲には幾つもの旗が動いていた。


「活気に満ちているな」

「リルザ王国の関、ガルディナ砦。既に、進軍の準備は出来ている」

「進軍って、こちらが無抵抗ならば、向こうは何もしないだろう」

「する」


 シルフが続ける。


「リルザの王の目的は、側近に領地を与える事。無償の労働者を手に入れる事。自らの名をリルザ国内で高め、世界で三番目の帝になる事」

「まさか」

「本当だよ」


 声と共に回廊から現れたのは、長身で細身の男だ。

 左肩にキブスのようなものを付け、右手で長髪をかき上げると、男は隆也の横に立った。

 おいおい何だよ、この渋いイケメンは。


「信の印綬のアレクだ。よろしくな、隆也君」


 差し伸ばされた手を握る。


「リルザ国内では、この国の鉱物採掘権の販売交渉と奴隷労働者の割り当て公募が始まり、各地で娼館の建設まで行っている。無抵抗ならば、許してくれると思うのかい」

「だけど、人道に悖る行為を行えば、王は廃位されるのだろう」

「属国のことに王は関与していない。下々の官吏が勝手に行ったこと、となればどうなるか」

「そんな屁理屈が通るのか」

「分からん。誰もしたことがないのだからな。しかし、リスクが警鐘雲一つならば、やる価値があると判断したのだろう」

「まさか。同じ人種だろう」

「それが」


 不思議そうにアレクが尋ねる。


「同じ人種、いや人種を問わず同じ人ならば、酷いことはしないだろう。奴隷なんて考えないだろう」

「何を言っている。この国はなくなるのだ、土地も民もリルザ王国の管理になるだろ」


 そっちこそ、何を言っているのだ。

 奴隷など、それこそ創聖皇とやらが認めないだろう。

 いや待て。奴隷制の廃止されたのが十九世紀だが、二十一世紀の今も世界では強制労働、強制結婚が行われている。

 食べるものを失くした人に、食事と住まいを与えて代わりに労働をさせるのが救済と考えるならば、奴隷も救済と言い張れるのか。


「なあ、この世界で奴隷はいるのか」

「当たり前。奴隷がいないと成り立たない」


 シルフが顔も向けずに言う。

 成り立たないって、どういうことだ。


「畑の管理に、人夫。人が足りないからな。この国も多くの子供が売られている」

「売られる、おかしいだろ。お前たちはそれを見ているだけなのか」


 国が沈む。言っていたサラは印綬の継承者のはずだ。印綬の継承者は、国の中枢なのだろう。それをただ黙ってみているのかよ。


「仕方がなかろう。俺たちには何の権限もない」

「王が立って初めて、王宮に入れる。それまでは、ただの継承者」


 アレクの言葉を受け取るように、シルフの声が流れた。

 なるほど、それで三人が呆れたのか。しかし、そこまで酷いことをするのかね。

 とんでもない世界だ。

 こんな世界に関わっては駄目だ。

 早くこの世界から坂本と藤沢を助け出さないといけない。

 三人で、元の世界に帰らないといけない。


「それで、どう対応するのだ」

「リルザ王国には、何度交渉に行っても門前払いだ。唯一出来るのは王を立てることしかない」

「立たなければ」

「せいぜい、足掻いて見せるさ」


 見上げるアレクの顔が笑みに歪む。そこに爽やかさはなく、代わりに明確な覚悟があった。

 大変なことはよく分かった。王が立つためには、印綬とやらが必要なこともよく分かった。

 しかしだ。それはそっちの問題であって、おれたちが帰ることとは別だ。

 勝手に跳ばしておいて、知らないでは済ませられない。

 おれたちは帰らなければならない。


「それでは、一つ知りたい。おれたちが帰るにはどうすれいい」

「それは、創聖皇が示すさ。創聖皇も異世界から跳ばされた者を放ってはおかない。さあ、それよりも飯だ。門衛棟に戻ろう」


 アレクが肩を叩き、その足を階段に向けた。

 創聖皇か、それならば、さっさと帰してくれればいいだろうに。

 ここには、本当にそんなものが存在するのだろうか。

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