第11話 印綬の継承者
目を覚ますと、柔らかな日差しが小さな窓から差し込んでいた。
太い梁の交差する天井、壁は剥き出しの石組になっている。
ここは――、慌てて身体を起こした。
その目の前に、少女の顔がある。そうだ、サラだ。
不意に青い光に包まれて落ちた先に、この少女がいた。
「もう、目が覚めたのか。偉いな」
サラが頭に手を置く。
ずっと枕元にいてくれたのだろうか。
いや、そんなことよりも。子供じゃないんだ、その対応はおかしいだろう。
頭を振って手を払い、身体を起こした。
「隆也。なんで、おまえがいるんだ」
横から顔を出したのは、人形のようなレイム。
こっちが聞きたい。人には何の影響もないと言ったじゃないか
「あるわけがない。おまえがおかしいのだ」
心を読んだように、レイムが腰に手を当て、前のめりに鋭い声で言う。
「なんだよ、それ」
開き直りか。いや、待て。坂本と藤沢は――。
目の前のレイムを避けるように立ち上った。周囲を見渡すおれに、サラの視線が動く。
その先、奥のベッドの二台に二人はいた。
「大丈夫なのか」
「おまえと同じようにルクスを入れておいた。目が覚めるのはまだ先だ」
レイムが答える。
「一応おまえにもルクスを入れておいたが、おまえが異常なのだ。ルクスなしにあたしらが見えるし、言葉も通じる」
「やはり、言っていたように印綬の影響なのですか」
尋ねたのはサラだ。
「それ以外には、考えられない」
そういえば、継承の印綬という大切なものが、あの蔵にあると言っていた。だけど、何だよ。
王を選ぶのに必要だというのは分かったが、その印綬っていうのはどんなものなんだ。
「印綬は印綬だ」
こちらには興味もなさそうにレイムが言う。
僅かに遅れて、
「レイムに六種十国の理は見せられたのだろう。継承の印綬。継承の印綬というのhは五つあってな」
不意に野太い声が響いた。
声と共に建物に入ってきたのは、赤髪の巨躯の男だ。背中には大きな剣を背負っている。
「その五つが揃わぬと、王が立たぬのだ」
男はそのまま部屋の中央に置かれたテーブルに進んだ。
確かに、その映像は見せられた。
レイムと話すよりも、この男と話した方が話は早い。おれもその足をテーブルに進めた。
「王を選ぶ」
「そうだ。隆也と言ったか、印綬には五種ある。義の印綬、礼の印綬、智の印綬、信の印綬、そして仁の印綬だ。そこに居る、サラ・ウエズリーは礼の印綬の継承者になる」
仁・義・礼・智・信、確か中国の儒学の思想だ。しかし、その言葉以外に共通点は見えない。
「あなたは」
「義の印綬、ラムザス・クロウドだ。ラムザスと呼んでくれ」
「それで、印綬を捜しにうちの蔵に来たと言っていたけど」
「仁の印綬のみが行方が知れなくなった。印綬にはそれぞれ対応する聖碑があり、現出すると明かりが灯る。本来ならば、王がいなくなって数年もしないうちに現れるはずだが、三十年近くそこにだけ明かりは灯らない」
「それは、あったのか」
「見付かっていない」
見付かっていないって。家の蔵を持って来たのだろう。あげくに、おれたちまで巻き込んでおいて。
「どんなものなんだ」
「仁の印綬。色は赤、形は定まらず。赤色の物だがそれが何かは不明だ。我の印綬は、義の印綬。色は黄色、形は定まらずだ。元々は金色の腕輪だった。それが、我が手にするとこの大剣に変わり、我は印綬の継承者になった」
印綬とは、継承者に渡って初めてその形を変える物のようだ。蔵にありそうな赤い物とは何なのだろうか。
「しかし、間違いなくある。天意は下りたのだからな」
追いかけるようにレイムが飛んできた
「天意、だから何だよ、それは」
「創聖皇のご意思だ」
創聖皇といえば、六種十国の理を作った神か。神話をそのまま信じているのだろうか。
しかし、その意思と言われても。
「そして、礼の聖碑に聖符が刻まれた。その聖符を使えば、おまえの世界に行けるようにな」
「ちょっと待て、それならばその聖符で、おれたちは帰られるじゃないか」
その言葉にサラが首を振った。
「聖符の効果は三回。わたし達の往復と、おまえの建物の転移に使った直後に、聖符は塵になって消えた」
「もう一度、それを描けばいいだろう」
「あたしらでは無理だ」
「無理って」
「創聖皇の描いたものを人は模倣できない」
創聖皇。神話だろう、本当にいるのか。それとも、何かの比喩なのか。
「そんなことよりも大事なのは、印綬だ。転移させてきたものが、再び消え去った」
レイムがテーブルに降りると、強く天板を踏みつける。
何を言っているんだ、こいつは。
「大事なのは、おれたちだろう」
「二十七日以内に、あれを見つけぬと国が消えるぞ。理の中で、王が立たぬ時は同種の国の王が合わせて統治とあっただろう。その王が立たぬ期限が、三十年。後二十七日だ」
ラムザスが静かに口にする。
「国が消える」
「国との境は不戦の結界が張られ、兵の移動は出来ない。しかし、王の不在が三十年続けば、同種の国境の結界は消える。同種の王は、兵を率いて侵入して王宮を開放する」
「王がいないのならば、同種の王にこの国も一緒に見て貰えばいいじゃないか。確か、見せられた中に、民の疲弊を救うためにそうするとあったじゃないか」
おれの言葉に、サラがテーブルを叩いた。慌ててレイムが宙に舞う。
「民の疲弊を救う手段が、従属ならばどうする。食を与えられる代わりに、奴隷にされればどうする。このままでは、国は沈むしかない」
悲痛な声が響いた。
「いいか、隣のリルザ王国はすぐそこの国境に五万もの軍を集め、それは日増しに増えている。食料や物資を運ぶ荷馬車ではなく、完全武装の兵だ。彼らの統治は武力を持って行うということだ」
「それならば、こっちが手を上げれば、向こうも何もしようがないだろう」
おれの言葉に、三方から重いため息が漏れた。
「だめだ、こいつバカだ」
「そうだな。話をして無駄かもしれん」
レイムが再びテーブルに降り、サラも椅子に腰を落とした。
何だ、こいつらのその態度は。その目をラムザスに向ける。
ラムザスも疲れたように椅子に深く身体を預けていた。
気分が悪いぞ。
三十年たてば、現れていた印綬も消えるとあった。
彼らは、印綬の継承者という特権を手放したくないだけじゃないのか。
同じ人種の国だ。奴隷など考え過ぎだろう。
おれはそのままテーブルを離れると、ラムザスが入ってきた扉を開けた。
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