第10話 世界の理
光の中に、床も壁も消え、支えを失った隆也は落ちていた。
時間の概念はなくなり、どこまでも落ちていく感覚。
突然光は消え去り、満天の星空と月が見えた。意識する間もなく、落ちる身体が支えられる。
目の前に現れたのは、あの少女の顔。名前は、サラと云っていた少女。
また、彼女はここに戻って来たのか。
地面に下ろされ、腰を落とした。石畳の地面、流れてくる苦鳴と重く錆びた血の臭い。
周囲は石畳の広場が広がり、その奥は黒い森が見えた。
違う、ここはおれの家じゃない。
待て、だったら。
「坂本と藤沢は」
周囲をもう一度見渡した。
坂本と藤沢、それぞれ二人の男に抱えられている。僅かに時間をおいて、二人の悲鳴が響く。
「隆也、隆也。なんだ、これ。どうしたんだ。見えない人がいるぞ」
そうか、彼らにはここの者たちが見えていないのだ。
「大丈夫、大丈夫だから」
おれは言いながら二人に駆け寄った。その横で、巨躯の男と背の高い細身の男が困ったように見下ろしている。
しがみつく二人の身体は小刻みに震えていた。当然だ。見知らぬ世界が突然現れ、いないはずの者に触られるのだ。
その目の前に、小さな妖精が飛んで来た。レイムとか言っていたエルフだ。
「どういうことだ。どうしてここに」
「こっちが聞きたいわ」
その返事に、再び二人が悲鳴を上げる。
「ったく、面倒くさい。少しルクスを分けてやるからおとなしくしろ」
レイムが左右の手をそれぞれ坂本と藤沢の頭に置いた。
次の瞬間、意識を失くしたように二人の首が落ちる。
「これで、目が覚めれば皆が見える。この世界の姿も見せるから、少しは落ち着くはずだ」
本当に、どういうことだ。
ここはどこだ。
「どういうことだ、どうなっているんだ」
不安と混乱に、叫んだ。
「うるさいな、おまえにも分けてやる」
言いながら、レイムの手が伸びて来た。
頭の中がかき回されるように感じ、同時に映像が浮かんだ。
夢を見ているような感覚だが、鮮明な映像だ。
地と空を分けられ、海と陸を分けられ、夜と昼を分けられ、創聖皇は世界を創られた。
大地に植物が満ち、動物が生まれ、人が生まれた。
だが、心が未熟な人は獣と変わらず、知能を活かすことが出来なかった。
世界に秩序を作るべく、創聖皇は自らの心の欠片を地の生き物に分け与えた。 それは四つの人種を生み出す。
樹に入った心は、緑の髪に手足の長い人種樹、エルミになった。
獣に入った心は、角や尻尾など獣の姿を残した人種獣、エルスになった。
岩に入った心は、小柄だが、厚みのある屈強な身体の人種巌、エルナになった。
そして人に入った心は、隆也と同じ人種人、エルムになった。
彼らは大陸の中で渾然と暮らしていた。
緑に溢れた世界。緩やかな山並みと草原、その向こうに蒼く輝く海。
やがてそこに道が作られ、小さな木の家が建てられる。草原に白い動物が飼われ、家は増えていく。
草を払っただけの道に石畳が敷かれ、道が広くなると、家は石造りのしっかりしたものに変わり更に増えた。
草原は切り開かれ金色の実りのなる畑へと変わっていく。
生産性の上がった産物は余剰品を作り、やがて格差を生み出した。
格差は、姿の異なる人種の間に、偏見と差別という壁を作り、相互不信を重ねていく。
しばらくすると、その豊かな街並みに兵士が現れ、略奪が始まり、家々が燃やされた。
ほとんどが廃墟と化した街並は、それでもしばらくすると新たに建て直され、畑に実りがなる。
何度同じことが繰り返されたか、その度に街は大きくなっていく。
やがて再び兵士が現れた。いや、もう一方から別の兵士が現れ、街や畑は戦場に変わった。
戦は人を殺し、畑を荒らし、街を壊す。緑に満ちた大地は瞬く間に荒野となっていく。
戦は終わることなく、続いていた。
各地で王を称する者が乱立し、国同士、人種同士の争いが続く。
そして、争いは哀しみを、怒りを、怨嗟を生み、分け与えたはずの心が汚れ妖気となる。
妖気は獣に取憑くとその意識を蝕み、妖獣を生んだ。
さらに、人種の母体に入った妖気は、胎児を蝕み新たな種、妖の気を持った人を作った。
妖気の痣が刻まれた人種妖のエルグ。
混沌の中に沈んでいく世界は、突然光に包まれた。
清浄な心を分け与えたはずが、その者の魂が汚れている為に心までもが汚れていく。
創聖皇はそれを憂い、怒り、世界を作り変えられた。
全ての人に身を護れるようにルクスと言う目に見えない力を与え、確執が起きないように五種に分かれた人種を国ごとに分かつことにした。
それぞれ人種に二つの国を与え、他国を脅かすことがないように国境には不戦の結界を敷いて兵が越えられないようにした。
また、王を勝手に名乗ることがないように、仁、義、礼、智、信の五種の印綬を作った。
印綬はそれを手にするに値する者の元に、武具に形を変えて現れる。手にした者は印綬の継承者と呼ばれ、寿命のない天の籍へと移された。
そして、五人の印綬の継承者は、武具となった印綬を打ち合わせてその資格を知り、王は選ばれた。
しかし、選ばれた王も創聖皇の意に反した行為をしたときには警鐘として赤い雲を空に走らせ、改善されることなく警鐘雲が三本並べば、四本目はない。
王は廃位されて、印綬の継承者も天の籍から消されてしまう。
印綬は再びそれを手にする資質のある者の元に向かうことになる。
しかし、その資質のある者が居ない場合、三十年をもって現れていた印綬もその姿を消してしまう。
三十年間、王が立たなかった国は乱れ、民の疲弊も甚だしい。
それを救うために、不戦の結界は消されて同種の国の王が、二国を合わせて統治することにした。
最後に、人が道を違わぬように、創聖皇の意思を伝えられる人種聖のエルフを生み出し、世界に散らした。
これを持って、六種十国の理が完成した。
世界を飲み込んだ光は消え大地は再び緑に包まれた。
道が作られ、小さな家が建てられるのを見ながら、意識は深く沈んでいった。
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