第9話 天外の者

 青いルクスの輝きの中、重装槍兵たちの怒号と鋼の撃ち合う音は突然湧き起こった。


「やはり、邪魔が来たか」


 レイムの声が遠くに聞こえる。

 同時に、聖符の波動が変わった。

 道が開いた。もうすぐ、ここに印綬が現出をする。


 そう思った瞬間、強い妖気とルクスが走った。

 乱入し、周囲を固めた重装槍兵と争っている一団とは別のものだ。人の領域を超えた妖気とルクスの混合。

 それが、広場の奥から兵士をなぎ倒して迫ってくる。

 これだけの妖気とルクス、これだけの暴れ方。


 妖獣ではない。

 この強さ。

 頭に浮かぶのは、一つしかない。

 いや、違う。いるはずがない。

 あれは、伝説上の生き物。噂にしかない天外の者。

 では、あれは何だ。


「ラミエル」


 レイムの動揺した声が耳を打った。

 頭から打ち消した名前だ。

 本当にそうなの。

 大陸にいるはずのない存在。

 伝承でしか聞いたことのない存在。

 誰も見たことがない存在。

 中つ国にしかいないと言われた存在。

 しかし、伝承では莫大なルクスとしかなかった。迫ってきているのは、妖気とルクスの混合。

 信じられないことだが、やはり、この強さはそれ以外にないの。


「結界が破られた。これ以上は無理だ」


 アレクの声が響いた。


「だ、駄目だ。ここで聖符を離れれば、転移がどうなるか分からん。ここは――」


 レイムの悲痛な叫びを遮るように、

「支えきれん。ここで、一人でも継承者が殺されれば、全てが水泡に帰す」

ラムザスの怒声が飛ぶ。


 次の瞬間、聖符からの輝きは消えた。

 一瞬で暗くなった世界で、飛ぶように駆ける影が見える。シルフだ。思う間もなく、わたしも地を蹴った。

 影を引きずるように迫っているのは、黒いローブを身に纏った小柄な人影。

 手にしているのは槍。重装衛士から奪ったものだろう。


 そこにシルフが矢のように撃ちこむ。

 しかし、その刃はラミエルに触れることも叶わず、逆にシルフが吹き飛ばされた。

 あの身体を包むルクスはそこまで硬いのか。

 駆ける足元に、幾つもの木片と土が落ちだす。これが、転移を途中でやめてしまった結果か。


 しかし、まずはあのラミエルを何とかしなければ。

 その眼前に槍が走る。迅い。

 受け流すはずの槍の穂先が、頬を掠めてルクスの光を散らせた。


 剣の受ける角度が浅かったか。しかし、それだけでここまで差し込まれたことなどなかった。

 小さく息を付いた。差し込まれたのは、槍の業ではない。ラミエルにそんなものは無かった。子供が棒を振るうように、力任せに振り回しているだけ。

 膨大なルクスがなせる業だ。


 再び振り回される槍を辛うじて受け流し、その勢いを乗せて剣を撃ちこむ。刃先がローブの手前で止められるのが確かに見えた。

 わずかに遅れて、肩口に強い衝撃。

 回転させた槍の柄で撃たれた。幸い、ルクスに護られ受けたのは衝撃だけ。


 吹き飛ばされた次の瞬間、その背は固いものに打ち付けられる。周囲から落ちて来たのは土くれだ。

 いつの間にそこに現れたのか、これは向こうの世界で見た蔵の外壁。

 転移に成功をしたのか。しかし、それ以上は蔵に意識を向けることは出来なかった。


 ラムザスとアレクが同時に撃ち込み、そして、弾かれる。

 身体を起こすと再び地を蹴った。

 同じように、シルフの姿もラミエルの頭上に見える。何を狙うのかが瞬時に分かった。共に戦うのは初めてだが、息の合った連携が取れる。


 身を低くしてそのまま飛び込んだ。槍の穂先が光り、奔る。そうだ、来い。

 その一撃を流し、滑りこみながら足元に剣を撃ちこむ。同時にシルフもその頭上に槍を撃ち込むのが見えた。

 剣が弾かれ、身体が流される。いや、これだけでは終わらせない。


 左右から今度はラムザスとアレクが駆け、弾かれたシルフも身体を回転させて地に降りた。このままラミエルのルクスを削り取る。

 体勢を立て直し、剣を構えるのと同時に宙に跳ぶ。

 そのすぐ傍らをアレクが仰向けに飛ばされてきた。肩口から噴き上がるのは血。やられたのか。


 いや、ラムザスの大剣が同じようにラミエルの肩口に撃ち込まれている。

 ラミエルの手にした槍が大きく振るわれた。ラムザスの一撃が効いたのか、僅かにこちらが速い。

 そのフード越しの頭に剣を撃ち込み、下から迸ったシルフの槍がその背中を撃つ。


 剣は確実にルクスを破ったが、そこで止まった。次の瞬間、横腹に重い痛み。

 再び地に打ち付けられる。あの一瞬、ラミエルは槍を大きく振るって四人を同時に撃ったのか。

 ルクスを破られた。このわたしのルクスが一撃で粉砕された。


 傷は――。鎧が砕かれたが、そこで止まっている。まだ、闘える。

 身体を起こした時、現れたのと同じように、ラミエルが黒い影を引いて退った。

 逃げるのか。


 違う、距離をとっただけ。

 間髪おいて、今まで経験したことのない強いルクスが迸った。咄嗟に守る身体の上をルクスが走る。

 狙いは――。振り返る目に、中空に浮かんだ崩れかけた蔵が見える。先ほど背中打ち付けられた外壁は、あそこから落ちたものらしい。


 ラミエルのルクスがその蔵を包み、次の瞬間、四散して光に呑み込まれた。

 この世界に転移させた蔵を、吹き飛ばしたのだ。しかし、聖符もなく、その身のルクスだけでそれをしたのか。

 一体どんな化け物だ。

 そして、なぜ印綬を狙う。

 いや、どんな化け物であろうとも、この国の未来を潰させるわけにはいかない。

 再びラミエルへと戻すその視界に、黒い影はなかった。


「やりやがったな」


 レイムが舌打ちをする。

 だが、その言葉を聞くことが出来なかった。消えた蔵の上、消えゆく聖符のわずかな光から現出したものが見えたのだ。

 まさか、なぜここに。


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