第8話 青い光
青い光が見えた気がした。
いや、気のせいだったろうか。蝋燭の明かりは仄かに揺れている。
三人で壁に背を預けて座り込み、その明かりを見る。
「ありがとな」
坂本がパンを取った。
「本当はハンバーガーセットを買いたかったんだけど、駅前まで行かないと店はないし、お金もあまりないから」
「今度、俺のバイト代で奢るよ。藤沢もパンを食べようぜ」
藤沢も坂本の言葉に頷きながら、パンに手を伸ばす。
食欲が出て来ただけでも安心だ。
「でも、坂本は一度帰らなくてもいいのか」
「いいよ。帰りに見たけど、アパートに男の車が止まっていた。俺がいれば、おふくろも嫌な顔をするしな」
三人とも昔からだな。ため息をついた。
「なにがだ」
「さっきも言ったが、おれたちの居場所を作ろう」
「居場所か。子供の時は公園の隅に秘密基地があったな。三人でよく座り込んでいたよな」
「そうだ、隆也くん。覚えているかい。公園での誓いを」
藤沢の言葉に、小さな声で坂本が笑い出す。
「あったな。そういう誓いが」
おれの言葉に、藤沢も初めて笑い声を出した。
「だけど、誓いは本物だ」
「そうだね」
「おれが、会社を興す。坂本も藤沢も共同経営だ。ずっと一緒に楽しく暮らす」
おれは拳を突き出した。
その拳に、坂本と藤沢が拳をぶつける。
「幼稚園の時だぜ。俺はきょうどうけいえい何て意味も分からずに、頷いていたよ」
「僕もだ。だけど、あの時から思っていた。隆也くんは言い出したことは必ずするから、僕たちはずっと一緒なんだって」
「当たり前だ。今まで一緒だったし、これからも一緒だ」
そうだ。幼い時からおれたちは異質だったように思う。どんな遊びを通しても、みんなに馴染めなかった。
「それで、同じ大学か。学費を考えても国立一本だな」
「そうなれば、坂本に勉強を教えて貰わないといけないね」
「だめだ。坂本は全ての講義を歴史にしてしまう」
「何だよ、歴史は楽しいぞ」
「受験の勉強をするんだろう。おれたちは歴史家の勉強をしたいわけじゃない」
「でも、同じ大学か。楽しそうだね」
藤沢が顔を上げた。
「そうだな。これで俺たちは幼稚園から同じ学校になるな」
坂本が笑う
「だったら俺は やっぱり歴史の勉強がしたいな」
「僕はまだ考えつかないよ」
将来、おれもそこまで考えていなかったな。ただ漠然と、家を出て働くことしか考えていなかった。
「いや、隆也は経営を学ぶべきだ」
なんで経営だよ。
「そうだね、隆也くんは経営だね」
藤沢が坂本と顔を合わせて楽しそうに口を開いた。
「隆也が人の下で働く姿が想像できない」
「共同経営か」
「違うよ。別に共同経営とかじゃないよ。ただ、群れないというか、一人の方がしっくりくるんだ。隆也くんは」
他人事だと思って好きなことを言う。
「そうだな。隆也は人に合わせられないし、合わさないからな」
「それは、空気が読めない奴じゃないか」
「読まないよ」
二人の声は同時に聞こえた。
「おれほど気を使う奴はいないと思うけどな」
「気は使うのだろうが、態度がな」
「何だよ。態度がでかいというのか」
「分かっているじゃないか」
二人が笑い出す。
「堂々としていると言ってくれよ」
笑っているのに、頬が濡れるのはなぜなのだろう。それを思うと、なおさら笑えて来た。
そうだ、おれはこの二人に助けられてきた。そして、今も助けられているんだ。
おれは、そんなに大層な人間じゃない。
自分の弱さを知っているさ。
坂本と藤沢はおれのことを過大評価してくれている。
おれは水たまりのような小さな池で、虚勢を張ることしか出来ない小さな人間だ。二人に信頼されていることに甘えて、胸を張るしかない小物だ。
自分の矮小さを認めるのが嫌で、大きな湖に行くことも出来ず、小さな池で湖を見下ろそうとしている愚か者だよ。
人と反対のことを言って、否定しか出来ない天邪鬼だよ。
たまたまそれが当たり、二人が見上げてくることに優越感を感じ、承認欲求を満たしていたクズだよ。
でも、そんなおれでも二人は信頼し続けてくれている。
今度こそ、おれは応えなければいけない。
そして、それこそが二人への謝罪になり、感謝になる。
おれは生まれ変わらなければいけない。
「ありがとな」
坂本と藤沢の肩を抱く。
「何だよ、どうしたんだよ」
「おれと友達でいてくれて、ありがとう」
「おかしいよ、隆也くん。お礼は僕の言葉なのに」
藤沢が僕の肩を強く抱いた。
「おまえら、二人ともおかしいだろ。俺の言葉を取りやがって、俺は二人がいなかったら、ずっと一人ぼっちだったんだ」
坂本もその腕を肩に回してきた。
「ずっと、友達でいような」、
「当たり前だ、隆也。俺を見捨てるなよ」
笑い声は、いつの間にか嗚咽に変わってる。
でも、それは不思議と心地よかった。
おれは、必ず二人に応えられる人間になる。
「明日から、勉強する時間を三人で作ろう」
口にした瞬間、蔵の中が青く照らされ出した。
足元の聖符とか言う紋章だ。それが青く輝いている。
「な、なに」
坂本たちにも見えているのか、二人の驚いた声が聞こえる。
何、どういうことだ。
人に影響はないと言っていたのではないのか。
「大丈夫だ。蔵が無くなるだけだから」
二人の肩を抱いたまま叫んだ。
同時に、世界は青い輝きに呑み込まれた。
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