第7話 異世界への道
周囲が青く照らされ、蒼い光は大きく広がっていく。レイムの現出だ。
「確かに、時間通りだな」
ラムザスの言葉に、サラも立ち上った。
ルクスの光は一点に集中し、人を形作る。小さな人型の姿。
たちまち消えたルクスに周囲は暗く沈み、その中を光の粒子を散らしてレイムが浮かび上がった。
何も言わずにシルフが走り寄り、大きく手を広げ抱き付こうとする。
それを避け、
「ええい、鬱陶しい」
レイムの鈴のような声が響いた。
「待っていた」
「待つのはいいが、抱きつくな。それで、何日たった」
そのまま隠れるようにわたしの後ろに回る。
「六日」
「残りは、二十八日か」
「そう。もう時間がないわ」
わたしが言うと、それに重ねるようにアレクが続ける。
「すぐにでも、印綬を取り戻したいな。俺たちに余裕はない」
「しかしな、術式を発動するにしてもどうする。レイムも世界の移動でルクスは尽きかけているだろう」
ラムザスの言葉に、レイムが笑った。
「あたしのルクスは必要ない。創聖皇の聖符で道は作った、後はおまえたち印綬の継承者四人のルクスで十分だ」
「それでは、行うのか」
「そうだな。念のために聖碑の周りを衛士で固めたいな」
「それならば、大丈夫だ。準備はさせているからすぐに用意は出来る」
アレクが右手を伸ばして光球を打ち上げた。
「これで、砦から重装槍兵が出てくる」
「では、三十分ほどだな」
レイムがサラの肩に腰を落とした。
「ところで、やはりあたしの現出は一日の遅れか」
「はい。わたしは昨日のこの時間に帰還しました」
「そうか、転移にも向こうの世界にも、日にちのズレがあるんだな」
そのレイムに、用意していた銀のポットを出した。
「気が利くな。林檎酒か」
「いえ、お茶です」
「気が利かぬな。子供の使いじゃないんだ」
不服そうな言葉を無視して、カップにお茶を注ぐ。
「それよりも、ここに蔵を現出させて印綬は見つかりますか」
「見つかるさ」
レイムはそのカップを口に運び、続ける。
「この世界に戻れば、ルクスの変容も解けよう。印綬には独特の波動があるからの、すぐに分かる」
「では、後はその持ち主だけ」
「印綬を継承できるほどのルクスの者がいるか――」
「先のことよりも、今」
ラムザスの言葉は、シルフの声に断ち切られた。
「創聖皇が印綬を異世界に隠された。それは、この世界では危ないから。一番危ないのは、現出させる時」
「シルフ、だからこその重装槍兵だ」
「それで対応できるのなら、隠す必要はどこに」
確かに、その通りだ。
わざわざ異世界にまで隠すのだ。この世界にあれば、必ず壊されてしまうということなのだろう。
わたしたちですら信じられない隠し方をしたならば、例え印綬の継承者が護っていても護り切れないことを示しているのではないのか。
そして、今になってこの世界に戻すのかと言えば、王が立つにはぎりぎりの時間しかないと言うこと。
同時にそれは、ここで印綬が砕かれれば、わたしたちにはどうしようもなくなる。
「護衛を増やすか」
「いや、そんな問題でもなかろう」
レイムが手を振る。
「護衛を集めれば、それだけ周囲に喧伝するようなものだ。狙う相手がいれば、それこそ格好の目標だろ」
「しかし、創聖皇にそこまでさせる相手とは、誰なのかね」
「簡単だ、アレク。天外の者しかない」
レイムの言葉に、アレクの肩が落ちた。
いや、アレクだけではない。わたしたちも同じだ。
「な、何だ」
「創聖皇が阻止できず、手が及ばないなら、それは天外の者になるだろう。アレクが聞いていたのは、天外の者は誰なのかということだ」
ラムザスの呆れた声に、レイムがあからさまに眉をしかめた。
「天外の者とは、本来、存在しない者と言う意味だぞ。分かるわけがなかろう」
レイムはカップのお茶を飲み干すと、
「だいたい、皆は最近あたしへの尊敬の念が薄れておる。あたしは、あの三帝の一人、カルマス帝様に最も寵愛されているエルフだ。偉いエルフだぞ、もっと敬わないとだめだ」
不満そうに声を荒げる。
正直、耳元で叫ばれるときつい。
ここは、話を変えた方がいいようだ。
「それよりも、皆に向こうの世界を教えてやってほしい。わたしも上手く説明できない」
「そ、そうか。向こうの世界は凄かったものな」
先ほどの怒りを忘れたように、レイムが肩の上に座り直した。
「あれはな、ルクスがない代わりに液体や気体の可燃物を利用しているんだ。そして、雷の力も作り出して、光を出していた」
「そんなことが出来るのか。それに、本当にルクスがないのだな。馬のない荷馬車が走っていると聞いたが」
私の意図を察したように、ラムザスが強く頷く。
「荷馬車だけではないぞ、鉄の箱馬車も馬もなしで疾駆しておる。商店も大きくてな、透明の袋に包装された商品が山積みになっておった」
「向こうの人はどうなの、シルフたちと同じ」
「姿はエルムと同じだな。だが、ルクスがないから、あたしたちを見ることが出来ない」
レイムの手がわたしの頭に置かれた。
「例外はおったがな。その者の蔵を貰い受ける。アレク、兵はどうだ」
「それならば、大丈夫だ」
アレクが広場の周囲が見えるように光球を出した。ルクスで作り出した球は輝きながら中空に浮かび、四方に飛ぶ。
「周囲は抑えた」
鎧と盾で身を固め、槍を掲げた兵たちが浮かび上がった。
「しばらくでいい。これで持たせれば、天意は完了する」
「周囲はどうだ」
ラムザスが闇に包まれた森を見る。
「静かすぎるな」
「襲ってくるとすれば、エルスの傭兵か」
「そのための準備だ」
確かに、これだけ固めていれば、人種獣のエルスとて簡単に抜けることは出来ない。
「では、おまえたちは四方に立って準備だな」
レイムの言葉に、サラは足を進めた。
聖碑の前の広い石畳に描かれているのは、聖符。向こうの世界の建物に描いたものと同じものだ。
やっとだ。やっとこれで、印綬が帰ってくる。王が立ち、国は苦難から救われる。
その一画に足を進め、腰の剣を抜いた。
ルクスの蒼い輝きを受けて、刀身が波打つように光る。足を止めると聖符の中心を向き、剣を天に向けた。
ラムザスたちも同じように足を止め、大剣を、槍を、ハルバートをそれぞれ天に向ける。
「そろそろ始まるぞ。ルクスを開放しろ」
その声に、サラは思いを込める。道よ開け。
僅かに遅れて、聖符が光を放ちだした。ルクスが循環し、増強されていく。
世界は青い輝きに呑み込まれた。
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