第35話 天意

  

 サラは馬を下りると、大きく身体を伸ばした。

 街道駅で手に入れた俊足の馬だが、真獣と比べるとさすがに足は遅い。

 馬を宿屋の前に繋ぎ、そのまま食堂に入る。


 食堂に座る者たちの驚きが、波紋の様に広がっていく。

 無理もない、印綬の継承者の完全武装の姿だ。

 その彼らを無視し、マントを翻した。


 壁に掛けられた周辺地図を見る。ここがライグル街道駅、ここから北に上がっていけば王都に入れる。

 真獣とはこの先で邂逅出来そうだ。

 そのわたしの横で青いルクスの光が集約する。

 遠隔書式での時間通りだ。サラはその光を見ながら、近くの席に腰を下ろした。


 ルクスの光の中から現れたレイムに、食堂の中に再び驚きが広がる。

 これも当然の反応だ、エルフの姿など、見ることなく人生を終える者が大半なのだ。

 レイムは彼らを一瞥すると、すぐに前に腰を落とした。


「ここは王都が近いだけあって、人が多いな」

「皆がレイムの姿を見て驚いています」

「あたしだけじゃない、おまえもだ、サラ。印綬の継承者など、見られる者など数えるほどしかいないのだからな」

「これだけ王が立たなければ、珍しいのでしょう


 苦笑するしかない。


「おまえたちの責任ではない」

「はい。それよりも、天意はまだなのですか」

「天意は下りた、外西守護領地に行けとのことだ。そこに、関わるすべてが集まる」

「隆也は、隆也はどうなのです」

「分らん、分らんが今は生きているのは、間違いない」


 途端に全身から力が抜けた。

 生きている。この三日間、生死が分らずに焦燥にも似た不安しかなかった。眠れずに夜を明かしてきた。

 良かった、本当に良かった。


 レイムの言葉が頭の中を反響する。

 いや、待て。


「今はとは、どういうこと」

「まぁ、落ち着け。あたしは移動、移動で疲れている。食事をさせろ」


 レイムは手で遮ると、光の粒子を散らして奥のカウンターに向かった。

 それを見送り、大きく息をつく。

 隆也は生きている。とにかく、早く合流して、保護しないといけない。

 今晩にも真獣と邂逅出来れば、捜索する移動距離も倍以上になる。


「捜索する時間はない」


 すぐに、レイムは戻ってきた。


「後二十二日で、時間切れになる。とにかく、急いで外西守護地に向かわなければならまい」

「しかし、それでは隆也が」

「隆也も関係者だ。あの者も外西守護地に来る」

「では、生きてそこまで来るということですか。無事なのですね」

「そうだ。しかし、怪我の状態までの天意は下りていない。ただ、死んだのは藤沢のみとのご返事だ」

「しかし、あの傷では――」


 料理を運んできた給仕に、わたしは口を閉じた。

 あの傷では、死ぬことがなかったとしても動くことは出来ないはずだ。

 いや、あれほどの傷だ。治療を出来る者が近くにいるのかどうか。


「それを考えても仕方があるまい。創聖皇がそう言われておる」


 創聖皇が言われるなら、その通りにはなるだろう。しかし、状態が分からないことが心配だ。


「それよりも、食べて体力を付けろ。いざというとき隆也を助けられない」


 レイムが皿を押してきた。

 スープにパン、それに大皿に乗った骨ばかりの肉の煮込みだ。


「これで三ルピアだそうだ。高いものだな」


 レイムが横を向いたまま言う。そんな露骨に顔を背けなくても、払いはこちらがする。


 サラは給仕に銀貨を渡すと、

「では、隆也は何らかの保護を受けているということなのですか」

その目をレイムに戻した。


「そうだろうな。あの出血量ならば一日も持ちそうにない。それが生きているのならば、どこかで治療を受けたと考えるのが妥当だ」


 レイムは煮込み肉を取る。


「しかし、それでも隆也のルクスは感知できない」

「では、どうすれば」

「それよりも食事をしろ。それに、少しは他の者も心配したらどうだ」


 レイムはパンをスープに放り込んだ。


「同行していた騎士団の内、十五人が死に六人が手傷を負った。無事なのは十四人だけだ。騎士の補充も大変だ」


「そうですか、そんなに。アレクたちはどうなのです」

「アレクは王都に入った。ラムザスも明日には王都に入る。シルフは傷が治り、移動中だ。転移した場所が西の為に、王都に向かわずそのまま外西に進む」


 三人も無事だった。それを聞きながら、サラはスープを口に運ぶ。


「そして、坂本は騎士に護らせ外西に向かわせている。先行するシルフが合流する予定だ」

「それでは、私も外西に」

「そうだ。今日中に真獣と邂逅だろう。そこから中央街道へ出て西に向かえ。街道を進みながら集結するのが一番早い。シルフと合流するのはサラとアレクが同じくらいだ」

「分りました。それで、印綬はどうするのですか。捜しに行く途中で襲われ、見つけられていませんが」

「天意の内容からして、そこに印綬はないのだろう。印綬もまた外西に現れるはずだ」

「では、それも先に見つけなければならないのですね」

「関わる全てが集まる。あたしたちが知らないだけで、継承者がすでに外西守護地にいるかもしれない」


 なるほど、そうかもしれない。その継承者の元に全てが集められていく。


「分りました。ただ、一つお願いをしたいことがあります」

「行く先々での隆也の捜索だろう」

「はい」

「分っている。すでに、この国にいる他のエルフにも声をかけている」


 それを聞き、パンに手を伸ばした。


「それに、隆也も移動をするならば、街道を通るはずだ。妖獣が出ると言っても、この前のようなことはない。馬車移動でもすれば問題はないはずだ」

「確かに、あれほどの妖獣の群れは見たことがありませんでした」

「あれも、ラミエルの影響だ」


 その言葉に手が止まった。ラミエルの、どういうこと。


「襲われた後に、あたしはラミエルの記載されている古い文献を漁ってきた。ラミエルは周囲の妖獣を呼び寄せ、それを屠るとあった」


 レイムの用事があると言ったのは、この事だったのか。この二日間、ラミエルの事を調べてきたようだ。


「ですが、最初の現出から妖獣の群れが現れるのに、二日間のずれがありました」

「周囲の妖獣は討伐していたのだろ。あれらは、それよりも遠方から押し寄せてきたのだろう。ラウル街道駅には、今も妖獣が押し寄せている」

「今も、ですか」

「そうだ。それ故にあの街道は閉鎖され、砦から妖獣討伐の衛士を送っている」


 では、逆に言えばその周囲の妖獣はいなくなる。


「そうなるな。ラミエルのルクスの波動が周囲の妖獣を根こそぎ呼び寄せるようだ」


 妖獣の群れが現れないのならば、馬車での移動で問題は無いように思える。


「隆也は、誰かに保護されて治療を受けている。そして、外西守護地にやってくる。天意が示された内容から、間違いはない」

「馬車ならばお金は掛かるが、シリング金貨を渡していますので」

「そういうことだ。あたしは、この後王都に戻る。アレクにまずは、坂本との合流をさせなければならない。サラは王都で何か必要なものはあるか」

「武具商に胸当てがあれば、欲しいです。規格の代用品を付けているが少し苦しいので」


 言いながら胸を締め付ける胸当てをずらす。


 楽しそうにレイムがそれを見ると、

「良かろう、あればアレクに運ばせる」

スープに入れたパンに手を伸ばした。


「それと、リルザ王国の様子はどうなのです」

「相も変わらずだ。衛士は集結し続けている」

「リルザにいるエルフ、イグサとは、話は出来ませんか」

「リルザの王が話を聞かない。イグサも諦めている」


 レイムがため息交じりに言う。


「とにかく、時間はないということですか」


 サラが口にした時、不意にレイムが立ち上った。北を向くその眉間にしわが寄っている。


「どうしたのですか」

「いや、何でもない」


 レイムは不機嫌そうに腰を落とすと、両手でパンを掴んだ。

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