第28話 エルフのカナン

 

 周囲の光が消えた瞬間、隆也は床に打ち付けられた。

 苦鳴と一緒に口から血が噴き出る。胸の熱さは鋭い痛みに変わった。

 倒れた身体が自らの血で濡れていくのも分かる。


 やばい、死が頭をよぎった。しかし、それでも――あいつは許さない。死ぬことになっても、あいつは許さない。

 刀を握り直し、身体を起こすべく力を入れる。


 不意に、

「いきなり飛び込んできたのが、怪我人とはな」

頭上から声が落ちた。


 しかし、痛みと苦しさに顔を向けることも出来ない。


「ルクスの使い方も分かっていないようじゃ」


 声と同時に、胸の傷口が熱くなり、僅かに遅れて鋭い痛みが引いていく。

 これは――まだ朦朧として、痺れも残っているが痛みは鈍く重いものに変わり、楽になった。

 身体を起こすが、血に足が滑り、眩暈に崩れる。


「動けるなら、物騒な物はしまっておけ」


 その言葉に、ようやくここにラミエルがいないことに気が付いた。

 手にした刀を置く。

 刀身に付いた血はおれのものではない、藤沢の血だ。ただそこに居たというだけで、胸から肩まで断ち斬られたその姿が目に浮かんでくる。

 あの笑顔が思い返される。

 抱き抱えた身体から、力が消えていく感覚が蘇ってくる。


 藤沢はおれの後ろにいただけだ。

 ラミエルの剣を青い光が見えた気がして避けた。そこにいたのが藤沢だ。

 刀で受けることが出来たら、藤沢は死ななかった。おれが避けなければ、藤沢が死ぬことはなかった。


 何が護るだ。

 殺したのは、おれじゃないか。

 おれが殺してしまった。


「殺したのはお前ではない、あれだ。少し落ち着け」


 落ちてくる声に今度は目を向けた。

 中空に浮かんでいるのは、まだ幼い子供の姿をしたエルフだ。


「ここは」


 咳き込み、血を吐くが声は出る。

 肺と喉にたまった血を吐いたためか、呼吸も軽くなった。


「わしの家じゃ。おまえさんが勝手に飛び込んできた」


 そうだ、蒼い光に呑み込まれたのだ。前回跳ばされたのは異世界だったが、元いた世界に帰られたわけではないようだ。

 このエルフの家に跳ばされたのか。

 改めて周囲を見る。青く輝く石造りの壁と床、天井は大きな穴が開いている。どうやらおれ自身が壊したのだろう


「それで、おまえは誰だ」

「隆也、椎名隆也と言う」


 何とか身体を起こし、座り込んだ。


「変わった名前だな、わしはカナン。それでどうしてここに来た」


 それはこっちが聞きたい。しかし、その状況を自分でも整理できていない。

 藤沢がいない喪失感と罪悪感に、何も考えられなかった。


「うまくしゃべることも出来んのか、ちょっと待て」


 カナンの手が伸び、額に触れる。レイムの時と同じだ。記憶と意識がかき回されるような感覚。


 しかし、すぐにその手は引かれ、

「こいつは、驚いた」

そう言うと、何かを考え込むように腕を組む。


 その間にも眩暈で崩れ落ちそうだ。

 その様子に気が付いたのか、カナンが指を鳴らした。

 腰を落とした床がせり上がり、倒れる背中を背もたれが支える。床からせり上がって来たのは、椅子だ。 

 僅かに遅れて、どこからか出てきたカップが隆也の前に止まり、その後を追いかけるケトルが赤い液体を注ぐ。


「薬だ、飲んでおけ」


 魔法のようだが、これもルクスの力なのだろう。驚くよりも先に、宙に浮いたそのカップに手を伸ばした。


「傷は塞ぎ、骨は繋いだが、あくまで応急処置だ。それに、出血が多すぎた。しかし、それで尚、顔を上げるか。戦う意思を見せたか」


 エルフが笑みを見せる。

 悪い人ではなさそうだ。カップを口に運ぶ。その液体は苦く、呑み込むのに苦労する。

 眩暈はあるが、呼吸は普通に出来だした。


「一つ教えてやる。藤沢とやらの死にお前は関係ない。第一、お前にはあれの剣を避けるほどの技量はなかろう」


 あれ、ラミエルのことを言っているのだろう。


「でも、確かに青い光を感じて腰を落とした」

「反応の速度が違うわ。あれが本気で突いてきたものをシルフでさえも躱せなかったではないか」


 確かにそうだ。

 彼らが撃ち合うのをおれは見ることも出来なかった。


「では、ラミエルは藤沢を狙ったのか。何の意味があって」

「あれに意思はない。あるのは殺戮と破壊だけだ」

「でも、おれはラミエルの視線を感じた。意思を見た気がした」

「視線を感じたか、面白いことを言う。意思というのは何だ」

「殺すという明確な殺意」

「殺意か。では、なぜ生きている。あれが本気で殺しに来たのだ、生きている方がおかしいではないか」


 そうだ。その通りだ。

 そういえば、レイムの空間歪曲という言葉を聞いた。


「お前を跳ばしたのは、あれだ」


 あの青い光は、ラミエルが発したのか。

 そうだ、坂本は――


「もう一人の友人は無事だ」


 心を読んだように、カナンの声が響く。

 立ち上がろうとするおれを抑えつけるような、鋭さのある響きだ。


「無事なのか。跳ばされてはいないのか」

「一緒にいた騎士たちに護られておる」


 そんなことまで分かるのか。やはりエルフというのは凄いんだ。


「だったら、おれも行かないと」

「動くな。回復のためにルクスを分けてやる。少し休め」


 立ち上がろうとした身体は、言葉と同時に椅子に落ち、意識が重く沈んでいく。

 周囲は闇に閉ざされていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る