第27話 強制転移
サラは落ちるように膝を付いた。
石畳を打つ音はなく、足元は草原だ。
跳ばされたのか。
しかし、ここはどこだ。立ち上がると周囲を見る。
草原の先には林が広がり、倒木も目立つ。世界を越えて跳ばされたのではないようだ。
意識を集中して、真獣を探った。微かな反応がある。北北東の方向。
真獣の場所がラウル街道駅ならば、南南西にかなりの距離を跳ばされたことになる。
頭の中で真獣を呼ぶと、サラは足を進めた。全身に力は入らないが、座り込むことは出来ない。
どうしてこんなことになった。
頭の中を駆け廻るのはそれだけだ
襲うとすれば、印綬の散った場所だと思っていた。そこまではまだ一日の距離がある。
それが、ずっと手前のラウル街道駅で襲われたのだ。態勢を整える暇もなかった。
いや、それ以上にラミエルの進化だ。
槍を力任せに振り回すしかなかったはずが、叩きつけるのではなく、斬るべくして剣は動いた。
わたしたちの攻撃を受け止め、精妙に剣は操作された。
そこには、明確な意思が見えた。斬るという意思が。
本来ならばあり得ないはずだ。伝承で聞くラミエルに意思はない。巨大なルクスを持つ人外だったはずだ。
藤沢の噴き上がる血が蘇る。隆也に突き刺さった剣が、目に焼き付いている。
何のための継承者か。何のために印綬を託されたのか。
四人も揃っておきながら、いいようにあしらわれ、目の前で二人は血に沈んだではないか。
そして、藤沢のあの深手では死しかない。
わたしの力が足りなかった。部外者である彼らを護ることも出来なかった。心が砕け散りそうだ。
皆はどうなったのだろうか。シルフもラムザスも手傷を負った。
急いで、皆と合流しなければならない。
足を進める中、サラも右手から血が流れているのに気が付いた。いつ傷つけられたのかさえも気が付いていなかった。
休むわけにもいかず、足を進めながら手甲を取る。
斬られていたのは、肘の上だ。
腰の小さなケースを開ける。中に入っているのは折りたたんだ布、聖符が描かれているそれを腕に巻いた。
その目の前に、ルクスの集約が現れた。青い光が灯り、その光りは大きくなっていく。
サラは腕の傷を隠すように、手甲を付け直した。
それを待っていたように、光は集約し、その光りの中から人影が現れる。
「レイム」
聞きたいことたくさんあるが、それをためらうほどに憔悴し切った顔をしていた。
「参ったな。散々だ」
レイムはそのままサラの肩に腰を落とした。
「跳ばされたのは、五人。皆のルクスを追って、あたしも跳んできた。アレクの傷は浅いが、シルフは胸を斬られ、ラムザスは腹を抉られている。それぞれ応急処置はしてきた。自力で近くの街道駅までは進める」
「あの三人は」
「坂本は跳ばされていないが、精神的なショックが激しい。騎士たちに護らせている」
そこで言葉を切ると、レイムは大きく息を付いた。
「藤沢は駄目だった。残った騎士団で王都に運んでいる」
「王宮霊廟ですか。それで、隆也は」
「……どこに跳ばされたのかは、分からん。あいつのルクスはあたしが注入したものだ。それが感じられない」
「感じられない。では、隆也も」
「分からない」
あの時。そうだ、隆也はラミエルに突っ込んでいった。迎え撃つラミエルが、僅かに早くその剣を隆也の胸に滑り込ませたのだ。
あのまま剣が跳ね上げられれば、藤沢と同じだったが、隆也はそのまま刀を撃ち込み、ラミエルの手を止めた。
その直後に、わたしが剣を薙ぎ払い、ラミエルは背後に躱したのだ。
それでも、ラミエルは剣を引く直前に捻った。
それが致命傷にならなかったとしても、あれだけの出血、放っておけば死ぬしかない。
何だろう、この心に穴が空いたような喪失感は。力を入れないと崩れてしまいそうだ。
「何とか、探さないと」
自分に言い聞かせるように言う。
「創聖皇にもお伺いを立てている」
レイムは再び大きく息を付いた。
「しかし、派手にやられたものだ」
「妖獣と争っていた為か、ルクスは削れていました。しかし、前回とは違いラミエルの動きには意思があり、技になっていました。あれほどのルクスと力に剣技が合わされれば、討伐は容易ではありません」
「あるはずのない意思に成長か。それに、ラミエルはまだルクスを温存していた」
「温存――しかし、身体を護る外殻は消えていました」
「そのルクスを空間歪曲に使い、残りを身体能力に振り分けたのだろう」
そう言うと、サラの左腕に手を伸ばす。
「応急処置はしてあるな」
言葉と同時に腕が暖かくなり、布に描かれた聖符が輝いた。隠したつもりだったが、全てを知っていたようだ。
「これで大丈夫だ」
傷が治癒されたのを感じる。確かに、エルフのルクスは強い。
「ありがとう」
「礼はいい。それより、さすがのあたしもルクスの使い過ぎだ。少し休もう」
「それは、出来ません。一刻も早く隆也を探さないと」
「天意を待て。それがなくては探しようもないだろう」
「分かった時に、すぐに動けるようにしたいのです」
こんな所で休んでなどいられない。今も隆也は苦しんでいる、私が休むわけにはいかない。
「本当に、責任感が強すぎるのだな」
レイムが呆れたように言うと、肩の上で座り直した。
「では、あたしも運べ」
「どこにです」
「この林を抜けた先に、テルム街道駅がある。とりあえずはそこまでだ」
「分かりました。それで、坂本の様子はどうなのです」
「藤沢の死体に縋りついて、泣いているだけなのでな、眠らせておいた。一緒に王都に連れて行く」
「では、この先はどうされるのですか」
「天意しだいだ。正直、難題が重なり過ぎて手詰まりだ」
レイムの言葉を聞きながら、足を進めた。確かに、これだけの敗北は初めてだった。
「テルムに着いたら少し休む。その後あたしは用事がある。サラは王都に急げ、用事が終わり次第に全員に改めて道を示す」
用事が何かは分らないが、それが終わるまでには天意が下りるとのことのようだ。ここはレイムに頼る以外はない。
「分りました」
サラは呟くように答えると、重い足を進めた。
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