第25話  封建制


 走る馬車の扉が開けられ、サラが籠を差し出してきた。

 馬車と並走しながら、荷物を渡して来るのか。

 慌てて坂本が受け取り、サラの肩に座るレイムが、手を触れることなく馬車の扉を閉じる。

 お礼はおろか、言葉も出て来やしない。

「でも、レイムさんって、楽しくて優しいよね」


 囁くように、藤沢がとぼけたことを言って来る。

 この様子では、昨夜の修羅場を話しても信じそうにもないな。

 仕方がない、夢を壊さないように相槌でも打ってやろうか。


 思った時、

「でも。俺はサラさんに痺れたな。背筋を伸ばして真っ直ぐに座り、静かに周囲を見ているあの姿に」

坂本が再び寝惚けたことを言った。


 離れて行くサラを目で追っている。これでは、相槌を打つ気もなくなる。

 サラが手を上げた。昨夜の醜態など微塵も感じさせない、凛とした姿だ。

 確かに、綺麗だとは思うよ。


 大きく息を付き、坂本が手にした籠を見る。

 入っているのは食事のようだ。移動しながらの食事。先を急ぐのか、かなりの強行軍になりそうだ。

 国の東の端から西の端まで横断するのに、距離はどれほどあるのだろうか。


 自転車より少し早いこの馬車だ、時速を十五キロ程度として一日に進めるのは百二十キロ前後だろうか。残された日数を考えれば、急ぐのは分かる。

 背もたれに身体を預けた。壊されていた車体もすっかり直され、新たにガラス窓もはめ込まれている。

 一晩でこれだけ直したのも驚きだ。


「早速食べるか」


 坂本が籠を開けた。中には薄く硬いパンと銀のポットが入っている。


「パンは一緒か」


 坂本が不満そうに言い、

「でも、スープがあるよ」

藤沢が取りなすように言った。


 スープか。パンの不味さを和らげるものだけど、それでもありがたい。カップに銀のポットからスープを注ぎ、その中にパンを入れる。

 浸すというより、漬けるだな。

 これならば、給食の時に出ていたあのパンが懐かしい。


 隆也はカップを両手に持ったまま、窓の外に目を移した。

 林の中に現れるゲートは、街道駅だ。

 今までの走る感覚で言うと、二十キロくらいの距離を置いて築かれているのだろう。


 そうなると、宿を出て四時間近くになるはずだから、もうすぐ三つ目の街道駅、ラウル街道駅だ。

 日は高く上り、馬車は休むことなく進んでいる。

 どのくらい進んだか、林を抜け視界は急に開けた。


 並木の向こうには区画された畑が広がっている。しかし、本当に畑と言っていいのか。

 幾つもの畑は放棄されたように土煙が舞い、残りも枯れた草が草原のように広がっているだけだ。

 まばらに見える家も倒壊したものが多い。

 荒廃をしていると聞いたが、ここまで酷いとは思わなかった。

 悲惨な光景に、言葉を失くして見るしかない。


「枯草は小麦のようだけど、旱魃にやられたのだね」


 藤沢も身を乗り出して窓の外を見た。


「これなら、食べる物もないだろう」

「うん、飢饉になっているかもしれない」


 飢饉か。歴史の授業で習っただけで、想像もしたことがない。あのパンも貴重なものなのだろう。


「人がいるよ」


 藤沢の言葉に、隆也もその先に目を移す。

 畑の枯草の中に立つ小さな人影。絶望の中、虚脱し立ち尽くしているようにしか見えない。

 このままでは、国が沈む。サラの悲痛な声が思い返された。


 しかし、これほど疲弊しつくしている国に、隣のリルザ王国は本当に武力制圧をする気なのだろうか。

 機械化していない国の状況を見る限り、国力は人口だ。これ以上に国を乱し、人を減らせば、統治が難しくなると思うのだけど。


「ここで暮らすのも、大変そうだね」


 藤沢が溜息と一緒に言う。


「農業の知識なんかないからなぁ」

「そういう問題じゃないだろう」


 隆也の言葉と同時に馬車は小さく揺れた。減速を始めたのだ。街道駅で馬の交換をするのだろう。

 ゲートを潜り、馬車は止まった。隆也は急いで馬車を降りると、腰を伸ばす。  

 坂本と藤沢も横に並び、同じようにする。いや、騎士たちも馬を降りて身体を伸ばしていた。

 椅子に座っていてこれなのだ。馬上ではもっと厳しいのだろう。

 しかし、集団で身体を伸ばしているこの姿は、ある意味壮観だ。


「本当に、汽車くらいは欲しいな」


 坂本の声を聴きながら、隆也は足を進めた。

 何も言わなくても、同じように坂本と藤沢も足を進める。

 ゲートを抜けて、街道に戻った。この街道駅は集落の中にある。周囲には畑が広がり、家々も見えた。

 しかし、家はほとんどが傾ぎ、人の姿も見えない。


「どうしたのだろうね」


 藤沢が周囲を見渡す。


「打ち捨てられた集落だ」


 背後の野太い声は、ラムザスだ。


「やはり、旱魃ですか」

「……そうだ」


 しかし、その返事はどこか歯切れが悪い。

 ここを休憩地に選んだ理由は――そうか、そういうことか。何が、民の安寧だ。


「それで、王が立てば、国は変わるのか」


 ラムザスに目を向けた。


「変わる。誰が王になろうとも変える」

「本当だな」


 念押しする言葉に、

「どういうことだ」

坂本が困惑の声を向けた。


「この集落は、打ち捨てさせられた。街道駅の近くでという理由で」


 畑のひび割れた土を取った。土は指の間をすり抜けて風に舞う。


「街道駅では、馬に水をやらなければならないし、煮炊きも必要だ。地下水脈を優先的に回したんだ。ダレス街道駅の近くにはまだ畑に撒ける水があった。ここの地下水もまだ枯れてはないはずだ」


 おれの言葉を聞きながら、ラムザスは視線を逸らす。しかし、言葉を遮ることはしなかった。肯定ということだ。


「街道駅を使うのは、官吏と商人が主だと言っていた。その旅の利便を図るために、ここの領主が井戸を使用させなかった」

「封建制」


 坂本が呟く。

 そう、ここは封建制の国家だ。公領主が土地と自治権を持ち、商業ギルドが資金力を持つ。そして、それぞれが王に協力をしている。

 ラムザスは変えると言ったが、この確立したシステムがある限り、王が変わろうと同じではないのだろうか。


「各公領主にはそれぞれ依頼をし、協力して貰う。商業ギルドも同じだ」


 目の隅にサラが映る。

 協力、表面的ななれ合いに終わりそうだ。

 中央政府がないこの世界は、住みにくそうに感じられるな。ここで、暮らすには地域から選ばなければいけないようだ。

 坂本と藤沢に目を移した。


 坂本は考え込むように空を見上げ、

「でも、この三人なら、何とかなるよ」

藤沢が明るい声で言う。


 その瞬間、隆也の背を鈍い寒気が走った。痺れではない、圧迫されるような冷たさだ。

 何かが、近づいてくる。


「隆也、二人を連れてすぐに街道駅に戻れ」


 切迫したサラの言葉と同時に、隆也は坂本と藤沢を引っ張った。

 いきなりのことに戸惑う二人は、何も感じていないのだろう。

 でも、これはやばい。

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