第26話 生と死の狭間


 街道駅に戻ると、すぐにアレクとシルフがゲートを閉める。


「どうしたの、何があったの」

「分からない。凄く変な感じが、近づいてきている」

「ルクスと妖気の塊だ」


 レイムが降りてきた。


「あの膨大なルクスと妖気は、ラミエル。おそらく、妖獣を殺しながらここに向かってきている」


 ラミエルが妖獣を殺しながら、どういうことだ。いや、それよりも動きが速い。速すぎる。


「三人は、早くそこの建物に隠れろ」


 しかし、隆也が頷くよりも早く、通りを挟んだ建物が崩れ、大きな塊が足元に転がった。

 全身を血に染めた妖獣の屍だ。

 崩れた建物から何体もの妖獣が弾き飛ばされ、その奥から黒い人影が現れる。


 これが、ラミエル。

 決して大きくはない身体を漆黒のフードに包み、槍を手に睥睨するように立っている。

 周囲には妖獣の屍。

 

 やばい、本能が警告する。こいつはやばい。

 刀に手をかけ、坂本と藤沢を護る様に前に立った。

 しかし、刀を抜くことも、このまま背を見せて建物に逃げ込むことも出来ない。


 身体の表面が、皮膚が痺れるような感覚。

 これを殺気というのだろうか。

 これほどの距離があっても、一瞬で殺されそうだ。


 そのおれの前に、サラたちが立った。護るように囲ってくれる。

 足が竦んだように動けないおれたちとは異なり、足を進めて剣を抜く。

 これが、ルクスの差なのだろうか。


 同時に、おれたちはゆっくりと後退った。

 あと少しで、建物のドアがある。

 次の瞬間、サラたちの姿が霞んだ。同時にラミエルも黒い霞となり、蒼い光が瞬く。僅かに遅れて甲高い音。


 この音が、ルクスの撃ち合う音なのか。

 速すぎて見ることも出来ないが、この間に距離は取れる。

 あと少しだ。


 不意にその傍らを何かが飛び、渦巻くルクスは収まった。

 背後の壁に鈍い音を響かせ、転がるようにして膝を付いたのはラムザス。

 そのマントは破れ、粉砕された胸当てからは切断した槍が突き刺さっている。


 ラミエルは――瓦礫の上に立っていた。漆黒のフードはその肩口にかすかなほつれが見える。

 一体何があったのか、どれほど撃ち合ったのか。

 呪縛が解けたように騎士たちが動き出し、ラミエルの姿が霞む。

 動いたはずの騎士が血を噴き上げ、ラミエルの手にはその剣が握られていた。全てがコマ落としのように一瞬の出来事だ。


 逆に、おれたちは足を動かせなくなる。

 僅かに遅れてサラが横から斬り込む。背後に跳ぶラミエルの背にはシルフ。渦巻くルクスが物理的な力を持って土煙を巻き上げた。

 その中で、今度は断片的にだがおれにも見えた。


 幾重にもルクスの光が瞬き、その中で鋼の撃ち合う火花が散る。

 サラの剣、シルフの槍、アレクのハルバートが弾き返され、縦横に走るラミエルの剣に翻弄されていた。

 腹に槍の穂先が刺さったままのラムザスが、立ち上がり前に出る。


 彼らが戦ってくれている。この隙に――。

 思った瞬間、ラミエルの剣に薙ぎ払われたシルフが、そのラムザスに叩きつけられた。

 ラムザスですら避ける暇がなかった。


 咄嗟に身体が反応して刀を抜く。

 得体のしれない何かに、身体が反応したのだ。血を噴き上げるシルフの向こう、黒い影が動く。

 こいつは何だ。

 この化け物は何だ。


 ラムザスもシルフもおれが分かるほどにルクスは強い。

 ルクスが身体を護る力ならば、それをいとも簡単に砕いてしまうこいつは何なんだ。

 握る刀に力を込める。


 妖獣相手で、おれは死にかけた。こんな化け物相手に叶うわけがない。でも、おれには二人を護る責任もあるんだ。

 ラミエルという化け物が、こちらに目を向けたことを感じた。

 フードを深く被って、その顔を見ることは出来ないけど、確かにこちらを見たと思った。


「隆也、わたしが足を止める。その間に逃げろ」


 サラの声が遠く聞こえる。

 答えることも頷くことも出来ない。

 ラミエルから目を離したら、殺される。集中してその動きを見ていないと、殺される。


 立ち上がったシルフが、槍を構えながら護るように足を進めた。

 次の瞬間、ラミエルの背後にアレク。左からは低い位置で駆けるサラ。

 見えたのはそこまでだ。


 ルクスの青い光が幾重にも散り、異様な感覚が塊となって身体を打ってきた。光と土埃の狭間に黒い影。

 再び崩れるシルフの横を青い光が見えた。同時に腰を落とす。

 頬を掠めて奔ったのは剣。それが跳ね上がる。


 一緒に巻き上がったのは、血だ。

 おれの血ではない。誰の血だ。

 後ろにいたのは――。


 振り返った先に、膝をつく藤沢が映った。

 地面には大きく血が広がっていく。

 振り返りながら、すぐ後ろの藤沢の身体を抱きとめた。


 藤沢も身体を支えるように刀を掴む。

 その手からも血が溢れるが、刀から抜くことは出来なかった。そんなことをすれば、指が飛んでしまう。

 ただ、その肩を抱くことしか出来ない。藤沢の顔が上がり、微笑んだ。

 何かを言おうと口を開くが、出てきたのは泡立った血だ。苦しいだろう、痛いだろう、それでも笑みは消えない。


「レイム」


 思わず叫ぶ。レイムならば、ルクスで血を止められる。レイムならば、傷を癒せる。その思いしかなかった。

 その肩が叩かれ、顔を向けた先にレイムの俯いた姿。

 首を振り続けるその姿が、答えなのか。


 藤沢の身体から力抜け、笑みを浮かべたままその首が折れた。

 目の前で起きたことが、理解できない。

 事実として見えているのに、理解できない。


 ただ、身体が反応した。心が反応した。許さない。あいつは、許さない。

 藤沢の身体を離し、その手を刀から外すと地面を蹴った。

 渦巻くルクスの向こう、サラと撃ち合う黒い影。


 サラが弾き飛ばされ、次の瞬間、黒い影は目の前に現れた。

 再び青い光が迸り、胸に鋭い熱さ。構わない、まだいける。

 痛みも熱さも無視して振るう刀が、硬い何かに止められた。これが、ルクスの衝撃か。刃は中空に止められている。


 そのままもう一度、力を込めた瞬間、胸に熱い衝撃が走った。

 この感覚は知っている。

 夢で何度も経験した感覚だ。


 その目の前に、サラが現れると手にした剣を薙いだ。

 剣はルクスを輝かせ、影の脇腹に吸い込まれる。

 いや、掠っただけ。ラミエルは大きく後ろに跳んでいる。


「気を付けろ、空間歪曲だ」


 レイムの声が小さく聞こえた。

 声と一緒に、おれは蒼く輝く光に呑み込まれていた。


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