第24話 街道
胸を重い衝撃が貫いた。痛さよりも熱さで息が出来ない。
倒れ込もうにもそれすら許してもらえなかった。何がどうなったかは分からない。
ただ、目の前にあるのは熾のような紅い光。
落とした目にナイフと噴き出すように流れる血が映る。
ナイフは無造作に、機械的に胸を、腹を突き刺していた。
熱い、痛いとかの感覚はなくなり、白光のような衝撃のみが幾重にも重なり意識を呑み込んでいく。
沈んでいく意識は、突然、肩を揺すられ浮かび上がった。
またあの夢、ベッドから跳ね上がる。
差し込む朝日に、隣のベッドの座る坂本と藤沢の心配そうな顔があった。
「うなされていたようだけど、大丈夫」
「大丈夫」
まだ胸に衝撃が残っているように感じ、手を当てた。やはり夢とは思えない臨場感だ。
大きく息を付き、二人に目を向けた。
気まずそうな笑顔が朝日に照らされる。
そうだ、昨日は二人が裏切って逃げだしたのだ。昨夜の修羅場の様な光景が、思い返される。そう、これが現実なのだ。
「あの」
口を開く前に、藤沢が頭を下げた。
「昨日は、ごめん。サラさんが、隆也くんの方をチラチラ見て、何か話をしたそうだったから邪魔になるかと思って」
「何が話したそうにだよ。どれだけ説教をされ、頭を叩かれたか」
「でも、それはサラさんが気にかけているということだよ」
坂本よ、それは何のフォローだ。
「とにかくだ。おれはもう一人で残されるのは嫌だからな。次は一緒に部屋に帰るか、一緒に残されるかだ」
「分った、分ったよ」
藤沢がなだめるその横で、
「だけど、あの凛としたサラさんの意外な一面だったな」
坂本が天井を見上げる。
なにが、凛としただよ。
起き上がると服を着る。それでも昨晩はゆっくり眠れたためか、頭はすっきりしていた。
「それより、ちょっと散歩にでも行かないか。この世界を見てみよう」
言いながら、腰に刀を留めた。
「そうだな。異世界の見物をしようか」
坂本たちも立ち上がった。
建物を出ると、何人かの騎士たちが馬の世話をしているのが見える。朝日が差し込んではいるが、時間はまだ早いようだ。
昨日は暗くてあまり見えなかったが、通りには石造りの建物が並び、公設浴場からは湯気が流れている。
建物は両脇に四軒ずつ、宿が三軒、公設浴場が一軒、残りは倉庫だ。
すぐに奥に突き当たり、今度は街道の方に引き返す。
「街道駅って、馬車の定期便があるから駅って名前があるらしい」
坂本が思い出したように言いながら、宿の看板を指さす。壁から突き出た丸い縁取りの看板には、馬車の模様が描かれていた。
「騎士に聞いたら、宿屋の主人に言うと定期便に乗れるらしい」
「でも、建物から突き出ている装飾看板が、ヨーロッパみたいだね」
藤沢が楽しそうに言う。
それを言われても、ヨーロッパになんか行ったことがない。同じようなものを見たのは、テレビくらいだ。
「中世の文明くらいかな、でも進んでいるところもあるよね」
「そうそう、浴場の脱衣箱なんかびっくりしたよな」
二人が話を聞いているうちに、街道まで出る。
小さなゲートの門は開かれていた。夜の間は閉められていたのだろう、あの妖獣を見ればそれも納得できる。
ゲートを抜けて街道に出た。石畳はいたるところが剥がれ、破片が散乱していた。
「街道という割には、ボロいし狭いな」
「でも、日本の昔の街道ってこれより狭いぞ。これなら広い方だ」
「そうなのか」
「日本の街道は人が通るだけだが、ここは馬車がすれ違うくらいはある」
「坂本は日本史が得意なだけはあるな」
「いや、この世界では世界史の方が役に立つだろうな」
坂本の声を聴きながら、街道の倒木に腰を下ろした。
街道の両側に広がる林は倒木も多く、枝葉の緑も勢いがない。
林ですらこの様子だ。
「東海道なら、教科書にも写真が出ていたよね」
そうだったか、東海道の浮世絵なら見た覚えがある。さすがに石畳はないが、ここよりも整備されていた印象だった。
「それに、この街道も直す気はあるみたいだよ」
藤沢が、街道の端に置かれている黒い布に撒かれたものを見る。
「あれが、街道の補修材なのかな」
「街道が荒れていくにつれて増えているから、きっとそうだよ」
「だけど、この国を立て直すっていうのは大変そうだな」
同じことを思ったのだろう。坂本が言う。
しかし、心配はないだろう。あれだけ国家について熱く語っていたのだ。サラたちが国の中枢に入れば、何とかするはずだ。
「だけど、俺な」
坂本が困ったように口を開いた。
「どうかしたのか」
「変かもしれないけどな、俺はここで三人で暮らすのもいいのかなって思った」
「この世界でか」
「あぁ、昨夜、騎士に聞いたんだ。この国の住人は十七になれば、畑を四枚、つがいの牛を一組、それに家をくれるそうだ」
「言ってたね。畑三枚で小麦を作り、一枚分は税で取られるけど、残り自分のものになる。更に一枚は自分用の野菜を作るそうだね」
「牛は、農耕用とミルクを取るためだそうだ。税は生まれた子牛を三頭。これなら、天気の問題がなければ生活できそうだ。妖獣は怖いけど、帰っても俺のいる場所はないから」
「それを言ったら、僕もいいかもしれないね、ここに住んでも」
藤沢も呟くように言う。そうだ、おれたちには居場所はなかった。帰ったところで喜んでくれる人もいなかった。
「昨日、何のために学校に行って勉強をしているのかと聞かれた」
おれは空を見上げた。雲一つない空が広がり、昇ってきた陽に世界は明るく輝いている。
「はっきりとは答えられなかった。まだ、何をしたいのか分からないから」
「何になりたいっていうのは、僕もないな」
「この世界なら、農業しかないのかな」
坂本が土を拾う。
乾ききった土が、風に舞った。
「この世界では、ルクスと金がないと商人にはなれないそうだ」
「ルクスか、そこが問題だな」
「製造業でもしようか」
藤沢も同じことを考えたようだ。売るのを商業ギルドに任せれば、問題はないだろう。
「ルクスは、話せる程度にレイムに補充して貰う。でも、製造業と言っても何を作ろうか」
「俺たちの知識が生かせられるかな」
「機械化が進んでいないよね」
「鉄道くらいあればいいのにな」
「蒸気機関の産業革命が起こってないのだろう」
「違うぞ」
不意に背後から声が掛けられ、隆也たちは立ち上がった。
いつの間に来たのか、腕を組んで浮かんでいるのはレイムだ。
「この世界には、石炭も石油も存在はしない。お前たちの世界では、植物の化石や鉱石がルクスを受けて燃料に変質するが、この世界では、ルクスは何も変質させずに地に上ってくる」
「じゃぁ、燃料はどうしているの」
「代わりにあるのがルクス。いや、お前たちの世界ではルクスの代わりにあるのが、化石燃料になると言った方がいいな」
「不便でしょう、それでは」
坂本の言葉に、レイムが指先を見せた。次の瞬間、そこに火が灯る。
「燃料に頼らなければならないのは、不便だろ」
楽しそうに笑った。
「凄いね、それは僕たちにもできるの」
「そのうち、教えてやるさ。それより、そろそろ出発だ」
レイムの言葉に、立ち上がった。
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