第23話 宴2

 ラムザスは、サラの様子にカップを持つ手が止まった。

 こんなサラを見るのは初めてだ。何度も王都の会合で会ったことはある。酒を酌み交わしたこともある。

 しかし、サラはいつも姿勢を崩すことなく、寡黙だった。


 例え王宮内務大司長が相手であっても、笑顔など見せたことはない。

 ただ、毅然として、孤高の気高さと美しさしか感じなかった。

 それが、今はどうだ。まるで別人のようだ。


「これが、本当のサラ」


 傍らで呟いたのは、シルフだ。


「サラは、明るくて元気がよくて、憧れだった。昔のサラが戻ってきた」


 相も変わらず感情を感じさせない声のはずだが、嬉しそうに聞こえる。


「シルフは、サラとは同郷なのか」


 アレクの言葉に少し考えてから首を振り、


「違う。幼い時、サラの街に難民として暮らしたことがある。シルフはすぐに親類に預けられた。期間は短く、サラも覚えてはいない」

じっと彼女を見詰めている。

「そうなのか。だけど、言えばいいじゃないか」

「だめ」

「何がだめなのだ」

「恥ずかしい」


 シルフの顔に赤みが差した。シルフの初めて見せた感情だ。

 どうなっているんだ。頭が混乱してくる。


「サラはな」


 いつの間に来たのか。レイムが空になったカップを目の前に突き出している。


「この国の荒廃に、身も心も押しつぶされているのだ。継承の印綬を手にして二十九年、王が決まらず、民と国土が疲弊していくのを見続けるしかなかった」

「期待を一身に背負った者ならば、当然だろう。それは皆も一緒だ」


 アレクが身を乗り出す。


「違う」


 答えたのはシルフだ。


「そう、違うな」


 我も思わず口に出た。


「サラのルクスは並外れている。我らのルクスより、頭一つ抜きんでている。王は、そのルクスによって決まるならば、間違いなくサラが次の王、女王になる」

「そうだ。王になるという自覚は足りぬが、責任だけは強く感じている。ゆえに、サラは身を律し、隅に控えて目立たぬようにしていた」

「民の苦しみの中、笑うことも出来ずにか」


 アレクがそのまま椅子に身体を預けた。その軋む音を聞きながら、

「しかし、今のサラは楽しそうだ」

続けた。


 これほど笑い、無造作に他人の頭を叩くなど考えたこともなかった。

 隆也は異世界の者。責任を感じないからということなのか。


「それもある。しかし、それだけではない。おまえたちには、気が付かないか」

「どういうことだ」


 レイムの勝ち誇ったような顔を見る。

 その目の前に手が出され、慌てて酒を満たしたカップを渡した。

 レイムはそれを抱え、宙に浮くと、


「教えてやろう」


 もったいぶったように、我らの顔を眺め、

「気が合うのさ」

と言う。


 はぁ、真面目に聞いた我がバカだった。

 アレクたちも同じように思ったようだ。ため息が聞こえてくる。


「な、なんだ、その態度は」

「なんだ、じゃない。もういい」


 カップを持ち席を立つと、テーブルを回って隆也の隣へ足を進める。

 サラのこんな姿も見られたのだ。今夜は大いに飲もう。


「隆也よ、どうした」

「ちょうどいい。一つ聞かせてくれ」


 こちらに顔を向けるなり、どこか怒ったような眼で聞いてくる。


「何を聞きたい」

「印綬の継承者は不老不死だろう。サラの歳は幾つだ」


 途端に、隆也の頭でルクスが散り、派手な音を立てた。


「女性の年齢を聞くのは、失礼だろう」

「だけど、見た目はほぼ同い歳じゃないか」

「いいか、隆也。物事を知り、語るに年齢は関係ない。おまえも国の在り方を考える歳だろう」


 その言葉に溜息を洩らし、

「だから、政治家には興味がないんだ」

隆也は呆れたように言う。


「隆也よ、政治家というのはよく分らないが、国を導くのはやりがいのある仕事だとは思わないか」


 椅子に腰を下ろし、カップの酒を煽った。


「だから、おれたちの世界では選挙があるの」

「選挙」

「なりたい者が手を上げて、民が誰を代表者にすればいいかを選ぶらしい」


 サラが鼻で笑うように言う。

 こういう表情もあるのだ。いつも我らとは一線を引き。殻に籠っているようで近寄り難かったが、親しみが湧いてくる。


「とても創聖帝の守護が得られるとは思えないが、それなら尚更いいじゃないか。手を上げればいいのだろう」


 隆也の肩を叩いた。その我の言葉に隆也はうんざりした目を向けてくる。

 無礼極まりないことだが、不思議と腹は立たない。


「政治家が嫌」


 シルフが隣に座る。


「嫌というか、なれないさ。選挙には、地盤、看板、鞄といって組織された後援会。知名度。お金が必要なんだ。なりたいと言って、なれるものじゃない」

「出生や地位に囚われない、公平さを求めての制度じゃないのか」


 アレクがサラの隣に座った。


「だから」

「だからじゃない。隆也、おまえはまず覇気が足らない」


 レイムがその前に座り込み、サラが身を乗り出す。


「そうだぞ、隆也。民の為に命を投げ出そうという気概が足らない」


 聞きながら、ラムザスは無性に笑えてきた。

 こいつも大変だ。肩を掴まれ、襟を引っ張られ、寄ってたかって文句を言われるのだ。

 しかし、面白い奴だ。裏を返せば、ここまで皆を引き付けているのだ。


「隆也。まぁ、飲め。夜はこれからからだからな」


 その目の前にあるカップに、新たな林檎酒を注いだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る