第3話
セタガヤの商店街にはいろいろな人間やエイリアンが集まる。
その中に、カーネーションを持つ者が、旦那は心当たりがあったのだろう。リリはお使いという名目で女の子と一緒にカーネーション探しに行くはめになった。
「チッ、旦那のお人よしめ」
リリはその義手で女の子を抱きかかえながら、商店街を奥へ奥へと進んでいた。両足の義足のローラーで埃を巻き上げて爆走する。
「べんりなのね」
はじめは不安な顔だった女の子は、怖がるどころかむしろ風を楽しんでいる。
「へへっそうだろ? 旦那がジャンク品集めて作った一点物だぜ! 使いこなすのにどんだけリハビリしたやら」
リリは誇らしげに口端を吊り上げる。彼女はかつて事故により四肢を欠損していた。しかし今では、養父である旦那が用意した義手義足を使いこなしている。
「ごつくてデカいとこが玉にきずだがな」
ジャンク市に出回っていた軍用義手義足。その頑丈な代物に旦那は飛びついて買い上げた。これなら一生買い替えなくて済むとかなんとか。確かにその通りであるが、日常使いにはごつくてデカくて難がある、とリリは思う。
たくみにカーブを曲がり、二人は細い路地に入る。
「これから行くとこはニッチなとこだけどよ、うちの常連だ。いい子にしてりゃ取って食われはしねえよ」
「あかいおはなもあるの?」
「もちろん」
ブー、と低音のインターフォンが鳴らされる。
「オッサン! おーい! オレだぞ! 花届けに来たぞ!」
インターフォンの付属カメラにリリは下げていた鞄の中身を見せる。
ややあってガチャガチャガチャ、といくつもの錠が解除される音が響く。
「ったく、相変わらずの警戒心だぜ」
リリがぼやくと同時に、五重のドアがひとりでに開いた。
「下手に動くなよ」
抱えていた女の子に忠告する。玄関から奥の床や壁には極細のワイヤーが仕掛けられていた。下手に進めば体がサイコロに刻まれてしまう。
それらをリリは器用に避け、最奥の部屋へと入る。
「オッサン、いい加減ワイヤーはどかせよ」
「無理だね」
リリの要望はぴしゃりと断られる。
「最近は『人類会』なんていうエイリアン排斥組織が動いているんだ。無警戒でいられるものか」
室内には所せましと用途不明の機材に加え、これまた多様なトラップが仕掛けられていた。肝心のオッサンと呼ばれたエイリアンは、そのトラップの影から姿は見せず声だけのぞかせた。
「その子供は?」
「客だよ」
センサーが女の子に照射される。じっくりと見分し、無害であることを確認したのだろう。オッサンは女の子を追い出すことはなかった。
「でよ、来る前に連絡したけど」
「報酬が先だ」
「はいはいっと」
リリは鞄から、培養液で満たされた真空パックを投げ渡した。物陰からシュッと腕らしきものが伸び、パックを受け取る。
「ふむ、確かに旦那の花びらだ。これで研究も進む。出来上がってる試薬は旦那に渡しておいてくれ。で、言われたものはこっちだ」
機材のうち、冷蔵庫のようなボックスが開き中から一輪の赤い花が現れる。
「あかいおはな!」
女の子は嬉しそうに声を上げた。
「ゲノム配列から復元した一品だ。趣味で量産してるから、安くしておくよ」
オッサンは姿は見せないが落ち着いた声を響かせる。
「しかし今どきカーネーションを知っているとは珍しい。まあ、映像記録でも見たのだろうが。大昔は赤いカーネーションを送る習慣もあったからね」
リリは義手で器用に赤いカーネーションをラッピングした。
「おねえちゃん、ありがとう。あのね、おかあさんが見せてくれたの。あかいおはなをおくったのよ、って」
「そうかい。メッセージカードは?」
ラッピングと一緒に店から持ってきたメッセージカード。ピンク色のそれに女の子は目を輝かせる。
「いいの?」
「もちろん」
女の子は嬉しそうにペンを握った。
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