第6話
朝、学校に登校して、あたしは度肝をぬかされた。
なっ、なんだ、これ?いったい誰が・・・・。
黒板に大きく、相合い傘が書かれてあったのだ。あたしと、矢部の・・・・。
数人の男子達が、にやにやしてこちらを見ている。あいつら、野球部の連中だ。昨日、あたしと矢部が話してたの、どっかで見られてたんだろうか?
関係ないと思っても、顔が赤くなるのが分かった。冗談にも程がある。
机に鞄を放り投げて、急いで黒板を消しに行った。ひゅうひゅう、誰かが口笛を吹く。教室が、イヤな感じでざわめいた。
・・・・イヤだな、こんなの。
矢部はまだ来てないようで、ちょっとほっとした。
「誰よ、こんなの書いたのは!!」
怒りで言葉も出ないあたしの代わりに、一緒に登校してきた小夜が怒鳴った。
「ちょっと、あんた達でしょ!!」
野球部の連中に食ってかかって、一瞬水を打ったように辺りが静まり返った。
「だってよ、昨日矢部の奴、部活抜け出して森とこそこそやってたんだぜ」
「こいつら、何時もじゃれあってんじゃん。おかしいと思わねえ?」
「そうそう、きっとできでんだろ?」
彼らは、口々に意地悪く言った。
でっ・・・できてるって、イヤらしい。なんで、一緒に話してただけで、そんな事を言われなきゃならないのよ。
「あたしと矢部は、友達よ」
こういう連中は、無視するのが一番だと思っても、つい言わずにはいられなかった。
だって、誤解されそうじゃない。クラスの女の子達にまで・・・・。
「友達だってさ」
「何時までも、お友達でいましょうね」
そんな事を言いながら、抱きあう真似をする。
「あーっ、なんかすげぇ熱い」
「いい加減にしなさいよ!」
小夜が、一番近くの男子の腕を掴んだ。
「小夜、いい」
あたしは、小さく呟く。
「だって・・・」
「いいの!!」
こんなの相手にしてたら、図に乗るだけだ。否定すればするだけ、変な事言われるに決まってる。何にもないんだから、放っておけばいい。
「勝手に言っとけばいいわ。あたしと矢部は、そんなんじゃないし」
「祥子がそう言うなら・・・」
納得がいかない顔で、それでも小夜は掴んでいた手を放した。
「おっ、旦那が来たぜ。愛しのダーリンと、朝の挨拶はいないのか?」
「好きよ、矢部君」
「俺もだぜ、森」
バカじゃないの?
キスする真似をしてふざけてる男子を横目に、あたしは無言で自分の席に戻った。なんとか腹立ちを押さえ、乱暴に椅子を引いて、どかっと座る。
慌てたように、小夜がその近くに寄って来た。
いいんだ、関係ない。あいつらが何を言おうが、全然気にしてなんかやるもんか。
「祥子、大丈夫?」
「あいつら、バカなのよ。いい加減な事言って、面白がってるだけなんだ」
矢部は、気付いてるだろうか?もし気付いたら、どう思うだろう?
様子を見たかったけれど、振り返る事も出来なかった。また、どうせ変な事を言われるに決まってる。
「男子達、くすくす笑ってるけど、彼は気付いてないみたいよ」
あたしの気持ちを察してか、小夜が小さな声で言った。
「おい、森」
鞄を置いた矢部が、後ろから声をかけて来る。
クスクス、男子がまた笑ったような気がした。なんか、またイヤな事を言われるかも。
「ごめん、今、小夜と大事な話しをしてるから」
ぶっきらぼうに言って、彼の言葉を遮る。
「あっ、ああ、わりぃ」
矢部はそう言って、別の友達の方へ行ってしまった。
「おっ、夫婦喧嘩?」
耳に、そんな言葉が入って来た。男子達は、遠巻きにしてひそひそやってるし、女の子達は、興味津々の顔であたしと矢部をちらちら見ている。
やりきれないな、こういうの。
「何よ、何か異様な雰囲気ね」
登校してきた佑子が、指で髪を梳かしながら、京子と正美と共にやって来た。
「すぐに冷めるわよ、心配しなくても」
小夜が、そう言って慰めるように、あたしの頭をポンポンと叩いた。
「何、何、何?」
やじ馬根性丸出しで、佑子が顔を寄せて来た。
佑子も、こういう話し好きだからな。誰それと誰それが付き合っただの、誰と誰が別れただの、情報を集めて来ては聞かせてくれるんだけど・・・・、あたしはあんまり興味ない。
「何でもない。それより、京子はどうだったの?」
言われて、思い出した。そうだ、昨日告白したんだっけ。今朝の騒ぎで、すっかり忘れてた。
「京子?」
何時も元気な京子が、ずっと黙ったまま。何か、様子がおかしい。
小夜が、京子の顔をのぞき込もうとすると、
「・・・・・駄目だった」
ぽつり、呟いて突然涙をポロポロとこぼす。
あたし達は、言葉に困ってしまい、しばらく彼女が泣くままに任せていた。
「おい、中山が泣いてるぞ!」
誰か別の男子が叫んで、教室中が今度は京子に注目した。京子は亡きながら自分の席に走って、そのまま机につっぷしてしまった。
「どうしよう・・・」
すでにもらい泣きしている正美が、困ったように言う。
「しばらく、そっとしておこう」
小夜とみんなの意見が一致したので、それぞれ自分の席に戻った。
もう、今日の朝は最悪だ。
あたしはからかわれるし、京子は泣くし、先生が来てからもざわめきは消えなかった。
京子があんな泣き方するなんて、よっぽど好きだったんだろうな。原田の奴、なんて言ったんだろう?
自分の事もあって、あたしは酷く虫の居所が悪かった。だから、原田の事もムカムカと腹が立って、京子を泣かせるなんて絶対に許せないと思った。
昼休みになっても、京子は泣いていた。泣きやんでは思い出し、また泣き出すという始末。
あたし達は、人目を避けるように、今日は体育館の裏に来ていた。
実は、あたしも少し前にあった出来事で、酷く心が沈んでいたんだよね。
矢部が、前に貸したブラッドベリーの本を返してくれた。引っ越すから、その前にって。
朝、彼の引っ越しが決まった事を聞いて、みんな沈んでたのに・・・・。それが、あたしに本を返した途端、また変に盛り上がっちゃったんだ。
イヤになる。それで、彼も気付いてしまった。教室中が、そういう噂でもちきりなのを。
彼、顔を真っ赤にして、
「俺が、こんなブス、好きな訳ねぇだろ!」
って言った。
一年の時は散々言われたけど、今更言われるとちょっと胸に響く。
それから、お互いに無視の状態が続いてる。真後ろの席だから、余計にぎこちなくて。
もう、顔も見れないような気がするよ。あんな風にはやし立てられたら。
折角友達になれそうだったのに、台無しだ。男子と仲良くなるなんて、滅多にない事なのに。
だから、嫌いなんだ、男子は。何でもかんでも、面白半分にからかって。そんなんじゃないって、はっきり言ってるのに・・・・。
大体、あたしがそういうタイプじゃないことくらい、分かりそうなもんだ。できてるとか、おかしいよ。
もう、話しもしないんだ。喧嘩だってしない。
「で、どうしたの?原田の事だから、何か酷い事言われたんでしょ?言ってみなよ、仕返ししてやるから」
佑子の過激な言葉にも、京子はただ泣いて首を振るだけ。
恋するってのも、色々大変なんだな。あたしは、当分いいや。
「ねえ、原田、何って言ったの?」
「駄目よ佑子、そんな風に追求しちゃ。言いたくないなら、言わなくてもいいのよ」
小夜はそう言って、優しく京子の頭を撫でた。
彼女、人を慰めるのも上手なんだ。おろおろしてるだけの、不器用なあたしとは違って。
「でも、許せないもん。みんなで文句言いに行こうか?あいつの事だから、絶対京に酷い事言ったに決まってる」
「ほんとだ、原田なんて大嫌い。男子は、ほんと嫌い。京子、そんな奴忘れた方がいいよ」
佑子とあたしが口々に言うと、彼女はイヤイヤするように首を振った。
「・・・・そんなに好きなの?」
正美も、困ったように尋ねる。
小夜は、ほっとため息を吐いて、京子の肩に手をかけた。
「いい男は、世の中にもっと沢山いるわよ。今は辛くても、新しい出会いはわるわ」
「違うの・・・・」
京子が、初めて口を開いた。ずっと泣いていたせいか、声がかすれている。それでも、ハッキリとした言い方だった。
「何が違うの?」
あたし達は、一斉に京子の顔をのぞき込む。すると、彼女はごしごしと手で涙を拭いて、思い切ったように顔を上げた。
「原田君、ちゃんと答えてくれたんだ。ぶっきらぼうだったけど、他に好きな奴がいるから、あたしじゃ駄目だって」
「そうなの?」
意外な言葉に、みんなはしばし沈黙した。
「みんなが思ってるほど、悪い奴じゃないよ、原田君は。ちゃんと真面目に答えてくれた
よ」
「そっか、そうだよね。京が好きになった人だもんね」
まるで母親のように、小夜が京子の肩を抱き寄せた。目で、あたし達も謝れと合図を送ってくる。
「ごっ、ごめん」
「えっと、悪い」
不器用なあたし達は、口の中でもごもごと言った。正美が、それを見て苦笑する。
「京子ちゃんは、本当に原田君の事が好きだったんだね」
正美が優しく言うと、京子は子供のように頷いた。また瞳から、じわじわと涙があふれ出す。
「あたし、嬉しかったよ。あんな悪ガキみたく振る舞ってる人が、すごく真面目に答えてくれたから。だけど、やっぱり悲しいの。自分では止められないほど、涙が次から次から出てきちゃうの。昨日だって、うんと泣いたのに」
しきりに咽を鳴らしながら言う様は、健気で思わずもらい泣きしてしまいそうなほど。
「あたしさ、ちょっと感動した」
京子の肩を抱いたまま、小夜が静かに言う。
「素敵だよ、あんたも、あんたをそんな風に思わせる原田も。恋する女の子は、なんか綺麗だよね」
小夜らしい臭い言い方に、少しだけ優しい照れ臭さを感じる。
あたしにも、今日の京子は違って見えた。
何時もふざけてる彼女じゃなくて、女の子としての繊細な面を見たって言うか。
「原田もいいけどさ、きっと他にも京子を待ってる人がどっかにいるんだよ。そんで、これはその人に会う為のステップってやつ。何時か、もっと素敵な恋ができるよ」
「流石、小説家希望。言う事が物語染みてる」
小夜に負けじと言った台詞を、佑子にちゃかされた。ちえっ、どうもあたしが言うと、小夜と違って重みがないのよね。やっぱり、経験不足だからかな?
「あーあ、あたしも告白したくなっちゃった」
正美がため息交じりに言うものだから、みんながぎょっとして彼女の方を見た。
この勉強好きの優等生に、そんな悩みがあったなんて、全然知らなかった。
「やだな、変なものを見るみたいに・・・。私だって女の子だよ、そういう気持ちがあっても、おかしくないでしょ?」
「ちょっと、誰なの?ねえ、うちのクラス?黙ってないで、教えなさいよ!」
佑子が、好奇心丸出しで正美に飛びかかって、脇や腰をこちょこちょする。それを見て、あたし達も攻撃開始。泣いていた京子までも、正美を攻め始めた。
「やっ・・・あははっ、やめて、こそばしい。あはははっ、あはははははっ」
三年の先輩達が、そんなあたし達を不思議そうに眺めて通り過ぎる。
「あっ、分かった!」
突然小夜が叫んだので、あたし達はこそばす手を止めた。正美が、その隙に身をよじって逃げ出す。
「元生徒会長!!正美、あの人と同じ塾に通ってるって言ってたもの。そう言えば、志望校も一緒だって言ってたわよね」
「えっ、先輩なの?」
あたしは、驚いて小夜に尋ねた。
「考えてみると、あやしい。でも、気付かなかったわ。正美ってば、全然顔に出さないんだもの」
小夜に言われて、彼女はへへへっと笑って舌を出した。
「憧れに近いんだけどね。入学した当初から、本木先輩のファンなの。少しでも近づきたくて、一生懸命勉強したのよ」
「じゃあ、正美の今を作ってるのは、元生徒会長?」
・・・・・驚いた。本木先輩に憧れるあまり、今の優等生の正美がいるって事?
「違うわ、私は私よ。でも、先輩がいたから、勉強を好きになる事ができたし、努力しようって気にもなった。だから、感謝してるの」
「色々あるのね」
「あーあ、あたしも負けられないな」
真っ赤に充血した目で、京子が言った。
そうだね、みんなそれぞれ色々な事があるんだね。そういうのを乗り越えていくのが、大人になるって事なのかな?
正直言って、あたしは大人になるってよく分からない。
ずるいって思う時もあるし、汚く感じる時もある。人を見かけで判断したり、こうだって勝手に決めつけたり、言うことを聞くか聞かないかで判断したり・・・・。
でもね、どんな子にだって、絶対にいい所はあるんだよね。
小夜は少し人をバカにしたような所があるけど、付き合ってみるとめちゃくちゃ優しいし、京子はバカばっかり言ってふざけれるけど、シャイで繊細、それに佑子は色々派手だけど、これで結構純粋だ。正美だって、大人しい割に芯はしっかりしている。
それを見抜けない、大人達が駄目だのだ。
だからあたしは、そんな大人にはなりたくない。ならないようにしなければ、と思う。
大人は分かってないけど、あたし達は大人のちょっとした言葉に、傷ついたり悩んだりする。時には、胸をえぐられるような思いをする事だってあるんだ。
分からなかったでは、済まされない気持ち。
だから、大人があたし達に何か求めるならば、大人たちもあたし達の為に努力して欲しい。互いに分かりあい、努力しなければ、いい関係なんて築けないと思う。
勿論、松本先生や保険の先生みたいに、好きな大人達も沢山いるけど。
なんて、そうこうしているうちに、昼休みが終わるチャイムが鳴り響いた。
「いけない、早く戻らないと」
「よーし、一番最後はアイスクリームを奢る事」
小夜が叫んで、一番に走り出した。
「あっ、小夜ずるい!」
「待て!」
「駄目よ、校舎で走るのは」
「じゃあ、校舎に入ったらはや歩き!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、あたし達は様々な憂いを吹き飛ばして教室へと向かった。
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