第5話

 「大丈夫かな?」

 ぽつりと正美が呟き、皆がまたため息を吐いた。

 「こればかりは、どうしようもない」

 小夜は、笑ってあたしを見た。


 「そうだね、うまくいくといいね」

 これは、本心。

 でも、なんとなく釈然としない気持ちもあった。

 あたしには、恋なんていまいち理解出来ない所があるから、なんか京子にまでも置いていかれたような気分になったのだ。


 「いいな、あたしも誰かいい男をみつけなきゃ」

 佑子が間の抜けた顔をして言ったので、あたしは思わず笑ってしまった。

 「佑子は、何時もそれだ。そのくせ、すぐに別れちゃうくせに」


 「あんたみたいなおこちゃまには、あたしのナイーブなハートは分かんないのよ」

 「ナイーブって、佑子が?」

 「恋も知らないあんたには、この気持ちは分からないわよね」

 「だって、興味ないんだもん。そんな事より、もっとやりたい事が山ほどあるんだよ。恋愛なんてしてる暇は、あたしには無いんだ」


 「ふーん」

 胸を張って言った横で、小夜が意味深な返事をした。こういう時、決まって思いもしないような事を口走る。


 「あたしてっきり、あんたは矢部の事が好きだと思ってた」

 「はっ?冗談!!」

 誰がよ。

 「だって、仲いいじゃない」

 「ああ、そう言えば」

 佑子も、一緒になってニヤニヤ笑う。


 「男嫌いでさ、クラスの男子とも親しくないのに、矢部だけは違うんだよね」

 「違うって、あいつは喧嘩友達だもん」

 「そう?その喧嘩友達と、見つめあったりする訳?」

 ・・・みっ、見つめ合った?


 「まさか、あたし、そんな事してないよ!」

 完全な勘違いだって。

 矢部は、あたしの後ろの席の人だ。何時だって、喧嘩ばかりしてる。そりゃ、時には後ろを向いて話す時もあるけど、見つめあってなんかいない。

 「喧嘩するほど仲がいいってね。普通、あんな風に向かい合って、顔くっつけて話してたら、誤解されるよ。微笑み合ってたし」


 ・・・・・何時の話し?全然、記憶にないんですけど。


 「だから、違うって。顔なんかくっつけてないし、微笑み合ってもいないったら。そんな風に、考えた事もないのに」

 あたしは、顔から火が出そうな思いでそう言った。

 「まあね、あんたの事だから、そう言うと思った」

 「どうして?」

 正美が尋ねて、小夜は佑子に「そうだよね」と同意を求めた。


 「祥子は、女の子の自覚がないのよ。普通より、そういうのが遅いのよね。少年型っていうのかな、意固地に女になんかなるもんかって逆らってる。その結果が、男性拒否よ。でも、喧嘩友達なら、心置きなく一緒にいられるの。早い話、逃げてるのよね。恋とか、そういう未知のものから。歳の近い子とはほとんど喋らないくせに、年下の子やおじさんとは全然平気で喋ってるでしょ」

 ・・・・また、小夜の癖が始まった。

 小夜ったら、人の心理を分析するのが好きなんだから。


 「結局、安全だからよ。年下やおじさんなら、自分があからさまに女の子だって思わされる事がないでしょ。何時でも少年の気でいられる。あんたがスカート嫌いで、着物が嫌いで、男装して男っぽく振る舞いたくなる気持ちは分かるけど、それって絶対に不自然だって。子供の頃は、男子に憧れてんだなって笑ってられたけど、今はそれを越して無理してるように見える。目覚めなきゃいけない女の子を、押し殺しちゃってるんだよ」

 「小夜ちゃん、そんなにポンポン言わなくても・・・」

 「大丈夫よ。祥子は、人の話しを素直に聞く子じゃないから。少しくらいハッキリ言った方が、丁度いいの。あたしは、祥子の為に言ってるんだからね。あんた、自分で思ってるよりずっと女の子だって。だから、もう少し受け入れた方がいい。じゃないと、後悔するわよ。好きだって気持ちは、後から気付いても遅いんだから」


 なんか、あたしよりもあたしのこと、分かってるみたい。あたしがこうだと決めつけられる事、嫌いなのも知ってる筈。だったら、よほど確信があるのかな?


 あたしって、そうかな?なんか、よく分からない。自分でも、自分がよく分からないんだ。

 矢部と話したり、喧嘩したりするのが、恋とはつなげられないし。

 それに、元々は大嫌いだったんだから。

 あいつ、いちいちあたしのする事に文句つけるし。

 そんなの、考えたことないよ。


 恋するって、どういう気持ちなんだろう?女の子はみんな、そういう気持ちを持ってるのかな?知らないのは、あたしだけなんだろうか?

 途端、あたしは劣等感に包まれた。


 「祥ちゃん、そんなに深刻にならなくていいよ。小夜ちゃんも、もういいでしょ。祥ちゃんは、祥ちゃんなんだから。いいじゃない、そういう鈍い所が可愛いんだから。心配しなくても、ちゃんと女の子になるって・・・・」

 「何でこんな話しになっちゃったのかな?今は、祥子じゃなくて佑子でしょ。なんやかんや言っても、小夜は祥子びいきだからね、保護者みたいな気分なるのよ」

 佑子が、あきれ顔で肩を竦める。


 校門を出たとこで、正美は話しのけりを着ける為にこう言った。

 「みなで、京子ちゃんの成功を祈ろうね」

 それから、小さく手を振る。あたし達も手を振り返し、正美と別れた。


 「おい」

 その直後、突然野球のユニフォーム姿で、矢部が後ろから現れた。

 ・・・・・やだな、変な時に限って出て来るんだから。

 「噂をすれば、だ」

 あたしをつついて、佑子がにへらっと笑った。

 何よ、その笑い方は。


 「あたし達、お先に帰らせてもらうわ」

 「ちょっと、小夜、何でよ!!」

 変な気の利かせ方をしないで欲しい。全然関係ないて、言ってんじゃない。

 「なんだ、喧嘩か?」

 「違うわよ!」

 あらぬ疑いをもたれているので、ついきつい調子になって言った。


 「こぇ~な、そんなでかい声で怒鳴るなよ」

 「あんたが、妙なとこで出て来るからでしょ」

 「なんだ、それ?勝手だろ、いちいちお前に指図される筋合いはない。なあ、岡村」

 イヤらしい。小夜の愛想振りまいて、どうするのよ。


 「勝手にやってよ。あたし達、帰るからね~」

 小夜は、ひらひら手を振って、そのまますたすたと言ってしまった。


 ・・・・小夜め、覚えていろ。


 「ちぇ、岡村も愛想がねぇーな。そういう所が、森と似てるよな」

 「悪かったわね。あたしが一番可愛くないわよ、どうせ」

 「勿体ねぇな、岡村は美人なのに・・・・」

 どういう意味?あたしに対する嫌味かしら?


 「小夜は黙っててもモテるんだから、あんたにそんな事言われても、本人は痛くも痒くもないわよ」

 「お前、いちいちつっかかるなよ。別に、悪気があって言ったんじゃないって」

 大体、こいつとは前から気が合わなかった。

 何かあると、女のくせにって。それがものすごく頭にきた。女だろうが、男だろうが、関係ないじゃない。そんな男なんかに、負けるもんですか!!って、何時も思ってた。


 忘れもしない、一年の時の掃除。こいつと同じクラスだったんだよね、その時も。こいつが机も運ばずに友達と遊んでて、代わりにあたしが彼の机を運ぶはめになった。

 そしたら、すごい顔してやって来て、

 「触るな!女が触ったら、俺の机が腐る!!」

 なんて怒鳴られた。

 もうちょっとで、癇癪が爆発する所だった。もう、激怒よ、激怒。


 でも、あんまりガキみたいな事を言うから、こっちは大人の貫録を見せつけてやろうと思って、

 「ばっかじゃないの、触っただけで腐るわけないじゃん。頭悪いわね」

 と、冷静なふりをして言ってやった。流石に黙ったな、彼。ぶつぶつ文句言ってたけど、そのまま大人しく掃除してた。


 ざまあみろだ。でも、それ以来絶対この男には負けないって誓った。それくらい、大嫌いだったんだ。


 「あーっ、一年の時を思い出した。あんた、本当にやな奴だったよね」

 「またか、案外しつこい性格だな。俺は、そんなの覚えてねぇぞ。お前に、脳天ぶちのめされたのは覚えてるけど。あれ、まじ痛かったんだぜ。暴力女かと思ったぜ」

 「あんただって、しつこいじゃない。あれはね、あんたが正美の手紙を読んだからだよ。あたし宛てに回ってきたやつ。へへって顔してさ、大きな声で」


 安田に負けないくらいやんちゃだった。消しゴム隠されたし、朝の挨拶の時、イスを引かれて転んで頭打った事もある。

 あと、輪ゴムピストルで狙い撃ちされた。怒って叩いたら、暴力女だって先生に言いつけられた。


 小さい子が、好きな女の子にするイタズラとは違うわ。小夜は、そう言ってたけど。

 そうとは到底思えないほど、度を越すようなものだった。好きってより、よっぽど嫌われてるんだって思った。嫌味もよく言われてたし。


 でも、一年で随分変わった。相変わらず口は悪いけど、ああいうイタズラはされなくなった。


 「お前さ、俺がしたぶんと同じくらい、俺仕返しされてるぜ。それ、忘れてんじゃねぇの?」

 「・・・・そうだったけ?」

 「俺もお前に椅子引かれて、転んで頭打ったぜ。それも、まじ痛くて泣いた」

 「あっ・・・・、そんな事もあったね、ははははっ」

 「お前の、そういうとこがムカつく」

 「でも、その直後、あたしマジ蹴りされたよ」

 「・・・・そうだったけ?」


 「・・・・て言うか、あんた、部活いいの?」

 「おう、そうだった。お前が見えたから、ちょっと抜けて来たんだ」

 「なによ、それ」

 「俺、引っ越しするんだ。だから、言っておきたくて」

 えっ、転校するの?


 「何で、今言うの?明日でも良かったのに」

 なんか頭が回らず、どうして今突然言ったのか、それだけが気になった。

 「昨日決まったんだ。今日言おうと思ってたんだけど、なかなか言えなくてさ。噂で聞く前に、俺の口から言っておこうと思って」

 「・・・なんだ、引っ越すんだ」

 妙に間の抜けた言い方だった。ショックが立て続けにあったから、免疫が出来たのかもしれない。

 え?とか、うそ?とか叫ぶより、そうなのかって、気の抜けた感じ。


 「つめてぇな、他に言う事ないのか?」

 「だって、仕方ないじゃない」

 「お前って、本当に男には冷たいよな」

 そういうつもりじゃないって。たださ、またかって思っただけなんだ。

 周囲は目まぐるしく変わっていくのに、あたしだけが取り残されてる。それが、なんか堪らない気分になるんだ。


 「喧嘩、出来なくなるね」

 気が合わないって思っていたけど、急にイヤじゃなかった方の思い出が浮かんできた。

 そう言えば、同じアニメが好きで盛り上がったな。あと、やってみたいゲームの話しでも盛り上がった。結局最後は、何故か喧嘩になるんだけど。


 そうそう、あたしが好きなレイ・ブラッドベリーの本を、彼も好きだと言ってたっけ。唯一、それが二人の共通点だった。

 火星年代記の風景描写が、あんまり綺麗なんで思わす泣けてしまった。そう言ったら、同じだって笑ったのを覚えている。彼がよ、信じられない。でもね、嬉しかった。同じように感じる人がいるんだって。


 「だな、でも、引っ越すまでまだもうひと月あるけどな」

 「うん」

 変だね、あんなに嫌いだって思ってたのに。嫌いってのも、色々あるんだ。そう嫌いって訳じゃないのに、腹が立ってイヤな奴だと思ってしまう。矛盾してるよ、だけどあたしは、そうした矛盾だらけの女の子なんだ。


 「お前、女だけど男に負けてねぇって」

 最後に帽子をかぶり直して、矢部はぶっきらぼうに言った。

 「やべ、そろそろ戻らないと。お前、部活は?」

 「へへへっ、今日はちょとね」

 「なんだ、さぼりか?」

 「煩いな、違うよ、ちょっと用事があるの」

 何時もの調子で言い合い、思わず顔を見合わせて笑った。


 「さてと、じゃあな」

 「バイバイ」

 去って行く後ろ姿を見ながら、あたしはなんとなくため息を吐いた。

 転校しちゃうのは寂しいけど、そういうの、ちゃんと教えてくれるのは嬉しいよね。

 だから、思わずため息が出る。

 やっぱり、あたしはこだわってる。小夜が、何も言ってくれなかった事。

 うーん、こういうウジウジはイヤだ。でも、駄目なんだ。寂しくて、胸がちょっとギュッてなる。


 ・・・・親友なのに。

 「あたし、ほんと小夜が好きなんだな・・・」

 呟いて、また大きくため息を吐いた。

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