第4話
「・・・・足が痛い」
あたしの横で、京子が呟く。
その日の放課後、五人は揃って全校生徒の見せ物になっていた。
中庭に面した渡り廊下は、何処の教室の窓からも見下ろせる。そこに正座させられたあたし達は、下校する人達の足下を出来るだけ神妙な顔で見つめていた。
「まずかったね、体育をさぼったの」
「だから、止めようって言ったのに」
正美が、恥ずかしそうに俯いて言った。けれど、声は思いの外厳しい。
「だって、体育祭の練習なんてイヤじゃない。ずっと延々、ラジオ体操してんだよ」
佑子が、口をとんがらかせる。
確かに、ラジオ体操は嫌いだ。でも、正座よりはマシだと思う。
「岡村、おまえ何やってんの?」
不意に、通りかかりの三年生の男子が、にやにや笑って小夜をからかった。確か、小夜と仲のいい広田って人だったと思う。
「見れば分かるでしょ、もう、あっち行ってよ」
「男泣かせてっから、罰が当たったんだろ」
「うるさい、エロタ。あんたみたいに、何時もエロ本持ち歩いてる奴に言われたくないわよ」
小夜と広田さんの会話を聞いて、近くの男子達が笑った。
「・・・どうしよう、原田君が見たら、あたし、恥ずかしくて顔も見れなくなるよ」
隅っこで、京子が死にそうな顔をする。
そんなあたし達の前を、国語の西村先生が、
「おうおう、4組の問題児共か。並んで正座とは、相変わらず仲がいいな」
と言って、通り過ぎて行った。
先生の言葉に、ちょっと首をかしげる。問題児かな、あたし達。
「だいたい佑子が、大丈夫って言ったのよ」
「バカね、ばれて当然だって。佑子は常連だし、いっぺんに五人も腹痛おこしゃ、誰だって分かるわよ」
「一発でばれたね。佑子の顔見て、またなの?だって。今日は大目にみてあげるから、さっさと保健室の掃除しちゃって、って。あの先生、変わってるよね」
あたしは、保険の先生の温和な顔を思い出して言った。腰に手を当てて、じっとあたし達が掃除するとこを見てたっけ。
「でもさ、結局これじゃない。体育の水田が、きっと担任に告げ口したんだ。あの人、ちょっとは保険の先生を見習えって。陰険よね」
退屈して、べちゃくちゃとお喋りを始めた途端、すぐ正面にある職員室の窓が開いた。顔を出したのは、担任の松本先生だった。
「お前ら、真面目に正座しろよ!ちゃんと出来なかったら、もう一時間させるからな!」
凄い声で怒鳴ってから、にやりと笑う。あの先生、声がでかいのだけが自慢だからな。
「冗談、先生、もう勘弁してよ。次からはしません、絶対、本当だからお願い!」
佑子が、おちゃめな顔で、手を合わせて先生を拝む。
あたし達は、横でクスクスと笑った。
「ねっ、生足見せてあげるからさ。あたしが駄目なら、小夜でどう?」
佑子は、何故か先生と仲が良い。
いいこだからって言うんじゃなく、どっか大人の人に可愛がられる素質があるんだろう。どっちかって言えば、職員室に呼び出される常連だもんね。
「ばーか、色気で迫るにゃ、十年早いんだよ」
松本先生が、太い腕を上げて佑子を殴る真似をした。秋だと言うのに未だに半袖で、剥き出しになった腕はゴリラのようにもじゃもじゃ毛が生えている。
あの先生も、変わってるんだよね。
一年中半袖と短パンで、女子の方に足を出しては、
「これが、本当の男の足だ。どうだ、男らしいだろうが!」
って、自慢気に見せる。
でも、水泳の時なんかは、仕返しとばかりに女の子達が集団になって、先生の足の毛をぶちぶち抜いていたりする。
あれ、痛そうなんだよね、見てるだけで。
「よーし、今から10分間ちゃんとしたら、無罪放免にしてやる。いいか、絶対にしゃべるなよ」
「10分はきついよ~。もう、一時間も正座してんだよ。それだなくてもストレス溜まってんだから。先生、もう一声よろしく!」
「しかたねぇな、じゃあ八分だ」
「そこを何とか」
「バカ野郎、いい気になりやがって。しゃあない、5分にまけてやる」
佑子は、やったと叫び、皆の顔を見て合図を送った。
松本先生は、にやりと笑って時計を見る。
大きくて、けむくじゃらで、あだ名は野獣。顔だって、そんな感じ。
でも、見かけと違って本当は優しい。ささいな事にこだわらないし、クラスの子が休むと、わざわざ家まで様子を見に来てくれる。
冬の間でもTシャツ短パンで過ごしているのは、みんなが事故もなく健康でいられるようにって、願かけしてるんだとか(本当かな?)。
それからしばらくして、あたし達はよくやく正座から開放された。
「佑子には、負ける・・・・」
やっと地面に足をつけたあたしは、痺れでよろめきながら、思わずそう呟く。
「そうだよ、佑子ちゃん。恥ずかしいよ」
あたしが言ったのは、そういう意味じゃなかったんだけど、正美は恨みがましく佑子を睨んだ。
正美が怒るのも無理ないな、全くのとばっちりなんだから。
保険委員の彼女が言えば大丈夫だって、佑子がさぼりに協力させたんだ。正美のお母さんが知ったら、あたし達なんて即刻縁切りよ。
「へへへっ、祥子だって楽しんでたくせに。あんた、本当は目立つの好きだって、あたし知ってんだから。トイレのドアをいきなり開けて叫ぶやつ、あれもあんたが考えたでしょ?最初は恥ずかしがってたくせに、最後は一番のってやってたじゃない」
「やったね、そういうの。休み時間に突然トイレのドア開けて「ロミオ!ロミオは何処!?」なんて叫んで、一瞬のうちに消えるんだよね。いきなりで一瞬だったから、結構笑いを取ったっけ」
あたしは、思わず笑った。
懐かし~。あれは、二年になってすぐやったっけ。京子とあたしが、笑いを取るために。
最後は、みんなが入れ違いでやって、結構ウケてたな。
「何時もすまして、自分は何も関係ないって顔してるけど、だいたいそういう奇妙な案を出すのは、祥子だったりするんだよな」
佑子はゲラゲラ笑って、あたしの肩を叩いた。
「五人で一列に教室のドアの前に立って、知らずにドア開けた子ににーっと笑うのだって、祥子がこういう事したらウケるかも~、って言ったから始めたんだよ」
「ウケるかもって言っただけで、本当にやろうとは思ってなかったわよ」
「でも、笑ったよね。相手も大爆笑で、なんか楽しかった」
「もう、あなた達はお笑い芸人なの?」
恥ずかしがり屋の正美が、渋い顔で言う。
彼女の場合、たいてい無理やりやらされてたもんね。かわいそうに、おかげで彼女もはた目には、お笑い集団の一員と思われている。
「そういう正美だって、あの時は楽しそうだったよ。自分一人だけシリアスになろうとしても、そうはイカの塩辛」
「ふっるーい、オヤジギャグの世界だわ。京子、あんたは原田君とは無理かも・・・あきらめな」
「ひどい、何もそこまで・・・・」
頬を膨らませて、京子が佑子の頭を叩いた。パカーンと、いい音が響く。
「ちょっと、佑子。あんた、頭カラッポなんじゃないの?」
いかにも心配そうに小夜が言うので、みんなは一斉に笑った。
その後、少しだけ間が落ちた。それを狙っていたかのように、小夜があっさりとした口調で言った。
「京子、原田を呼び出しておいた。部活の後って言ってあるから、これからすぐ理科室に行って待ってれば、来ると思うよ」
「えっ、今から?」
「手紙を渡すんでしょ。先にのばしたって、決着はつかないよ」
「でも、いきなりじゃ決心が・・・」
「いきなりの方が、逆に考えなくていいのよ。あんただって、中途半端な気持ちじゃ落ち着かないだろうし。それとも、このままの方がいい?」
ブルブルと、京子は首を振った。
急に真剣な表情になった京子は、何時もの冗談ばっかり言ってる彼女とは違い、驚くほど女の子に見えた。
あたしはそれを横から眺めながら、京子のこんな真剣な顔って初めて見るな、と思った。
「行くよ、あたし。小夜、ありがとう」
「がんばれ!」
「しっかり、落ち着いてね!」
京子は、迷いを振り切るように、校舎へと入って行った。その後ろ姿を見送りながら、一同はため息を吐く。
なんだか恥ずかしいような、それでいて真面目な気持ちで、彼女の心配をしていたのだ。
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