第3話

 「やっぱりね」

 次の日の昼休み、京子は皆に全てを打ち明けた。それを聞いて、小夜が言った言葉がこれだ。

 「何が、やっぱになの?」

 佑子が、不思議そうに訪ねる。


 「どうも、最近おかしいと思ってたのよ、ギャグも冴えないし」

 その、全て承知とばかりの言い方に、あたし達はただ感心するばかりだ。

 「で、何時からなの?このさい、言っちゃいなさいよ」

 佑子につつかれて、京子は照れて耳まで真っ赤になった。


 「はっ、半年くらい前かな・・・。サッカーしてる姿が、めちゃカッコよくて、気になってたんだ。本当に好きだと気付いたのは、最近なんだけど」

 「原田ねぇ、悪趣味」

 思わず小夜が呟き、正美にひじでつつかれる。


 「京子って、ワイルドなのが好きなんだ。へぇ、原田か・・・・」

 「ワイルドって言うより、ワルイドって感じだよね」

 「もう、佑子ちゃんも祥ちゃんも、真面目に聞いてあげなよ」

 あたしと佑子もちゃちゃを入れて、正美に睨まれた。


 「でもさ、まだ中二なんだし、焦らなくていいんじゃない?もう少し様子を見てさ、三年生くらいになったら告白したら?原田なら、きっとそれまでフリーだよ」

 思わず、そんな事を口走る。

 別に、本気で言った訳じゃない。なんか、恋とかちょっとあたしには分からない話題で盛り上がってるから、反発してみたい気分だったのだ。


 「はいはい、おこちゃまは黙って。あんたね、恋にストップはかけられないんだよ。全く、おこちゃまはこれだからな。あんたはそうやって、一生独身で過ごしそうなタイプよね。でも、男のいない生活なんて、カスみたいなもんよ」

 小夜に、思いっきりあしらわれる。

 あたしは、ちょっと拗ね気味で黙り込んだ。


 「ぐずぐずしてたら、もってかれるよ。原田って、あれで結構モテるんだから。ワルの優しさって、ちょっとトキメクよね」

 「小夜って、大人~」

 佑子が、やんやと喝采を送る。

 「さすが、経験者は違う。小夜って、そうだったよね」

 「まあね、男と付き合った事はあるわ。小学校の時、しちゃったしね」

 「え~っ!!はや、マセガキだ」

 「あたしは、中学に入ってからだよ」

 京子と佑子が盛り上がっている横で、あたしは恐る恐る聞いてみる。


 「しちゃったって、何を?」

 色々、妄想はかりたてられそうなんだけど、断言出来ないので。

 「祥子、本当に分からないの?カマトトぶってる?」

 小夜が、大きなため息を吐く。

 いや、しちゃったってだけでは、普通分からないでしょ。主語がないし。

 多分、デートとか、そういう男がらみの事だとは思うんだけど。


 「キスよ、キス。それくらい、察してよね。相手は、中学生だったけど」

 えっ!!

 いきなり、そこまで飛ぶの!?

 そんな話し、聞いてないし・・・・。

 「小夜、あんた小学生で、えっと、その、そういうのしてた訳?」

 キスという言葉さえ恥ずかしくて、ごにょごにょと口ごもる。

 すると佑子が、飽きれたように天を仰いだ。


 「駄目だ、祥子は奥手過ぎる」

 「正美だって、ニュアンスで分かるよね」

 今度は京子が正美に振って、彼女もちょっとテレながら、「まあね」と答えた。

 察しろって、小学校でキスなんてあり得ない。せいぜい、手をつなぐくらいでしょ、普通。


 あたしなんか、小学生の男女が手を繋いでいただけで、不純に思えたくらい。

 誰それと誰それが手をつないでた、なんかイヤらしい、なんて交換日記に書いてたもんね。


 「まあ、仕方ないわよ。祥子の元気は幼児並、この間試しに質問してみたらさ、ABCをAはキス、Bは胸を触る、Cはお尻を触る、なんんて真っ赤になりながら答えてるくらいだもん。知識はないし、経験もないし、それで、小学校の男子に祥子って呼び捨てにされて、いいように扱われてるんだよね」

 京子が、さもバカにしたように言った。


 こいつ、まだ昨日の事を根にもってるな。自分の事を棚に上げて、あたしはムカっとした。

 「同年代と思われてるのよ。一緒にカブトムシを取りに行ったんだって?あんたは、それがお似合いよ。歳の近い男は駄目なんだから、今のうちに年下の子を手なずけとけば?大きくなる頃には、いい男になってるかもよ」

 小夜も、一緒になってバカにする。

 ムカつくな。


 かまわれていると分かっていても、不機嫌になる一方だった。

 あたし、ふざけるのは好きだけど、バカにされるのは嫌いなんだ。でも、こういう話しになると、何時だってバカにされっぱなし。


 ちょっとバタ臭い美人の小夜は、高校生の男友達も多い。同期の子からは敬遠されがちだけど、年上にはやたらとモテる。妙に大人っぽくて、どこから仕入れてきたのかって思う話しを知っていたりする。

 だもんで、彼女から見ればあたしは、小さな子供に見える時があるらしい。


 「今の男は、ただカマトトぶってるだけじゃ靡かないわよ。それなりに遊んで、守る所は守る。それがコツよ」

 「さすが、言う事が違うわ」

 「小夜様、あたしに力を!」

 「あんた、何時かPTAとかに訴えられるんだから」

 あんまり過激な事を言うので、あたしはそう言ってやった。ところが小夜は、逆に艶やかな笑顔を返して、こう言い返してくれた。


 「小心者の祥子ちゃんと違って、あたしは目立つの大好きなの。噂になるほど華やかな生活なら、女冥利に尽きるってものよ」

 ・・・・・・女冥利に尽きるって、どんな気持ち?

 言葉は知ってるけど、気持ちは分からなかった。小夜は、分かって使ってるのかな?


 「ちょっとちょっと、祥ちゃんの事は置いといて、今は京子ちゃんの事でしょ?」

 話しが一向に進まない様子に苛立ったのか、咎めるように正美。

 「ごめん、ごめん、あんたは可愛いね。誰かさんと違って・・・」

 わざとらしく正美の頭を撫でて、京子がじろっとあたしを見た。

 ムカムカっ。

 何よ、その態度。可愛くないのは、あんたじゃない。


 あたし達がにらみ合っていると、困った顔でまた正美が割り込んで来た。

 「京子ちゃんも、祥ちゃんも、喧嘩しないでよ。ねっ、あたし達、仲いいんだから」

 その姿がいじらしくて、なんだか怒りも消えてしまったわ。

 ほんと、正美は可愛い。小さくて控えめで、それに健気なんだから・・・。


 気の荒い少女たちの中に一人、穏やかな正美がいた。こうして今まで激しい喧嘩もなくやってじれたのは、彼女の影ながらの働きに負うとことが大きいと思う。

 あたし達は、正美の手前、取りあえず仲直りをして見せた。実際、お互いに本気で怒ってた訳じゃないんだ。ただ、二人とも不器用なだけで。


 「ところで原田だけど、あいつ結構硬派だから、手紙を受け取ってもらえる可能性は少ないよ。この間も、五組の寺田さんが告白して無残に散ったでしょ」

 「ああ、あの眼鏡ブタ?」

 「やめなよ、知らない子をそんな風に言うの」

 思わず、咎めるように言った。

 京子は、知らない人の悪口をよく言う。そういうのも、なんだか苦手だ。


 「あたしも、やめなって言いたい。祥子の八方美人。あんたの性格は知ってるけど、あちこちいい顔したって意味ないよ。本当に友達としてやってける人って沢山じゃないから。あんたが、疲れるよ」

 小夜が、真面目な顔して言うもんだから、ちょっとばかり胸に堪えた。


 彼女が時々見せる諭すような言い方は、何故かひどく説得力があるのだ。

 あたしも、自分で分かっているだけに、返す言葉もなかった。

 「八方美人、気付いたときに、友はなし。ちょっと字余りかな」

 そういう事が得意な京子が、咄嗟に詩を造って詠む。

 「京ちゃんグーよ!」

 お笑い芸人のような顔をして、佑子が指を立てて合図を送った。

 あたしは怒る気にもなれず、落ち込みつつも無理に笑った。


 「もう、京子ちゃんの話しをしてるんだじゃない。皆も、まじめにやってよ!」

 「ごめん、ごめん、あたしもどうしていいか分かんなくて。だって、全然自信ないんだもん。こんなんだし・・・・」

 正美に怒られて、京子は思い出したようにしゅんとした。


 「4組のお笑い集団って、呼ばれてるくらいだもんね」

 白けた雰囲気を取りなそうとしてか、軽薄そうに佑子が言う。場を盛り上げようとしている気持ちを感じて、あたしも勢い良く叫んだ。

 「勝手にあたしを入れないでよ!!」

 「京と佑子だけでしょ、お笑いは」

 「あたしも違うわよ、京と祥子だって」

 「だから、あたしは違うって言ってんじゃん」


 「もう、いい加減にしてよ!!!」

 さすがに穏やかな正美も、このお調子者の友達に飽きれたようだった。怒って、皆を見舞わす。

 「みんな、どうしてそんな風にふざけてばかりなの?」


 「シャイなのよ、真面目な話しほどふざけなきゃ出来ないの。こういうのって、大まじめに話すのは勇気がいるのよ。得に、京子みたいなキャラじゃね」

 なるほど、小夜はよく分かってる。彼女はクールだけど、よく人を見ているのだ。だからこそ、あたし達みんなが信頼しているのかもしれない。


 「とにかく、駄目もとで手紙出してみればいいじゃない。変にこそこそしても、相手にしてもらえないだけだと思うし、ああいう奴には単刀直入がいいのよ」

 「うん」

 と言ったものの、京子はいまいち勇気が出ないよう。

 「やっぱり、小夜でいいからついて来て~」

 「でいいって、イヤな言い方ね。甘えるな、一人で行きなさい。そんくらいの勇気がなけりゃ、相手も真剣になってくれないわよ。特にああいう奴は、意地っ張りになるんだから」


 「でも、京子ちゃんが可哀想だよ。やっぱり、小夜ちゃんついてってあげたら?」

 正美が、心配そうに言った。

 「駄目、駄目、京子の為よ。まあ、呼び出すくらいはしてあげてもいいけど」

 「祥子ぉ~」

 助けを求めるように、京子は潤んだ目をこちらに向けた。

 「小夜が言うんだから、その方がいいんじゃないの?一番、恋愛経験ある訳だし・・・」

 あたしは、困りながら言った。京子ってば、こういう時に限って、あたしを頼ろうとする。あたしが断われない性格なの、知ってるのよ。

 でも、小夜が許す筈もない。

 彼女、結構厳しいのだ。


 「祥子も、手を貸しちゃ駄目」

 じろりと睨まれ、あたしは黙ったまま頷いた。

 「分かったよ、一人でやればいいんでしょ。もう、こうなったらくそ度胸出してやる!!」

 「頑張れ、京子!」

 「ゴールに向かって走るんだ!!」

 わーっと盛り上がって、みんなで京子をつつき回す。一通り騒いだ後、佑子が制服のポケットから何かを取り出した。


 「ふふふっ、でき上がったよ~ん」

 なんだろうと思って、彼女の手を覗く一同。

 ・・・・・ああ、あれか。六月にあった登山の写真。まだ、プリントしてなかったんだ。

 「遅いわよ、あれから4ヶ月もたってんじゃない」

 「だって、フィルムが残ってたから、もったいなかったんだもん」

 ケチな佑子らしい言葉に、みんなが苦笑した。


 「ほら、これなんか傑作」

 中の一枚を引っ張りだして、ジャンという掛け声と共に見せる。

 「祥子だ。あの時のやつ」


 二年生になれば、毎年恒例の山登りがある。一泊二日で民宿に泊まって、近くの山を登るのだ。その時、泊まった部屋で撮った写真がこれ。

 タオルをどろぼうのようにほっかぶりして、大きな布団を肩から背負ってる私。片足を窓枠に乗っけて、なんだかポーズを決めて撮ってるんだけど・・・・。


 顔だけカメラの方を向いて、にやっと不敵に笑っている。

 その時は、ノリでやってたんだけど、後から見ると恥ずかしい。バカよ、これじゃ。

 写真をみんなが見た途端、大爆笑が起こった。


 「よく撮れてるわね、おっかしい~」

 「祥子、これみんなに焼き増し頼まれてるから、いいよね」

 「えっ、こんなん持って帰って、どうすんの?うちの女子」

 「見てると、爆笑して、幸せな気分になれるんだって。あんた、いいキャラだよね」

 こんなん、そこら辺に残されたら困るな。その場だけの、レアものなのに・・・。


 「他にもあるよ」

 登山に言ったというのに、景色の下で写したのは少なく、もっぱら民宿の部屋で撮ったものばかり。

 重ねた布団の上から、奇妙なカッコをして飛んだ瞬間のものとか、女の子同士でラブシーンをしているものだったりする。


 佑子と京子なんか、

 『私たち、愛し合っているのよ』

 なんて、大まじめに言い合って、ふざけ回っていたのだ。


 「京子、あたしがこんなに愛しているのに、男の方がいいのね」

 その時の事を思い出したのか、佑子が悲壮な顔をして、情熱的に言う。

 「ごめんなさい。あたしだって、佑子を愛しているのよ。でも、あたし達は子供を産めないの!!」

 言われた京子の方も、真剣に答える。

 「やーねー、笑わせないでよ」

 くすくす笑ながら、小夜は写真をめくっていった。それから思い出したように、ちらりとあたしを見る。あたしが見返すと、自然に視線をそらし、写真に目を戻した。

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