第2話

 放課後、あたしが教科書を鞄につめていたら、後ろから誰かがポンポンと肩を叩いた。見ると京子で、なんだか浮かない顔をしている。

 「どうしたの?」

 「うん・・・・」

 そう言ったきり、黙ったままうつむいている京子に、なんだか不思議な胸騒ぎを感じた。


 彼女はどっちかって言うと勝ち気で、うじうじ黙り込むタイプではないのだ。

 「何?あたし、部活に行かなきゃならないんだけど・・・」

 時計にちらっと目を走らせ、ごく普通にと心がけながら言う。でも、彼女はやっぱり言いよどんでいた。


 あたしは、決して気の長い方じゃない。それは自分の欠点だと分かってて、出来れば直したいと思ってるんだけど、中々直す事の出来ない代物だった。

 何時までもうじうじしている彼女に、多少イラつき始める。


 「ねえ、用事があるなら早く言ってよ。部活、遅れちゃうから」

 あっ、やばい、ちょっと言葉にトゲが出た。

 自分で分かって、嫌な気持ちになる。短気なくせに、小心者なのだ。


 「ほら、言ってごらんよ、ねっ」

 今度は、トーンを落として優しく促す。

 京子は、軽く手を握り合わせて、ようやく決心したようにあたしを見た。

 きょろきょろ、辺りを見回して人がいないのを確認してから、そっとあたしの耳に口を寄せる。


 「・・・・・あのね、あたし、好きな人ができちゃった」

 「えっ?」

 ぎょっとした。

 京子もあたしと同じで、あまり恋愛に興味なさそうだったから。

 まさか・・・、と、そんな感じ。

 「だっ、誰?」

 声を小さくして訪ねる。

 「一組の、原田君」

 京子は言ってしまって度胸がついたらしく、顔を赤らめながらもハッキリと言った。


 「原田って、あの原田!?」

 まさか、原田だなんて二度びっくりだ。あいつは、一年の時に同じクラスだったけれど、とにかく札付きの暴れん坊だ。

 不良ってほどじゃないけど、かなりのやんちゃなのは確か。

 京子って、ああいうのが好きなんだ・・・・。


 「そう、原田和則君」

 「で、あたしにどうして欲しいの?」

 「手紙書いたんだけど、呼び出してくれないかな?」

 「冗談!」

 あたしは、思わず叫んでしまった。


 「駄目だよ、あたしそういうの苦手だもん。京子だって、知ってるじゃん」

 「・・・・そうなんだけど、でも、みんな帰っちゃって祥子しかいないんだもん。原田君はサッカー部だからさ、ちょこっと部室まで付き合ってよ」

 ・・・・何それ、たまたまあたしがいたからって事?

 思わずむっとする。

 でも京子は、あたしの態度にも気付かない。


 「お願い、一生恩にきるから」

 必死に拝む姿を見て、困ったなぁと思った。

 あたしだって、原田の事なんかあんまり知らないし、だいたい男子と喋るのも苦手なのに、どうやって呼び出せって言うの?


 「小夜は先に部活行っちゃったし、佑子も今日は用事があるからって先に帰ったし・・・」

 ぶつぶつと、口の中でつぶやく。

 あたしと小夜は、テニス部だった。あたしが今日は日直だったもので、先に行ってもらったんだけど・・・・。


 「ねえ、明日にしなよ。それで、小夜に頼んだら?小夜は、そういうの得意そうだし」

 「えーっ、あたしの勇気が持たないよ・・・。もう、ほんと役に立たないんだから!」

 なんて言われて、思わずカチンとくる。

 「悪かったわね!あたし、もう部活行くから!」

 思わず不機嫌になって、京子を残して早足で教室を出てしまった。


 もう、頭に来るな。こっちだって、色々考えて話してるのに・・・。

 そりゃ、あたしは頼りにならないわよ。そういうものには、とんと疎いし。でも、あんな言い方しなくてもいいじゃない。


 教室を出てしばらくは、短気を起こして荒い気持ちになっていた。・・・・が、すぐにそれは後悔へと変わった。

 あたしの短気は癇癪だから、すぐに収まるんだ。

 考えてみれば、あたしの態度も良くなかった。京子にしたら、きっと決死の覚悟だったんだと思う。


 彼女の事だから、随分勇気を振り絞ったはず。何時から原田が好きだったのかは知らないけど、ずっと胸の中にしまい込んでたものを、やっと口に出来たんだと思う。


 ・・・・・だけどね、苦手なもんは苦手なのよ。


 あたしは、部室の前で立ち止まって、大きくため息を吐いた。

 丁度グラウンドでは、野球部が練習している。その隅の方にあるのがテニスコートで、小夜がもうコートの中で練習していた。

 受験を控えた三年生の姿は、もういない。だから、これからは二年生の天下。

 でも、あたしは結構先輩達に可愛がってもらったので、なんだか気が抜けたように寂しかった。


 ・・・・受験、か。


 何も、考えてなかったな。

 あたし夢は作家だし、小説を書いてれば楽しいし、それだけ。その夢だって、ただ漠然としてるだけで、その為にどうしたらいいのか、なんて全然考えてない。

 書ければいいな・・・くらいで。


 「同じ高校に行ければいいね」

 なーんて、ついこの間まで、みんなで言ってたのにな。

 高校なんてまだ先だと思ったけど、そこには確実に今とは違う世界が待っている。少なくとも、小夜や佑子のいない世界だ。それを考えただけで、なんだか寂しい気持ちになった。


 みんな、色々考えてんだな。あたしは、それを知らなかったんだ。ただ、知ってるつもりになっていただけ。なんか、取り残されていくようで寂しかった。


 ふと、コートから出た小夜が、あたしに気付いて手を振ってきた。あたしも手を振り返したけど、寂しさは消えなかった。

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