第10話 別れ
「ごめん、服が無いんだ。隣に入っていい?」
「え…はい…」
彼は隣によこたわり、毛布を引き上げて体を覆った。
たくさん聞きたいことがあったけれど、彼が昨日、それほど年の違わないケモノ生みの少年を見送って、ひとり涙していたことを思い出した。
「ケモノ生み様、昨日の、あの子は…」
「僕、ベシーっていうんだ。彼はイジウス。ひきとめたけど、行ってしまった…」
彼の目がまた涙でうるんで、彼はこうしてほしいがためにここに出てきたのかもしれないと、いろいろな疑問はおしやって、彼の頭を胸に抱きしめた。
「ベシー、ケモノの中で、イジウスと話したの?」
「うん。僕は湖で溺れて自分を呑みこんで、ケモノの中に棲むようになった。だからイジウスを呑めば心で話せるって思ったんだ」
ああ、やっぱり…ならなぜここにいるのかという質問はあとにして、イジウスのことを思いやった。ベシーと悲しみを分け合いたかった。
「イジウスは、どういう子だった?」
「自分のこと、俺って言う、大人っぽくて一緒にいたら楽しくなりそうな奴だった。僕は君の心を取り込むよって、言ったんだ。一緒にケモノの中に棲もうって。でも断られた。彼をデルルク軍に渡すまいとして殺された両親のもとに行きたいって」
「イジウスにはこの世界が、つらかったわね…」
「うん…人を殺すためのケモノを育てさせられて、同化して、人をたくさん殺したんだって。これまでも暗い牢屋でいつも剣をつきつけられていて、歩くこともできなくなって、ブローヌには、樽に詰められて運ばれてきたって」
ベシーは私より背が高いのに、胸の中ですすり泣くさまは、イジウス少年と同じようにケモノ生みであることに翻弄されてきた小さな子供のようだった。
私はベシーが落ち着くまで抱きしめ続け、そのうち彼は体を持ち上げて、私を抱きしめ返した。なめらかで広い彼の胸はケモノとぜんぜん違うのに、ほっと安心するのはケモノの首に抱きついた時と同じだった。
「ペルラ。僕はひとりだったんだ。ケモノ生みの能力のせいで気味悪がられていたから。洪水で村が沈む前も。家族がいて、村の人々がいた時から、ひとりだった。僕はケモノに名前をつけて、唯一の友達にしていたんだ」
「名前?なんていうの?」
「アル」
「そう。アルは友達だったのね。だからずっと育て続けて、あんなに大きく強くなったのね」
「うん…だから…ペルラが僕を受け入れて、一緒にいてくれて、嬉しかった。湖でふたりで過ごした数日は、夢みたいに幸せだった」
「わたしも。そのあとも、あなたが一緒にいてくれたから、乗り切れたの」
「僕もだよ。ただ僕自身はペルラに会えないと諦めてた。心だけを取り込んで、体を失ったと思っていたから」
「どうやって体を取り戻したの?」
「イジウスから、俺の心よりケモノ生みの能力を取り込めって言われて、取り込んだから」
日が昇って部屋は明るくなり、私はきらきら光るベシーの髪に指をからませながら、彼の青い目を見つめた。
「つまり、ケモノが取り込んだケモノ生みの能力で、出てこられたのね?自分を生んだということかしら?」
「たぶんそうだと思う。アルが消えていないのは、僕は生きているからだってひらめいたとき、自分の体を感じた。朝になるとケモノの拳から出ることができた。この体がもとの体なのか、あらたに作られた体なのかはわからない。でも難しくなかった」
「あなたに会えて本当に嬉しいわ。ベシー。でも、もしケモノのままでも私、ずっと一緒にいさせてくださいって、お願いしようと思っていたわ」
ベシーは無言で私をきつく抱きしめ、頬で感じる彼の胸の鼓動は速くなり、しばらくしてゆっくりに戻った。
「それでね。ペルラ。僕、もうしばらくケモノの中に入っていようと思うんだ」
「え?またケモノで自分を飲み込むってこと?」
「うん。ブローヌ王が死んで、どんな戦いが始まるともしれない。僕が捕まるわけにもケモノを消されるわけにもいかない。ペルラを守りたい。だから…」
「わかったわ。ケモノの中にあなたがいて、私と一緒にいたいって思ってくれていることがわかっただけで、勇気が出た。平和に暮らせる世界になるまで、一緒に頑張りましょう?ケモノ生みは人を助けるためにいる。私はあなたがそうできるように一緒に考えるから」
ベシーは私をまぶしそうに見て、微笑んだ。
「ペルラはいるだけで、僕に勇気をくれる」
そしてベッドから降り、窓に向かった。窓の外にケモノの大きな顔が覗いていた。
「また、出てきてくれる?」
「うん。簡単だよ。二人きりになれるとき、また会おうね」
「また…ね」
「あ、あとジェスがペルラに優しいのは、彼のお姉さんがペルラと同じくらいの年でブローヌ王に妊娠させられて、お産で赤ん坊ともども死んだからなんだって。だからペルラを置いて逃げるなって、こっそり言われた」
「まあ…」
私はジェスの今までの言動の理由が知れたのと、そう言うベシーは、ジェスに嫉妬しているのかもしれないと、くすぐったい気持ちになって、目を見開いた。
窓辺に立ったベシーが動きを止めた。ケモノに同化したのだ。
ケモノは窓から手をつっこんでベシーを握り、あっというまに彼の体を口の中に押し込んだ。
そしてケモノの目に優しい青い光が宿り、私は窓からのぞいたケモノに駆け寄って、もさもさとした鼻先にキスをした。
<養獣譚 分離の巻> おわり
<養獣譚 融合の巻>に、ベシー目線の前日譚があります。
養獣譚 分離の巻 古都瀬しゅう @shuko_seto
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