第9話 出会い
ケモノ生みの少年を飲み込んだあと、ケモノの青い瞳が悲しみの涙にあふれ、私はあるひらめきに絶望しそうになった。
このケモノは自分自身も同じように飲み込み、取り込んで、一体となったのではないだろうか。だから同化し続けているように見えるし、ケモノ生みが姿を見せないのでは。
もしそうなら。
もしそうなら、永遠にケモノ生みには会えないことになる。
どこかにいるはずの男性。
ケモノを通して優しさや激しさや純粋さや、さびしさを私に見せてくれた人。
ケモノが消えない「しくみ」が理解できなくても、いつか会えると信じていた人。
その夜。
「ペルラ殿。大丈夫ですか。むしろケモノの近くにいたほうが、落ち着きますか?」
様子を見に来たジェスが、何十日かぶりの寝台を横目に、窓辺でケモノを見ている私を心配してくれた。彼もようやく湖に投げ込まれた時の泥を落として、指揮官然とした出で立ちを取り戻している。
デルルクのケモノ生みが死に、ブローヌ城を占拠していた暗殺部隊十五人は、あっさりと投降に応じ、地下の牢屋に入れられた。いま私は奪還したブローヌ城の一室にいて、城の前庭で丸くなっているケモノの姿を眺めている。城に掲げられた、たいまつの灯りは海風に揺れ、ケモノをもまぼろしのようにゆらめかせている。
「ケモノ生みが姿を現してくれると良いのですが…しかし。あの少年のような最後を目にしては、まだしばらくは無理でしょうか…」
ジェスは私の隣に立ち、ケモノを見ながら言った。
「私にもわかりません。もしかしたら、どんなに遠く離れてもケモノが消えない能力をお持ちで、彼はまだあの山のどこかにいるのかもしれません」
「うーむ。ケモノ生みの知識は、まだ緒についたばかりとは、エゴンの言ですが」
エゴンというのは屋上から逃げだしたほうの男で、ケモノ生みのことを調べて遠い異国から諸国を渡り歩いてきたのだという。少年のケモノがブローヌ王を暗殺し、私をさらい、確実に役に立ったのは、彼の助言のたまものだと、捕まった後に自分を売り込んだらしい。そのせいで兵士とは別に監禁されている。
その男のせいで少年は道具のように使われ殺された。
私は憎しみを覚えている。
そしてケモノ生みとケモノが一体になっているかもという疑念は、誰にも話すまいと心に決め、少年の遺体が無くなったことにジェスらが騒いだ時も、私は知らないと嘘をついた。
「では。気が高ぶっているのはわかりますが横になることです。ケモノと一緒が落ち着くなら、彼の元に行けばいい」
ジェスは部屋を出て行った。不思議な人だと思った。結局のところ私とケモノをここに導いたのは彼だし、ベールに意見して敵兵を殺さず、交渉だけで無血開城させたのも彼だ。彼が王になったらどうだろう。でも、賢いものは王になどならないと言った、あれは自分へのいましめだったのだろうか。
もういちど外に目をやると、ケモノは変わらずそこにいた。
森の中でしてもらったように、ケモノの体のすきまで寝かせてほしい。
けれど、そうしたら、私の疑問を聞いてしまいそうで。
ケモノが頷いて、ケモノ生みが結局は存在しないのだと、はっきりさせてしまいそうで。
それでもずっとそばにいたいと言った時、ケモノが頷くかどうか自信が無くて。
私は寝台に横になった。さすがにその寝心地は、湖畔の草の上や、森の土の上とは違って、私はあっというまに眠りに落ちた。
「ペルラ…」
さわやかな風のような声が私を呼んだ。
目を開けると、朝の薄明かりがぼんやりと部屋を照らしていた。そして寝台の横から私を覗き込む、青い瞳と目が合った。やわらかく微笑むその表情を見た時、私は即座に口走っていた。
「ケモノ生み様?」
「うん」
色白で長い髪は金色。細身で背の高い、たぶん、私より年下の若者だった。腰に布を巻いただけの半裸だから、彼の広い胸を見たとたん、頬が熱くなった。
神話の中から現れたような美しい姿は、巨大で猛々しいケモノとは似ても似つかない。それなのに、はにかんだ笑顔は、ケモノそのものにも思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます