第5話 わかれていても出会う日々

 薬草集めはウチチの提案が功をそうして、順調に集まっていた。

 依頼の10束まで、もうすぐだ。

 途中、アキルスが間違えて摘んでいた黄色い花をまとめているのに気がついたウチチが、それを指摘して、ちょっとだけ口論になっていたが、まぁ問題ない、と上空のマルカは思った。


「ぁーやばい、そろそろお尻に痛みが――我慢できなくなってきたかも…」


 結局のところ、マルカは(自分も摘みに入ったりしながら)トータル30分間は空中にいたのだ。


「そろそろ次いい? そこ摘み終えたでしょ?

 最後はさ…あ、入ってきた獣道の西側に咲いてるの発見!

 なんで気づかなかったんだろう…みんな戻って。

 そこで摘み取れば10束になるんじゃないかなぁ。

 わりと西の森の近くだから、歩きだとわかりずらいかもだけど。

 そだ、自分が先にそこへ行って摘みだすから、みんな来て」


「了解」


 マルカの呼びかけに、3人は答えた。それを確認して、マルカは一足先に、獣道に近い西側の森付近へと箒杖を走らせた。


「これでやっと終わるー、もう疲れたし、痛いしぃー」


 マルカが西の森付近までやってきて、空から降りようとしたとき、その大声は聞こえた。


「やべーっ、これマジ死ぬわーっ!」


 (ん?)

 

 マルカは急いで声のした方角を確認するべく、箒杖を一気に上昇させた。

 森の木々より高く、高く。

 まわりがすごくよく見通せる距離まで。


「うぁっ、やばっ」


 マルカは慌てて降りて、草原の3人を「急いで急いで」と呼び寄せた。


「ど、どうしたの、マルカ君っ」


「アキルスっやばいって、ミッツたちが岩犬ロックドッグに追いかけられてるのっ。

 しかも6匹だよっ! あの3人だけじゃ無理すぎるっ。早く助けに行かないとっマジでやばめっ」


 マルカは西の森を箒杖で指して、みんなに伝えた。


「ここ、すぐ抜けると川だから、早く、早くっ。

 ミッツたち、こっち向かってきてるから。たぶん森でやつらをまくつもりだろうけど…ここすぐ草原でちゃうからっ、こっちからしかけないと!」


 マルカはまた箒杖にまたがって「3人誘導してくるから、戦闘態勢お願いっ!」と叫んで勢いよく空に舞い上がった。

 わさわさっと草原が揺れて、その場に咲いていた貴重な薬草の花が散ってしまった。


 が、みんなそんなことには見向きもせず、戦闘態勢に入った。

 

 アキルスは大鞄を投げすてて、ズボンのポケットからナックルを取りだし、拳につけた。スアラは銀の短杖をかまえて、いつでも魔法が撃てるように構えた。

 ウチチは腰にぶら下げた聖書を手に取り開くと、なにやら小難しい文章を詠唱しはじめた。効果は弱く5分ほどしかもたないが、アキルスの肉体に、自動回復呪文をかけているのだ。


「ミッツっ、ターキーっ、セタ君っ、こっちっ!

 こっちから森に入ってっ、まっすぐ抜けてっ、草原だから。

 みんな戦闘態勢でいるからっ!

 駆け抜けたらすぐに戻って、攻撃態勢になってーっ、いい?」


「おーっ了解っ! 助かるっ!!」


 ミッツが上空のマルカの声に気づいて、杖を振って答えた。

 ターキーは時折振り返り魔導弓で、セタは剣を振りながら器用に後ろ向きで、岩犬たちをなんとか蹴散らしながら走っていた。


「大丈夫かなぁ…ミッツ…体力ないからなぁ…

 うちが空から魔法使えたらいいんだけど…できないしなぁ…

 ま、指示はだしたし、草原で自分も待ちかまえなきゃ」


 マルカは急いで3人が待ち構える草原とへ戻り、すぐさま魔法を撃つ態勢をとった。


(…て、うちの魔法じゃ岩犬相性悪いなぁ。風で削ってもすごく時間かかるし…相手すばしっこいから、ずっと当て続けられるかわかんないし…んー、どうしたものか?)


 マルカは箒杖を森の出口に向けてかまえながら、思案した。


 でも急にはなにも良いアイデアが思い浮かばなかった。


 そうこうしていると、森の中からガヤガヤと音が聞こえ始め、


「きさまーっ、待てっていてるだろうがっ。自慢じゃないが俺は弱っちぃーんだぞっ。くんな、くんな、追いかけてくんなっ。バカっ、ローブの裾を喰うんじゃないっ。あほかっ、このクソ犬がっ! だから猫の方が好きなんだっあっ!!」


 と、騒ぎ立てるミッツの声がわーわーと近づいてきた。


「…えい」


 森に向かってかまえていた銀の短杖をひとふりして、スアラが大量の水をぶっぱなした。


「わっ、ちょっとちょっとっ、俺がずぶぬれっ! もうちょいっ待てから撃ってくれよぉっ」


 ガササゴロロンっ、と、勢いよくすっ転びながらずぶ濡れのミッツが森から草原へと入った。

 そうとうぼろぼろだ。太眉を八の字にして、とほほ顔である。


「よし、じゃオイラが突っ込むっ」


 力自慢のアキルスは両手の拳をバンバンと叩き合わせながら、森の中へと突っ込んでいった。

 ウチチはミッツに回復魔法かけ彼を癒し、マルカは風の魔法を応用して、彼の濡れたローブと髪を乾かした。


 スアラは、また短杖を手に、身構え直している。

 

 森の中からはという岩がくずれるようなド派手な音がした。アキルスがミッツを追ってきた岩犬を倒したのだ。


 これで残りは5匹だ。


「あいつらーっ俺をコケにしやがって。目にものみせてくれるわっ」


 ウチチの魔法で擦り傷がすっかり治り、やや元気を取り戻したミッツが堅杖を森に構えて、魔法を撃つ態勢を作った。


「あーだめだって、ミッツっ。森だから、ミッツの雷とか火の魔法だとめっちゃ燃えちゃうからっ。森火事は捕まっちゃうからっダメだってばっ」


「お、おうっそうだったな…わりぃわりぃついイラっとして…あいつらしつこいし」


「気持ちはわかるけど、今はさ、ターキーとセタ君が大丈夫かどうかだよ。ミッツは、二人に先に逃がしてもらったんでしょ?」


 マルカがたずねると、「すまない、その通りだ」とミッツはうなだれた。


「まー二人とも器用ですばしっこいし、大丈夫だとは思うけど…」


 マルカがそう言うと、森の奥からデカい声で、アキルスが叫ぶのが聞こえてきた。


「ターキーっ! セタ君ーっ! こっち、こっちっ!!」


 どうやら、森の反対側にでて、逃げてくる二人をアキルスが見つけたようだ。


「おうっ! 今いくっ。セタ君っ平気かー!」


「問題ないっ、先に森に入ってくれて大丈夫、すぐ追うっ!!」


「了解っ無理しないようにっ」


「オイラがっおとりになるからっ、セタ君もそこから森に入って草原へ抜けろっ」


 どうやらアキルスが岩犬たちの群れの前にでるつもりらしい。


「…アキルス君…大丈夫かなあ」


 短杖を構えながら、スアラはマルカにぼそりと言った。


「頑丈だから平気だとは思うけど…」


 マルカがそう答えると、ウチチが丸眼鏡をずりあげながら、


「わたくしが自動回復魔法をかけているので、しばらくは持つと思います」と、にやりと笑った。


「…なら、大丈夫…かなぁ?」


 マルカがウチチに愛想笑いを返した。


 


 森から枝がすれる音がして、「おっしゃっ」と叫びながらターキーが草原へと飛び抜けてきた。

 どうやら無傷のようだ。


「大丈夫、ターキー?」


「おう、マイカ、大丈夫だぜ。それよか、セタ君だよ…たぶん腕を噛まれてる」


「えぇっまじで!?」


「やべー俺のせいだわ…」


「そんな深くはないと思う。剣振れていたし。まぁ、とにかくウチチ、セタ君きたら、すぐに回復よろしく頼む」


「わかりました」


 すると別の場所からと音がして、セタが飛び出してきた。


 見ると、左の二の腕が血にそまっていた。


「だ、大丈夫、セタ君っ!」


「あぁ、私は平気ですよ。かすり傷と思い込めばそれなりに――」


「思い込まなくていいですから。

 ささ、わたくしに腕を見せてください。回復魔法かけますから」


「ごめん。ウチチ君」


「そうゆうときは、ありがとうですよ、セタ君」


「うん、ありがとう、ウチチ君」


「いえいえ」


 ウチチはセタの腕に右手をかざして、左手に持つ聖書の一説を詠唱した。


 するとまばゆい光がセタの腕をとりまいて、やがて光が消えると。セタの傷は綺麗に治っていた。


「おお、さすが、ウチチ君。やはり貴重な逸材だね」


 マルカの言葉に、ミッツ、ターキーがとうなずいた。


「アキルス君っ! 早くっ戻ってっ! みんな草原にいるっ!!」


 突然スアラが腹の底から出だした大声を森に向かって叫んだ。

 みんな一瞬ビクッと驚いたが、声の主がスアラと気づいて、すぐさま元に戻った。

 たまに大声を出すことがあるようだ。みな慣れてるよね、という平静を装った顔つきをした。

 

 森の奥からは、スアラの声が届いたらしく、アキルスがこれまた大声を返してきた。


「おぅっ今戻るからっ! 1匹砕いたから、残りはっ4匹ーっ」


「了解っ! 偉いぞっアキルスっ!!」


 ミッツが叫んで、アキルスを褒めた。


 みんな、にんまり顔だ。


「これで草原に誘い出せば広いから。

 岩系の連携できるんじゃない?」


「だな。マルカの言う通りここならできそうだ。


 俺とスアラ君はもう少し下がろう。

 雷ぶっぱなすから、水お願いね。

 これで続けざまに2匹やれるだろう。


 で、ターキー君とセタ君が二人で集中して1匹を倒してくれ。


 あとマルカは…とりあえずアキルスの体勢が整うまで1匹釣って逃げまくれ、以上。そだ、ウチチは戻ってきたアキルスの回復をすばやくしてくれ、頼む」


 みんなリーダーのミッツの指示にうなずいた。

 が、マルカひとりだけ嫌そうな顔をした。


「ちょっとー待ってよ~なんでうちがおとりなの?」


「だってきさまの魔法は岩系に向いてないだろうっ。

 せいぜい逃げ回ってアキルスにぶっ倒してもらうんだな。

 じゃ、守備につけーよろしく」


「あーもうっわかったよっ、やればいいんでしょやればっ」


(たくっ、誰が岩犬連れてきたんだ、て話しじゃんっ、もうっ)


 マルカはぶつくさいいながら、森の出口でアキルスが出てくるのを待った。

 彼を追いかけて岩犬たちが現れるからだ。


(最初の2匹はミッツたちがやるでしょ、次はターキーたちだよね…じゃうちは一番最後にくる岩犬に礫あてて逃げるか…魔法撃ったら、すかさず箒杖に乗って飛びながらやつを釣る、でいこう)


「よし、いつでもこいこいっ」


 マルカが箒杖をかまえ直すのと、ほぼ同時に「うぉおおおおっ」と、ものすごいダッシュでアキルスが草原へと駆け抜けてきた。


 普段はのそのそと足が遅いが、戦闘で興奮するとアドレナリンがたくさん分泌されるのかなんなのか…アキルスは足が誰よりも速くなるのだ。

 この時ばかりは、たぶん俊敏なターキーも負けるほどだ。

 ただし、持久力はなかった。

 

 草原へと駆け込んで豪快にすっ転ぶと、ウチチが素早く近寄り、巨体のアキルスを持ち上げて、北に放り投げた。それからすぐに駈け寄り、彼の頭を地面にこすりつけた。で、自身も地面にかがむと、そのまま回復の詠唱を始めた。

 それは追いかけてくる岩犬から二人の身を隠すための策だ。


 森の奥からは、””という岩犬たちの喧しい鳴き声が、枝がすれる音と共に聞こえたきた。


「よしっ、スアラ君、準備いいか?」


 堅杖をかまえるミッツがスアラに確認すると、彼は無言でうなずいた。


「あースアラ君っ、目が悪いんだからっミッツが魔法撃ってからそれに向けてやりなねーっ」


 マルカの声に、またもスアラは無言でうなずいた。

 

 そして岩犬たちが森から出てくる場所を見当して、森の出口、セタが南、ターキーが北側に別れ待ち構えた。ターキーはちょうどマルカの前だ。


「オレに礫撃たないでくれよ、マルカ」


「わかってるって」


 マルカはにやりと笑った。


「…まじ当てんなよ、おまえ」


 ターキーの心配をよそに、「きたっ! やるぞっ!」と、ミッツが叫んだ。


 勢いよく飛び込んできた最初の2匹が、目の前に立つミッツとスアラに気づき、草原の広場に向かって一目散に突っ込んでいった。鼻先が紫水晶で、体が頑丈な岩でできた魔物だ。岩犬たちの牙と爪は鋭く、ばかみたいに喧しく吠えた。


「ばかめっ!」


 ミッツは不敵な笑みし、岩犬に堅杖を向けたまま、


「雷の裁きうけるがっいいいっ!」と、高らかに叫んで岩犬めがけて、雷魔法をぶっ放した。

 それに続いてスアラも一呼吸置いてから短杖を振り「えい」と水魔法を放出した。


 二人の魔法はやがて絡み合いひとつとなって、岩犬たちを直撃し、大きな爆発音とともに、2匹が粉々になって飛び散った。


「おろかものめっ」


 ミッツは太眉を動かしながら、満足げにつぶやいた。

 そしてと、膝から崩れ落ちた。

 魔力をだいぶ消費し、疲労したのだ。

 スアラはとくに表情も変えず、短杖をしまった。

 けれど、やはりその場に座り込んだ。


「二人とも、ナイス!

 よし、次のやつはもらった。いくぞ、セタ君」


「了解、いつでも」


 少し遅れて草原に駆け込んできた3匹目の岩犬めがけ、ターキーは魔導弓を引き魔法の矢を生み出し放つと、それは左の頬にぶつかった。

 その動作を何回も何回も素早くターキーは続けた。

 

 それがすごくうざかったらしく、岩犬はターゲットをすぐさまターキーに絞ると、飛びかかった。

 瞬間、セタが飛び出して、剣を振りかざし、応戦した。


 二人は流れるような見事な連携で岩犬を追いつめている。


 それを遠くでへたばるミッツとスアラが、弱々しく手を上げて応援した。


(…あれ? あと1匹いるんじゃなかったっけ?)


 マルカは箒杖をかまえたまま、森の奥を覗いた。

 が、まったく、岩犬の気配がしない。


「ねぇっアキルス、3匹倒した…? ん?」


 マルカは寝っ転がっていまだウチチの回復魔法を受けているアキルスに声をかけようと振り向いたときに、身をかがめて二人に近づく岩犬を発見した。


「あいつっ隠れてたんだっ、たくっもぉっ!」


 マルカは箒杖を大きく振り、いまにもアキルスたちに飛びかかりそうな岩犬めがけて、礫の連打魔法をおみまいした。


 それは見事に岩犬の右尻にヒットし続けて、おおいにやつの怒りをかうことに成功した。


「二人ともっ早く回復しちゃってよーっ。岩犬と追いかけごっことか、もうお尻痛くてそうはもたないからねっ」


 飛びかかってきた岩犬を避けながら、マルカは素早く箒杖にまたがると「痛っいっ!」と叫びながら、草原すれすれを飛び始めた。とにかく仲間がいない方角を行ったり来たりしつつ、アキルスとの距離が遠くならないよう逃げまどった。


 岩犬は””と怒り声で鳴き、ちょこまかと動き回るマルカをひっしに追いかけている。

 ターキーとセタは、そろそろ決着がつく頃合いだ。


 ターキーの魔法の矢が無数に岩犬の首に突き刺さり、それをめがけてセタがスラッシュの剣技を撃ちまくっていた。

 じきに首が飛んで、試合終了になるはずだ。


 なら、残りはマルカを追い回す岩犬のみだ。


 ミッツはぶっ倒れ寝てしまっていた。そうとう疲れたのだろう。

 スアラはぐったりとして地面をずーと見ていた。


「あぁっもうっ尻が痛いってーのっっ。アキルスまだぁっっ」


 マルカの飛ぶスピードが落ち始めて、岩犬の爪が箒杖の穂先に触れるようになっていた。


(あぁやばめかも…もう無理…ぃ)


 箒杖にまたがるマルカは、涙目だ。

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