04 足軽大将、骨皮道賢の最期

 珠光は酬恩庵しゅうおんあんで過ごしていた。

 珠光は一休の赤褐色の青磁を気に入っており、そのため、茶の仕事をした。

 ある時、一休は山名邸で見たような唐物があった方がいいかと聞いてきた。


「いいえ」


「ほう。何故」


「あのような目立つもの、この寺だとます。すると、まっとうな茶が味わえない」


 大名や将軍が茶に唐物を用いるのはいい。

 そういうが必要とされる場面もあろう。

 だが、そうでない人が茶を出す場合、そのような唐物は目立つ。

 それよりも、和のものや下手物の唐物を用いて茶を味わい、そしてその場の雰囲気に浸る方が大事なのでは。

 珠光は称名寺しょうみょうじ酬恩庵しゅうおんあんで働いてきた日々から、そのような考えを抱き始めていた。

 結論として言っているのではなく。

 何か、そうした感慨のような。

 そう、それはまるで禅の悟りのような、言葉にならないもの。


不立文字ふりゅうもんじじゃ」


 と一休は言う。

 つまり、禅とは、悟りとは、言葉にできるものではなく、逆に言うと言葉にできないものだ、ということである。

 一休は珠光が茶というものを用いて、何かこう、形にならないもの、言葉にできないものを感じ、生み出し、あるいは共有していく間を作れるのではないか、と感じていた。


「それはきっと名物や唐物ではなく、あるいはそうであっても、それの使い方、向き合い方……が大事なのでは」


 といえば、一休が珠光と初めて会った時、何か言っていたような。

 珠光が首をひねっていると、突如、塀の外から、声が聞こえた。


いくさだ、いくさだ」


「足軽だ! 骨皮が来た! 足軽大将の骨皮道賢だ!」


 そう、道賢は応仁の乱という大乱の中のし上がり、細川勝元率いる東軍の足軽大将にまで成り上がっていた。

 道賢は変幻自在の用兵を見せ、西軍の山名宗全を切歯扼腕させた。


「見よ」


 道賢は片手を高く掲げると、その手には唐物の青磁が握られていた。


「足軽のおれでも、富貴ふうきをつかめる! 誰かおれの下につかんか。この唐物で一緒に茶をする者はおらんか」


 道賢は伏見の稲荷山を根城にして、放火や攪乱を働き、勝元から金銭と茶器をせびっていた。

 要領の良い道賢からすると、このような工作はお手の物であり、笑いが止まらなかった。



「おのれ、足軽ばらが」


 山名宗全はあから顔をなお赤くして怒り、麾下の大軍を率い、稲荷山を包囲した。


「何だと、何だと」


 道賢は泡を食った。所詮、自分たちは足軽。主力ではなく、相手ののが仕事であって、真面目に戦うことではない。

 それを、宗全はほぼ全軍を繰り出して狩りに来た。

 このあたり、宗全の武将としてのである。

 これからのいくさにおいて、足軽という兵種の重要性を宗全は見抜いた。だからこそ、その兵種の天賦の才を持つ道賢を攻めに来た。

 必ず潰してやるという決意で。


「まずい、まずい」


 道賢は、こともあろうに女装して、稲荷山からの脱出を目論む。

 だが。


「こ、こんな」


 道賢は割とあっさりと見つかる。

 その女装に用いた小袖の中は、彼が報酬として得ていた茶器に満ちていたという。


「かようにした奴を見逃がすか」


 道賢は首を討たれた。



 道賢の梟首きょうしゅ

 東寺でさらされたを見た時、珠光は何とも言えないもの悲しさに身を包まれた。

 すると、見張りの武士からその様子を咎められた。

 珠光は素直に、かつては同門の弟子だったと告げた。

 武士たちは顔を見合わせ、少し待てと言って、誰かを呼びに行った。

 しばらく待つと、朝倉孝景あさくらたかかげという武将が、茶器を抱えてやって来た。


「これを受け取れ」


 それは青磁にしては赤褐色の、いわゆる下手物の茶碗。

 道賢が隠し持っていた茶碗の中で、あまり価値のないものとされて、誰も手を出さずに、残っていた。

 しくもそれは、一休の所持する茶碗と同じ種類のものらしかった。


「いい物は大名のお歴々がかすめ取って、な」


 孝景はおどけて言った。

 一方で、道賢を討ったのは孝景だが、その功績として茶器を与えられなかった。

 孝景は茶器をつもりなかったが、諸大名のに唖然としたらしい。


「この孝景、茶に興味はあるが、このようなあさましい真似までして、な」


 ばつの悪さを感じた諸侯が孝景に寄越した、赤褐色の青磁の茶碗。

 そのを、だが孝景は受け取った。


「どうせ茶をするのなら、この余り物で始めるかと思うた……が、やはり寝覚めが悪い」


 道賢の首塚でも作ってそこに供えるかと思っていたら、ちょうど珠光が通りかかったらしい。


「貴公、聞くと一休禅師の下で茶をやっているという話ではないか」


「はあ」


「ならちょうどいい。持って行ってくれ」

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