03 乱の役者たち

 十年経った。

 父が死んだ。


「お父上のこと、お気の毒にな」


 寺の人たちはそう言ったが、珠光へ向ける目の色が、後ろ盾を無くした者へのとなった。

 だが珠光はうらむことは無かった。

 何がしかのが無くば、人ひとりの世話などできるものか。

 現に珠光の親分の道賢は、珠光の扱いを変えなかった。


「もう寺を出ろ」


 ある日、道賢がそう言ってきた。

 父を亡くした珠光を僧兵にという話があった。


「でも僧兵なら、寺を守る役割。いくさには出ないから……」


 阿呆、と道賢は反駁した。


「将軍でさえ殺される世の中だ。絶対、いくさに巻き込まれるぞ、これから」


 この頃、将軍・足利義教は宴の最中に暗殺されている。

 そしてこの暗殺をきっかけに、嘉吉の乱という戦乱が始まる。


お前珠光はどう考えても、いくさには向いてない。寺を出ろ」


 道賢は珠光が子分として務めた分の義理を果たそうとしている。

 それを無視して僧兵になったところで、杢市検校もくいちけんぎょうという後ろ盾を無くした男など、誰が気にしようか。



 珠光は寺を出た。


「一休さまを頼るか」


 雑用ぐらいはあるだろう。

 ずっと雑用をしてきたから、それには自信がある。

 多少なりとも一休に寄寓させてもらって、それからあとは考えよう。


「京へ」


 珠光は父のを、売れたら売ってくれと近くの農民にことづけて、それから京へ向かった。

 訪ねる相手、一休の居所は割と早く見つかった。


酬恩庵しゅうおんあん


 かつては妙勝寺といわれた寺を、一休が再興した結んだ草庵である。

 珠光が訪ねると、一休は「お父上のこと、気の毒だの」と言って、茶を出して来た。その茶碗は、唐物ではあったが、特に高価なものではなく、本来は青磁として青く輝くところを、それがかなわず赤褐色となった碗であった。


「どうした」


「いえ、この茶碗、いいなと思いまして」


「そうか」


 一休はついて来いと言って、そのまま都大路へと出た。

 そのまま歩いて、あるやしきの前にたどり着く。

 その邸は山名宗全の邸だった。


「御免」


 門番も心得たもので、一休と珠光をとがめることなく、門を開けた。


「よう来た」


 宗全はそのあから顔をほころばせて、一休を招じ入れた。

 ちょうど茶会を開いていたらしく、十三、四歳くらいの少年が、落ち着き払って茶を喫しているところだった。


「結構なお点前でした」


 少年は上等な唐物とおぼしき碗をことりと置いた。

 宗全は満足げにうなずき、一休を紹介した。


「おお、御坊があの一休禅師。拙者は細川勝元。以後、よしなに」


 のちに応仁の乱で戦う敵同士。

 だがこの時は、互いに幕府内での勢力家同士として、親交を深めていた。

 この親交はのちに、政略結婚(宗全の養女と勝元の婚姻)にまで発展する。


「では、拙者はこれにて。家督継承祝いの茶、まことにありがたく」


 勝元は十三歳で父の死により家督を継いだ。

 細川家は摂津や土佐などの九ヶ国を領する。

 対するや、山名家は八ヶ国を領する。お互いに大勢力を誇り、宗全としては、齢十三の少年たる勝元と手を組み、あわよくば都合の良い味方にしようと目論んでいた。


「きなくさい茶だろう」


 一休はそれとなく振り向いて、珠光にそう呟いた。

 珠光は静かにするよう促したが、一休はどこ吹く風だった。

 そして宗全の方を向いて、「急なおとないの詫びじゃ。片付けを手伝おう」と、勝元の置いた唐物の茶碗を手に取って、珠光に渡した。


「この者、愚僧の弟子。この者にもやらせよう」


「いやいや、一休禅師とそのお弟子さまにおかれましては」


 宗全がそう言ったが、結局、一休が押し切った。

 ただ、唐物の茶碗はすぐに山名家の者が受け取りに来て、取られてしまった。


「すげないのう」


 一休はさも興味を無くしたという風に山名邸を去ることにした。

 来たばかりで去るというのもどうかと思ったが、どうやら宗全はこの手の一休の気まぐれに慣れており、相好そうごうを崩さなかった。


 門を出ようとした時、宗全は一休に手土産を渡そうとした。それを固辞する一休は、宗全と押し問答を演じた。

 たまりかねた一休は、珠光を先に行かせた。

 言われた通り邸外へ出ると、そこには見知った顔がいた。


「何だお前、京にいたのか」


「兄弟子?」


 道賢が立っていた。

 ただし、そのちは侍である。


「これか」


 道賢は袖をつかんで両手を広げ、それから、細川家に仕えることになったと告げた。


「実は、寺の檀家の村田という家の娘に手を付けた」


 凄いことを平然と言う。

 そして、更に凄いのはここからだった。


「その娘の父はお前だということにして、それを追うという名目で京へ来た。もう寺へは戻れん」


「え。いや、ちょっと待って」


「あとは、伝手つてを頼って細川家に仕官した。ご覧のとおり」


「ご覧のとおりと言われても」


 もしかしたら、娘に手を付けたのは、珠光に寺を出ろと言った時より前ではないか。

 道賢がていよく寺を出るために。


「まあ、良いではないか」


 骨皮と名乗るつもりだと道賢は言い、そして去って行った。

 骨皮道賢。

 足軽という新しい兵種を用い、応仁の乱にその名を馳せる、東軍の足軽大将である。

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