03 乱の役者たち
十年経った。
父が死んだ。
「お父上のこと、お気の毒にな」
寺の人たちはそう言ったが、珠光へ向ける目の色が、後ろ盾を無くした者へのそれとなった。
だが珠光は
何がしかの代償が無くば、人ひとりの世話などできるものか。
現に珠光の親分の道賢は、珠光の扱いを変えなかった。
「もう寺を出ろ」
ある日、道賢がそう言ってきた。
父を亡くした珠光を僧兵にという話があった。
「でも僧兵なら、寺を守る役割。
阿呆、と道賢は反駁した。
「将軍でさえ殺される世の中だ。絶対、
この頃、将軍・足利義教は宴の最中に暗殺されている。
そしてこの暗殺をきっかけに、嘉吉の乱という戦乱が始まる。
「
道賢は珠光が子分として務めた分の義理を果たそうとしている。
それを無視して僧兵になったところで、
*
珠光は寺を出た。
「一休さまを頼るか」
雑用ぐらいはあるだろう。
ずっと雑用をしてきたから、それには自信がある。
多少なりとも一休に寄寓させてもらって、それからあとは考えよう。
「京へ」
珠光は父のあばら家を、売れたら売ってくれと近くの農民に
訪ねる相手、一休の居所は割と早く見つかった。
「
かつては妙勝寺といわれた寺を、一休が再興した結んだ草庵である。
珠光が訪ねると、一休は「お父上のこと、気の毒だの」と言って、茶を出して来た。その茶碗は、唐物ではあったが、特に高価なものではなく、本来は青磁として青く輝くところを、それがかなわず赤褐色となった碗であった。
「どうした」
「いえ、この茶碗、いいなと思いまして」
「そうか」
一休はついて来いと言って、そのまま都大路へと出た。
そのまま歩いて、ある
その邸は山名宗全の邸だった。
「御免」
門番も心得たもので、一休と珠光を
「よう来た」
宗全はその
ちょうど茶会を開いていたらしく、十三、四歳くらいの少年が、落ち着き払って茶を喫しているところだった。
「結構なお点前でした」
少年は上等な唐物とおぼしき碗をことりと置いた。
宗全は満足げに
「おお、御坊があの一休禅師。拙者は細川勝元。以後、よしなに」
のちに応仁の乱で戦う敵同士。
だがこの時は、互いに幕府内での勢力家同士として、親交を深めていた。
この親交はのちに、政略結婚(宗全の養女と勝元の婚姻)にまで発展する。
「では、拙者はこれにて。家督継承祝いの茶、まことにありがたく」
勝元は十三歳で父の死により家督を継いだ。
細川家は摂津や土佐などの九ヶ国を領する。
対するや、山名家は八ヶ国を領する。お互いに大勢力を誇り、宗全としては、齢十三の少年たる勝元と手を組み、あわよくば都合の良い味方にしようと目論んでいた。
「きなくさい茶だろう」
一休はそれとなく振り向いて、珠光にそう呟いた。
珠光は静かにするよう促したが、一休はどこ吹く風だった。
そして宗全の方を向いて、「急な
「この者、愚僧の弟子。この者にもやらせよう」
「いやいや、一休禅師とそのお弟子さまにおかれましては」
宗全がそう言ったが、結局、一休が押し切った。
ただ、唐物の茶碗はすぐに山名家の者が受け取りに来て、取られてしまった。
「すげないのう」
一休はさも興味を無くしたという風に山名邸を去ることにした。
来たばかりで去るというのもどうかと思ったが、どうやら宗全はこの手の一休の気まぐれに慣れており、
門を出ようとした時、宗全は一休に手土産を渡そうとした。それを固辞する一休は、宗全と押し問答を演じた。
たまりかねた一休は、珠光を先に行かせた。
言われた通り邸外へ出ると、そこには見知った顔がいた。
「何だお前、京にいたのか」
「兄弟子?」
道賢が立っていた。
ただし、その
「これか」
道賢は袖をつかんで両手を広げ、それから、細川家に仕えることになったと告げた。
「実は、寺の檀家の村田という家の娘に手を付けた」
凄いことを平然と言う。
そして、更に凄いのはここからだった。
「その娘の父はお前だということにして、それを追うという名目で京へ来た。もう寺へは戻れん」
「え。いや、ちょっと待って」
「あとは、
「ご覧のとおりと言われても」
もしかしたら、娘に手を付けたのは、珠光に寺を出ろと言った時より前ではないか。
道賢が
「まあ、良いではないか」
骨皮と名乗るつもりだと道賢は言い、そして去って行った。
骨皮道賢。
足軽という新しい兵種を用い、応仁の乱にその名を馳せる、東軍の足軽大将である。
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