05 悟り

 朝倉孝景は、天下一の極悪人と言われているが(その悪辣なまでの手腕によるものだが)、言うほど極悪でもなく、むしろ優しさすら感じられた。

 珠光がありがたく茶碗を受け取って、茶に使いますと告げると、孝景はそれが良いそれが良いと笑った。



 珠光が酬恩庵しゅうおんあんに帰ると、一休に見つかった。


「そりゃ何じゃ」


 珠光が説明すると、一休は「諸行無常じゃ」と言って、手を合わせて茶碗を拝んだ。

 そして珠光に帰郷を勧めた。


「このいくさ、長くなる」


 楠木正成の血を継ぐという一休には、何となくわかったという。


「愚僧は残る。このいくさにより、人々に心の支えが必要となる」


 一休はその支えとなる決意を固めていた。


「だが珠光、汝はどうする。汝は、愚僧とはちがう何かをしたいのではないか」


 珠光は手の中の茶碗に目を落とした。

 何か。

 そう問われると、少しはかたちを取って現れてくる。

 心の中で。

 道賢と飲んだ、一服一銭の茶。

 羨んだ、唐物の茶器。

 だがそれは、山名邸で見たそれは、あまりにも

 やはり一休所持の青磁、それも赤褐色の青磁が、一番、落ち着く。

 道賢は足軽大将として名を成して、唐物を得た。

 望んだ唐物で飲んだ茶は、それは本当に道賢の望んだものだったのか。

 道賢が女装してまで逃げた時。

 そのたもとに入っていたという、茶碗。

 それもまた、下手物の青磁。

 赤褐色の茶碗。

 やはり人は、唐物のような価値のある茶器で茶を飲みたいものの、赤褐色の青磁のような茶器でも、茶を飲みたいものなのだろう。


「それは何故じゃ」


 鋭く切りつけるような、一休の問い。

 まるで、珠光の心を読んだような。

 否、実際読んでいるのだろう。

 その上で。


「珠光、汝の望むものは」


 一休は禅僧だ。

 悟りを得るということに、貪欲だ。

 それが弟子であればなおさら。

 機会を逃さない。

 つまり今こそが。


「悟れ。今が、その時」


 一休が珠光の肩をつかんだ。

 このまま、永遠を過ごそうともかまわぬという、力強さ。

 それが、一休。


「…………」


「うん? 何じゃ?」


で、茶を飲む。で、を、茶で」


「見事」


 一休の、珠光の肩をつかんだ両手は、そのままばんばんと珠光の肩を叩いた。


「なら、愚僧の茶碗も持って行け」


「それは」


 そこで一休はにやりと笑った。


「茶は一人で飲むものではなかろう。二つは無いと、困るぞ」


「あ」


 そうでした、と珠光が答えると、一休は笑った。

 珠光も笑った。

 二人で、笑った。



 夏。

 珠光は奈良に帰った。

 一休が根回ししてくれたらしく、称名寺からは何も言われることも無く、珠光は父・杢市もくいちの家のあった場所へ向かった。


「おや」


 そこには杢市が暮らしていた家が残っていた。

 家を託していた農民に聞くと、さすがになので買い手がつかず、もうこぼつかと思っていたところ、京の骨皮という大将から使いが来て、「金は払う。残しておけ」と言われたという。

 実際に充分なほどの金銭を貰ったし、酷い有り様のあばら家を壊して農地にする必要もなかったので、放っておいたという。


「道賢……」


 道賢は道賢なりの、罪滅ぼしを考えていたらしい。

 感慨に浸っていると、農民が、壊すならただで壊してやろうかと言って来た。

 さすがに何もしないで金銭を受け取ったままというのは、気が引けたらしい。


「いや……」


 珠光は農民に、壊すついでに、二、三頼みごとをした。

 農民は二つ返事で引き受けてくれた。



 杢市のあばら家は壊した。

 代わりに、珠光は自ら汗を流して、庵を結んだ。

 材料や、ひとりではできない作業は、件の農民に手伝ってもらった。

 完成した庵に、まずその農民を招いて、珠光は茶を点てた。


「これは」


 農民は汗を拭きつつ、片手で持った赤褐色の青磁碗に、ふうふうと息を吹きつけつつ、それを飲んだ。


「旨い」


 最初はちょっとずつ、次第にぐいぐい、最後には茶碗をあおって、茶は飲み干された。


「もう一杯」


 突き出された碗に苦笑しつつも、おかわりをいでやった。

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