05 悟り
朝倉孝景は、天下一の極悪人と言われているが(その悪辣なまでの手腕によるものだが)、言うほど極悪でもなく、むしろ優しさすら感じられた。
珠光がありがたく茶碗を受け取って、茶に使いますと告げると、孝景はそれが良いそれが良いと笑った。
*
珠光が
「そりゃ何じゃ」
珠光が説明すると、一休は「諸行無常じゃ」と言って、手を合わせて茶碗を拝んだ。
そして珠光に帰郷を勧めた。
「この
楠木正成の血を継ぐという一休には、何となくわかったという。
「愚僧は残る。この
一休はその支えとなる決意を固めていた。
「だが珠光、汝はどうする。汝は、愚僧とはちがう何かをしたいのではないか」
珠光は手の中の茶碗に目を落とした。
何か。
そう問われると、少しはかたちを取って現れてくる。
心の中で。
道賢と飲んだ、一服一銭の茶。
羨んだ、唐物の茶器。
だがそれは、山名邸で見たそれは、あまりにも落ち着かず。
やはり一休所持の青磁、それも赤褐色の青磁が、一番、落ち着く。
道賢は足軽大将として名を成して、唐物を得た。
望んだ唐物で飲んだ茶は、それは本当に道賢の望んだものだったのか。
道賢が女装してまで逃げた時。
その
それもまた、下手物の青磁。
赤褐色の茶碗。
やはり人は、唐物のような価値のある茶器で茶を飲みたいものの、赤褐色の青磁のような茶器でも、茶を飲みたいものなのだろう。
「それは何故じゃ」
鋭く切りつけるような、一休の問い。
まるで、珠光の心を読んだような。
否、実際読んでいるのだろう。
その上で。
「珠光、汝の望むものは」
一休は禅僧だ。
悟りを得るということに、貪欲だ。
それが弟子であればなおさら。
機会を逃さない。
つまり今こそが。
「悟れ。今が、その時」
一休が珠光の肩をつかんだ。
このまま、永遠を過ごそうともかまわぬという、力強さ。
それが、一休。
「…………」
「うん? 何じゃ?」
「こころ。こころで、茶を飲む。こころで、こころを、茶で」
「見事」
一休の、珠光の肩をつかんだ両手は、そのままばんばんと珠光の肩を叩いた。
「なら、愚僧の茶碗も持って行け」
「それは」
そこで一休はにやりと笑った。
「茶は一人で飲むものではなかろう。二つは無いと、困るぞ」
「あ」
そうでした、と珠光が答えると、一休は笑った。
珠光も笑った。
二人で、笑った。
*
夏。
珠光は奈良に帰った。
一休が根回ししてくれたらしく、称名寺からは何も言われることも無く、珠光は父・
「おや」
そこには杢市が暮らしていた家が残っていた。
家を託していた農民に聞くと、さすがにあばら家なので買い手がつかず、もう
実際に充分なほどの金銭を貰ったし、酷い有り様のあばら家を壊して農地にする必要もなかったので、放っておいたという。
「道賢……」
道賢は道賢なりの、罪滅ぼしを考えていたらしい。
感慨に浸っていると、農民が、壊すならただで壊してやろうかと言って来た。
さすがに何もしないで金銭を受け取ったままというのは、気が引けたらしい。
「いや……」
珠光は農民に、壊すついでに、二、三頼みごとをした。
農民は二つ返事で引き受けてくれた。
*
杢市のあばら家は壊した。
代わりに、珠光は自ら汗を流して、庵を結んだ。
材料や、ひとりではできない作業は、件の農民に手伝ってもらった。
完成した庵に、まずその農民を招いて、珠光は茶を点てた。
「これは」
農民は汗を拭きつつ、片手で持った赤褐色の青磁碗に、ふうふうと息を吹きつけつつ、それを飲んだ。
「旨い」
最初はちょっとずつ、次第にぐいぐい、最後には茶碗をあおって、茶は飲み干された。
「もう一杯」
突き出された碗に苦笑しつつも、おかわりを
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