魂の叫び

 全裸になって、およそ1時間が経過したか。

 待つ時間が2時間。


 合計、3時間もの間、全裸で極寒の中にいたオレ達は、心身ともに疲弊していた。かじかむのは、手だけではない。

 全身が思うように動かず、顎には力が入りっぱなし。


 カウンターを風除け代わりにして、オレ達は一か所に固まった。

 体育座りをして、ひたすら股間に「はーっ」と、温かい息を浴びせる。

 喋るだけで白い吐息が漏れる気温だ。


 冗談抜きで死にかけていた。


「う、おぉ、……さ、……っぶ」


 ゴリ松と住職は、舐めた若者を逃がさないよう、腕を絡ませ、自分たちの両脇に固めている。オレの目の前には、牛尾がガタガタ震えて座っている。


「はぁ、はぁ。やべぇ。今のテンションなら、ミツバを思いっきり抱きしめる事ができる。性欲のないセクハラを繰り返すことができる」

「た、質悪いな、それ」


 人間の脳は、長時間極限状態に置かれることで、見事に狂う。

 オレ達は、すでに狂っていた。――というと、何だかデジャヴを感じてしまうが、気のせいだろう。


「服、どこにやったんだよ」

「不知火。早く戻って来いよ」


 不知火は一度家に戻り、温かい服を持ってきてくれるという。

 この状況なら、素直に言える。


 ――あいつ、良い女だな。


 初めて出会ったときは、二度と関わりたくないクソフ〇ミだと、嫌悪感が止まらなかった。しかし、一度心を開くと、どこまでも良い女という謎の進化を遂げている。


「姉ちゃん来るまで、……ちょい、……寝るんで」


 牛尾が眠そうに瞼を閉じ、カウンターに寄りかかっていく。

 奴の脱力する様を見て、オレは自我を取り戻す。


「寝るな! 寝るんじゃねえ!」

「そうだぞ! 死ぬんだって!」


 確かに。牛尾の事は許せない。

 イラつくことはしてきたし、ミツバに対しての愚行は見過ごせない。

 とはいえ、一歩間違えたら死ぬところを放っておくなんて、最早人間じゃない。


 相手が誰であれ、人として大事な事だけは絶対に捨てちゃいけない。

 それが人間ってものだ。


「こっちにこい。温めてやる」


 オレは牛尾の顔面を自らの股間に埋めさせた。


「おえええ! 何するんだよ!」

「いいか? 男の金玉袋は、一番熱が溜まる所だ。なぜかと言えば、一番血液が集中する所なんだよ。血が溜まってんだよ」

「ああ。陰茎の方は、勃起しないと無理なんだ。そして、俺たちは興奮ができる状態にない。今、熱を感じるには、……玉しかないんだ!」


 腕で頬を擦り、牛尾が上体を起こす。

 今気づいたが、こいつには角がない。

 瞳孔こそ、人と違うため、猫のように細いが、ほとんど人間に近い。


「あ、アンタ。姉ちゃんの事、抱いたんだろ?」

「はは。笑えない冗談だ」

「姉ちゃん言ってたぞ。誰もいない所で、女になったって。母ちゃんはキレてたし。父ちゃんは娘が出て行くって喜んでた」

「お前んち、どうなってんの? ヒエラルキーは女の方が強いのか?」


 まあ、いつの時代も女というのは、何かと強い生き物だ。

 今じゃ、強さを履き違えた謎の思考をするアホが目立つが、フラットに女性という存在を見た時、やはり男にはない強さを持っている。


「牛尾んちだけじゃないっスよ。俺の家も、こいつの家も。みんな女が舵取ってる」

「地獄じゃねえか」


 尻に敷かれることを強いられているかのようだ。


「だいたいよ。お前、ミツバとか、姉ちゃんからかうより、同じ鬼の女にちょっかい出してナンパすりゃいいじゃねえか」

「無理だよ!」


 牛尾が泣きそうな顔で叫んだ。

 他のお友達も同じように、苦い顔になっていく。


「何でだよ?」

「鬼は。……いや。あの世じゃ、極楽浄土以外、……全員、貧乳しかいねえんだ!」


 魂の叫びだった。


「なんだって?」

「貧乳だよ! 胸が、小さいんだ! ほんっと魅力ねえんだ!」


 オレは立ち上がり、入口の方を覗く。

 他には通路の陰や階段のある方を覗いた。


 今の会話が誰かに聞かれたら、確実に面倒なことになる。


「リョウさん。あんた、あの世に来たことがあるんだろ?」

「不知火から聞いたのか」

「だったら、分かるはずだ! 極楽浄土では、ムッチリした女がいた。だったら、他はどうだ? え? 胸が大きい奴いたか⁉ ムッチリした体型いたか⁉ 女としての魅力持ってる奴いたのかよ!」


 全ての不満をぶちまけた牛尾は、頭を抱えてうずくまる。


「いや、……まあ」


 困ったオレは、ゴリ松に視線を送った。


「んー、……まあ、……まあ」


 続いて、住職に移る。


「ふむ。いませんでしたな」


 言われて気づいたけど、確かに性的な魅力を持つ女性は少なかった。

 発育の良い女性は、ゼロに等しい。


 そして、オレはさらなる事実に気づく。

 オレの出会う女は、全員胸囲が貧しい者ばかりであった。


 ミツバだって胸は小さい。

 不知火は皆無。

 絵馬はまな板。


 その全てが、絶壁に近い女ばかりであった。


「俺。一度でいいから、巨乳が見てえんだ。尻のデカい女が見てぇ」

「……牛尾」

「触ってみてぇんだ。肉の塊がいいんだ。皮と骨は、もう嫌なんだ」


 男の切実な願いを聞いてしまった。

 本当は「女は胸じゃない」と言ってあげたい。

 ただ、大きいのが好きだって言う気持ちは分かる。


 魂の叫びに中途半端な答えは無礼に当たるだろう。


 オレは何とも言えずに黙ってしまった。

 その時だった。


 カタ……カタ……カタ……。


 階上から、足音が聞こえた。

 見れば、他の奴らも同じく聞こえているらしい。


「誰かいるのか?」

「分からない」


 足音は旅館の奥に向かって歩いていく。

 ここでジッとしていても、体の肉が縮むだけだ。


「……行ってみるか」


 腹を擦り、オレが立ち上がると、他の皆も黙って頷いた。

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