弱者の咆哮

 山のふもとにある廃旅館は、すさまじい有様だった。

 穴の空いた壁からは、建物の骨組みが見えており、中は営業していた当時のまま、色々な機材が置きっぱなしになっている。


 入口のガラス扉は壊れているため、隙間からは冷風が中に侵入していた。


 この廃旅館がなぜ心霊スポットになっているのか。

 その理由は、殺人事件や死体遺棄が頻発したからだ。


 オレはカウンターに身を潜めている。

 目の前には、胸に穴の空いた血塗れの女が座っていた。

 だが、恐れる事はない。

 物理でこいつに触れる以上、後は口を塞ぐだけだ。


「もご……」

「しーっ。あんたに用はない。オレはここで決着をつけないといけないんだ」


 ゴリ松と住職は入口の近くに待機している。

 柱の陰だったり、バックルームの入口に身を潜め、今か今かと奴の到着を待ちわびていた。


 全裸で待機して、一時間が経ったか。

 すっかり骨は冷え、体中が軋んできた。


 さらに10分が経過した頃。

 入口が何やら騒がしかった。


「なんで⁉ なんでよ! 服脱ぐの意味分からねえ!」


 チャラい声が入口から通路に向かって響き渡る。


 ――待て。一人じゃないぞ。


 足音は牛尾だけではないようだ。

 恐らく、不知火が服を脱がしているだろうから、入ってきたのは二人だけのはず。

 しかし、入口からはゾロゾロと他の足音も聞こえてきた。


 カウンターから頭半分を覗かせ、入口を確認する。


「……マジかよ」


 相手は3人いた。

 後ろの他に、見知らぬチャラ男が2人いるではないか。

 不知火が鉈を片手に、真顔で突っ立っている。

 妙な気配に圧されたのか、後ろと仲間たちはブルブル震えながら、服を脱ぎ始めた。


 ――さて、ご対面と行こうか。


 最早、寒すぎて訳が分からなくなっていた。

 恐怖と緊張で震えているのか。

 寒さのあまり震えているのか。

 オレの体はすでに限界を迎えている。


「よう。牛尾」

「はふ。はふ。さ、ささ、さぶっ」

「ふぅ~~~~……さ……っぶ」


 住職とゴリ松が陰から現れる。

 二人は自分の身を抱き、ガタガタと震えていた。


 本日の気温は、-8℃。

 極寒だ。


「は? なにお前?」

「てめぇ、この野郎。来るのおせぇじゃねえかよ」


 一つ言っておく。

 人は極限状態に置かれると、恐怖心が別の何かに変わる。

 普段は道を譲って、ペコペコしてしまうオレだが、この時ばかりは相手がチャラチャラした男だろうが、素直にイラ立ちを隠せなかった。


 本来なら、オレ達は狩られる側だ。

 不良とか、チャラ男とか、怖くて仕方ない。

 でも、それは喧嘩をしようとするから、怯えてしまうだけだ。


 喧嘩をした事がない奴は、喧嘩なんかしてはいけない。

 オレは自分の下の世代に伝えたい。


 やるなら、――相撲だってな。


「牛尾。お前だけはマジで許さねえ」

「は? なに? 殺すぞ。お前」

「殺すだぁ?」


 思わず、鼻で笑ってしまった。


「てめぇが来なかったら、どのみち死んでたんだよ!」


 寒さでな!


「え、姉ちゃん。こいつ何? 怖いんだけど」

「アンタが家に押し掛けるから。家主が怒ってんの。ほんっと、ろくなことしない。アンタのせいだからね。責任取って旦那の相手してよ」

「えぇ!」


 ゴリ松が何かに気づき、牛尾たちに近づく。


「あれぇ? おっかしぃなぁ」


 牛尾たちの股間を見つめ、顔を持ち上げる。


 ぺてぃ。


 直後のビンタだ。

 牛尾たちは「は?」と口を半開きにして、ゴリ松に詰め寄った。

 だが、オレと住職は仲間のピンチを見捨てたりしない。

 オレはすぐに後ろに詰め寄った。


 すると、頭の出来が悪い牛尾は、不良さながらにメンチを切ってくる。

 オレは真っ向から言った。


「何でパンツ履いてんだ?」

「……履くだろ」

「脱げよ、オラぁ!」

「え、ちょ! やめろや! おい!」


 オレ達は早速取っ組み合いを始める。

 オレ達は主に、牛尾たちの履いているパンツにしがみつき、足元までずらす。


 ひょろいチャラ男達は、必死に抵抗して背中を叩いてきた。

 相手は鬼だから、もしかしたら骨が折られるかもしれない。

 不知火と同じで怪力だと予想していた。


 しかし――。


 ぺてぃん! ぺてぃん!


 オレ達は一斉に動きを止めた。

 ゴリ松と住職は同じことを思ったのか。

 目を見開いて、互いの顔を見つめ合う。


 見た目が威圧的な男たちの暴力は、さながら撓らせた定規のようであった。小学校時代に学友がふざけて「うぇい! 痛いだろぉ!」と、定規でペチペチと、しつこく叩いてきた懐かしい感触。


 まさに、あれだった。


 おかげで、オレはもちろん。

 ゴリ松達は一気に恐怖心がなくなり、大胆に攻め入る。


 オレ達の構図は、調子に乗った不良たちを粛正する、ヤの付く稼業の人達と同じだ。


 若者に教育するべく、私怨を全てぶつけるのだ。

 二度と寝取りの可能性を孕ませないように、分からせないといけない。


「何なんすか⁉ 何すか⁉」

「いいから。いいから。脱いで」

「ちょぉ! さむ! はぁ~~~~っ、やめてくださいよ!」

「うるせぇ!」


 取っ組み合いをしている最中、不知火の目は据わっていた。

 表情は悲しげで、天井を見上げては、大きくため息を吐き出す。


 かくして、オレ達はチャラ男達に引導を渡すべく、全裸で外に連れ出したのである。

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