本気の男達

 住職はともかく、ゴリ松がオレの家に来るのは、本当に久しぶりだった。初めは、ミツバがいる事に笑みをこぼしていたが、絵馬と不知火の姿を見ると、引き締まった表情になる。


 どうやら、霊感とやらが上がったのは、オレだけではないらしかった。

 初めは不知火の姿どころか、ゴリ松はミツバの幽体を確認できなかったのだ。


 それが今では異界の者を確認できるようになっている。


「とりあえず、上がってくれ」

「おう」

「お邪魔しますよ」


 二人をリビングに通す。

 久しぶりに見る顔に挨拶もほどほどにして、オレはさっそく事の顛末てんまつを伝えた。


 住職は重い表情になり、ゴリ松は静かに怒る。

 不知火は罰が悪そうにしていた。


「まあ、ウチの弟が、申し訳ないというか」


 ゴリ松は怒りを押し殺し、ため息を漏らす。


「不知火。お前はいいんだ。お前は関係ない」

「ええ。全くです」

「どゆこと?」


 不知火がこっちを見てくるが、気まずい沈黙はご免なので、「すっこんでろ」とだけ言い、肩を軽く叩いた。


 不知火は何か言いたげだったが、今は相手にしていられない。


「ある日ぃ、帰ったら……」


 ゴリ松が口を開き、天井を睨みつける。


「いつもとぉ、様子が違う」

「ふぅ、……くそ。その先を聞きたくない」

「リビングに行ったら、ミツバちゃんが白濁液はくだくえきに塗れて……」

「――くそぉ!」


 拳をテーブルに叩きつけた。

 怒りの矛先がなかったのだ。

 ふと、小指に痛みが走り、オレは苦痛を押し殺して震える。


「リョウ。お前、どうしちまったんだよ。何で、お前がいて、ミツバちゃん守れねえんだ!」


 ゴリ松は前のめりになり、オレの胸倉を掴む。

 オレは何も言えなかった。


「や、その気になったら、私が追い払ってたって」


 不知火の意見は聞けない。


「あー……、これ、デジャヴだ。なんか嫌な予感する」


 ミツバは不穏な空気を感じ取ったらしい。

 絵馬は少し前とは違い、大人しくなったので、コアラみたいに不知火の背中に寄りかかっていた。


「俺たちが死んだとき。あの日、あの場所で、お前は誰よりもギラついていたぜ?」

「狂ってんのよ。バカじゃないの」

「これは推測ですが、……恐らく不知火さんは、お家でそいつの奴隷だったのでは? きっと、身に沁みついた白濁液が忘れられず、男性を嫌うようになった。ふむ。合点がいきますね」

「本人ここにいるんだけど。的得てないからね」


 手を離され、オレはゴリ松達の顔を見ることができず、テーブルの木目を睨んだ。


「不知火という被害者が、……すでにいた……か」


 もしかしたら、オレはとんでもない誤解をしていたんじゃないか。

 不知火は復讐に来たのではない。

 屋敷にいると、弟から被害を受けるから、こっちに越してくるしかなかったんだ。


「……なんか、考えてるよぉ。うわ。私、あの世で見たことある。これ、絶対に変な方向にいってる」


 家庭内DVか。

 オレは経験者であるから、その事実に気づくと、不知火に対して罪悪感が芽生える。同時に、少しばかり同情の念が湧くのだ。


 不知火が散々好き放題された後、奴はミツバに目をつけた。

 奴は目で言っていた。


 ――ミツバを……犯す、と。


 根拠はある。

 牛尾はチャラ男だ。

 理由はそれだけで十分。

 チャラ男ってやつは、必ず悪さをするんだ。


 心というのは、表に出るものだ。

 つまり、軽薄な心がそのまま身なりに反映されているに過ぎない。


「で、どうすんだ?」


 ゴリ松は腕を組み、言葉を待っている。


「その目を見りゃ、お前がどうするかなんて聞かなくても分かるけどな。一応、確認だぜ」

「殺すに決まってんだろ」

「ねえ! 身内がここにいるんだって! あいつは嫌いだけど! 一応、身内いるの!」


 騒ぐ不知火の肩に手を置き、オレは困惑する瞳を真っ直ぐに見つめた。


「案ずるな」

「バーカ」

「でも、そうだな。腐ってもお前の肉親だ。……殺すわけにはいかないか」

「殺すなら、私自身の手で殺してるよ」


 殺すのは、ダメか。

 だったら、一つだけ方法がある。


「相手の心に敗北を刻む。二度と立てないよう、倒すしかない。本気でやるしかねえな」


 ゴリ松と住職はニヤリと笑う。


「車なら私が出しましょう」

「運搬なら手伝うぜ」


 オレは頷く。


「後は場所だ。さすがに人目のある場所では、奴を屈服させられない。もしかしたら、オレ達が死ぬかもしれない。見ろ」


 オレの視線を追いかけ、二人は窓の外に目を向ける。

 外は吹雪だった。

 真っ白く、大きな雪が横殴りに降っている。


「外は寒い。この天気がいつまで続くか分からねえ。だから、屋根のある廃墟がいい」


 ゴリ松は生唾を呑んだ。


「脱ぐには、ちと厳しいな」

「せめて服着なさいよ」

「すいません。女は黙っててもらえませんか?」

「は?」


 不知火が額にピキピキと青筋を浮かべた。

 住職だって人間だ。

 強い言葉を使ってしまったし、落ち着いてくれたらよかったが、無理な相談だ。


 この場合、全面的に不知火が間違っている。


「不知火。忘れたのか? オレ達は、常にお前の前で裸だったはずだ」

「見たくないもの、三つ見たけどね。あれが生涯で初めてのお稲荷さんよ」

「ふっ。……覚えてるじゃないか」

「そうそう忘れるわけないでしょ! あんな馬鹿なことするの、アンタらくらいしかいないっての!」


 昔、何かの作品で見かけたことがある。


 男ってのは、人生で必ず立ち向かう瞬間が一度訪れる。

 オレの場合、一度だけでは済まない。


 自分が弱いと自覚しているのなら――。

 立ち向かわなければいけないのならば――。


 己をさらけ出した状態で、ぶつかるしかない。


「やろうぜ。場所は、そうだな。……心霊スポットがいい。確か、廃旅館あったよな? あそこでいい」

「山のふもとか。ギリギリ除雪車が来てるかもな」

「車は道中の神社前に停めてこよう」


 オレの家から、西側に向かって進むと山がある。

 道中にはスーパーがあって、高速道路のガード下がある。

 その先に、小さな神社がある。

 さらに奥へ道なりに進んでいくと、人気のない林道がある。


 林道の脇には通り道があり、奥には経営不振で潰れた廃旅館があるのだ。


「ねえ。弟の事だからさ。たぶん、……次は仲間連れて――」

「不知火。お前、あいつの事、呼び出してくれ。可能なら、脱がせてほしい」

「嫌よ!」

「不知火!」


 つい、怒鳴ってしまった。

 不知火は苦い顔をして、顔を背ける。

 だが、オレは逃がすまいと両肩を掴み、激しく揺さぶった。


「逃げるんじゃねえ。お前の問題でもあるだろ」

「……いやぁ……」

「お前を信じるオレを、裏切るな」

「……そのセリフ。別の所で聞きたかったわ」


 不知火は感動のあまり、両手で顔を隠す。

 微かに嗚咽の声が聞こえるあたり、今頃オレ達に感謝の念を抱いているに違いなかった。

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