狂宴

 オレは二人に自分の気持ちを正直に話した。


 そもそも、オレは親の借金とか、負債を抱えているために誰とも結婚するつもりはない。ミツバに負担は掛けたくないし、恋人になっても何もできないので、遠慮しておく。


 情けはありがたく受け取っておく。

 あと、不知火は死後の世界で良いお相手を見つけろ。

 傍にいると、頭がハゲちまう。


 オレの気持ちを黙って聞いた二人は、俯いて黙ってしまった。


 これが小説の中なら、ハーレムまっしぐらだ。

 オレの大嫌いな鈍感系主人公みたいに、「えっへ? なんだってぇ?」とバカ面でほざくに決まっていた。


 そして、何の理由もなく女の子に挟まれて、イチャイチャ生活。

 指を差して、「メスぅ。今日お前な」と、指名できるだろう。


 ここまで憎しみたっぷりに言えるのは、オレが心の底から、鈍感系の主人公を嫌いだからである。


 ただ、これは現実。


 現実で二人の女の子に挟まれるなんて、羨む人間もいることだろう。

 二人は美人だし、エロい妄想が膨らむ事だろう。


 爛れた日常を送ってみたい気持ちはあるが、二人に対しては全く性欲が湧かないので、どうしようもない。


 二人にモテている、なんて勘違いはしない。

 今から、見た目だけはハーレムの皮を被った現実をお届けしよう。


「調子乗んなよ?」

「……すいません」


 気持ちを伝えた結果、隣の席に移ってきたミツバに絡まれたのである。

 首に逞しい腕を回され、至近距離でメンチを切られている。

 吐息と共に酒の香りが運ばれてきた。


「お互い三十路でしょ。若い頃だったら、青春だけど。今、それを言っても惨めなのよ。な~にが、借金よ。そんなもの私が返してやるっつうの」

「いや、それだけは、……はい。自分で、……はい」


 いや、男の矜持きょうじだって!

 何で、汲み取ってくんねえの⁉


 声には出さないけど、ズケズケ物を言われるから、とても傷ついていた。額を頬にグリグリと当てられ、ドスの利いた低い声で、静かな恫喝どうかつを受け続ける。


 一方で、不知火はオレの片手を引っ張り、ボロボロと泣き出した。

 不知火の片手には、鉈。

 オレの手首に当て、虚ろな目で一点を見つめていた。


「じゃあ、……もういいわ。お土産持って帰る」

「あれ? 酔ってる? 嘘でしょ? 今、酔い回ってきたの?」

「過去にね。愛しい異性の局部を切り取って純愛を遂げた子がいたの。私、その子の事、見習ったわ。あぁ、夢みたいって」

「阿部定かな?」

「手と局部でいいわ。さようなら」

「待て待て待て! やめろって!」

「だって、そいつの事が好きなんでしょ⁉」

「……それは……」

「きいいいいいいいい!」


 不知火は寸止めなんかしない。

 振り上げた鉈は風を切り、思いっきり振り下ろされた。


「ほあああああ!」


 手首から、僅か10cm。

 角と同じくらいの空間をあけて、ピタリと鉈が止まる。


「不知火。落ち着いて」

「絵馬しゃまぁ!」


 絵馬が不知火の片手を掴み、大事件を防いでくれたのだ。

 そして、悲しげな目がオレの方に向くと、「動物園」とだけ言った。


「今度、行こうな」

「うんっ」


 今日一番の笑顔で、絵馬が言った。


「こっち見ろって。お前、殺すぞ」

「すいません」


 不知火は手を離してくれないし、絵馬は手が塞がっている。

 残りの問題は、ミツバだった。


「……酒乱だったのか。マジかぁ」


 自衛隊って娯楽なさそうだもんな。

 飲む人はガッツリ飲むんだろうな。


 ――ミツバみたいに。


 トロン、とした目つきには妖しい雰囲気がある。

 けど、眉間に皺を寄せて睨んでくる辺り、高校時代のそれである。

 学生の頃に戻った気分だった。


「明日市役所行くよ」

「やぁ、……でもぉ」


 なに、この強制力。

 昔、ゴリ松と見たアニメ映画では、ハッピーエンドになって、幸せなキスをして終了だった。

 オレの頭には、恋人とか、特別な関係はそうなるものだとインプットされている。


 もっと、ロマンがある物だと、ほんの少しだけ思っていた。

 現実は違うだろうけど。

 ここまで酷いとは思わなかった。


「み、ミツバ、バツイチなったじゃん。確か、すぐは無理だった……はずですよ」

「チッ」

「はは。……やぁ、またの機――」


 顎を掴まれ、左右に振られる。

 指が頬に食い込んで、オレは全てを諦めた。

 ナマケモノのように全身から力を抜き、目を閉じる。


「んじゃ、子供作ろっか。アンタ逃げれないよ」

「…………う、ぐ」

「脱ぎなよ。可愛がってやるから」


 メリメリと頬に指が食い込んでくる。


 信じられるか?

 これ、子作りを要求されてるんだぜ?

 カツアゲみたいに要求されてるんだぜ?


 オレはミツバの手をタップし、落ち着くように意思を伝える。


 結論から言うと、二人はメチャクチャ酔っている。

 酒乱だ。

 一歩間違えたら、人を殺しかねないほどに思考が乱れている。


「そいつを選ぶんだ! 私をおおおお! 汚しておいてええええ! いやああああああ!」

「お、おぉ! 不知火⁉ おち、ちょ、……つっよ!」


 絵馬の苦戦する声が聞こえる。


「ガキじゃないんだからさ。ヤる事ヤって、さっさと結婚するよ。前旦那に付きまとわれたくないし」

「……あのぉ……ぉ……っほ」


 ミツバの手が局部に触れ――爪が立てられた。


「んごおおおおお⁉ お⁉ おおおお!」


 握力が強いから、どんどん爪が食い込んでいく。

 苦痛に耐えきれず、オレは両手でミツバの手首を掴んだ。


「勘弁してくらさい! おねしゃす!」


 お腹が痛くなってきた。

 というのも、全体を包み込むように握りしめられているので、股間を蹴られた時と同じ痛みがやってきたのだ。


「はっ。好きな癖に。断りやがって。……ほんっとイラつく。アンタのそういう所、昔から大っ嫌いなのよ」

「ふいまふぇん!」

「謝るくらいなら、行動で見せてよ。私、逃げてないでしょ?」

「ふぁい!」


 無理だって!

 どこに、ムラムラするムードが流れてるんだ。


 オレの見えてない所では、手首を切断しようとする猟奇的な女がいる。

 ミツバからはカツアゲみたいに、籍を入れる事を強要される。


 こんな状況がハーレムなわけないだろう。

 恐怖だ。

 狂気の宴だ。


 二人が寝静まったのは、深夜3時になってからだった。

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