小姑と嫁もどき

二日後

 寺の居間で、ゴリ松と住職の二人に会ったオレは、詳細を話した。


「阿防羅刹、ですか」


 六畳間の狭い一室で、古いストーブを点けて、オレ達は話し合っている。ストーブの上にはやかんが置いてあり、湯気が出ている。


 この間、集まった時は寒かったので、今回は温かい部屋。

 ミカンを食べながら、リラックスできて、話が円滑に進んでいた。


「知ってるか?」

「ええ。役割に関しては、我々が見たままですよ。永遠に呵責かしゃくを与える鬼のことです。分かりやすい言葉で表せば、拷問官ですな」


 拷問を生業にする鬼、ってところか。


「弱点に関しては?」


 住職はにんまりと笑い、こたつを出て行く。

 襖一枚を隔てて、向こうには台所がある。

 住職はシンクの下にある棚から、何かを取り出してきた。


「ふふ。これを見てください」


 住職が取り出した物。

 それは、『鬼殺し』と書かれた酒だった。


「元来、日本酒というのは、別名――清酒せいしゅ――と呼ばれるものです。身を清め、物を清め、辺り一帯を澄んだ空間に変えてしまう有難いお酒ですな。お神酒みきにも使います」


 オレは感動した。

 思わず、笑みがこぼれて、住職に握手を求める。


「ははっ! これなら、あいつを……」


 言いかけて、笑みを押し殺す。

 二人も同じことを考えたらしい。


 一斉にオレの膝の上に注目が集まる。


「もぐっ。むぐっ」


 絵馬だ。

 こいつが、今日は来ているのだ。


 普段、食べれないミカンを独り占めして、口の周りをみかん汁で汚しながら頬張っていた。汚れた手はオレの太ももに拭い、上半身はオレの腹に寄りかかっている。


「あ、お酒だ」

「……家にいてくれりゃあな」

「嫌よ。家にいると、ギスギスして居づらいし。ミツバって女が怖いの」

「お姉ちゃんと、どっちが怖い?」

「お姉ちゃん」


 即答だった。


「しっかし。話には聞いてたけど。マジで来やがったんだな」

「なによ。悪い?」

「悪いに決まってんだろ! アクシデント続きだわ!」


 悪びれもせずに、みかんを頬張るのだ。


「こうして見ると、親戚の家に遊びに来た子供のようですな」

「黙ってれば可愛いんだけどな」


 ちなみに、靴がないのでオレが負ぶって帰ることになる。

 家を出る時も「行くったら行く!」と騒ぐため、仕方なく連れてきたのだ。


「何でギスギスしてんだよ」

「ミツバって人が家にいるの。最近は、ずっと」


 ゴリ松が「え?」とオレを見てくる。

 住職は「ふむ」とオレに回答を求めてくる。


「話せば長くなるが、不知火を絞め落としてる最中に、ミツバが来てしまったんだ。それで、不純異性交遊を疑われて――」

「住んだって? おいおい。生きた心地しねえな!」


 ゴリ松の言う通り、ミツバが家に来てから、二日が経過した。

 毎日、緊迫した空気が漂い、家の中は息が吸いづらい。

 しかも、ミツバが越してきた事により、朝起きるのが異常に早くなった。


 朝の六時ピッタリに起床である。


 ある意味、地獄。

 眠くて、死にそうだ。


「ミツバさんは、お金とか、大丈夫なのですか。あと、両親は……」

「両親は全く問題ないって。子供じゃないから。あと、お金は貯金が3千万あるって」

「お、おぉ……」


 ゴリ松が絶句した。

 これ、何で溜まるかっていうと、自衛隊はそもそもお金を使わないらしい。


 日用品だったり、食事だったり、全部支給されるから。

 使わないで放置してたら、貯金がそれぐらい溜まっているとのこと。

 リハビリと次の仕事を探すまで、貯金を切り崩していくつもりらしい。


「自衛隊ってマジですげぇな」

「訓練は死ぬほどキツいらしいけどな。人間関係も体育会系だから、メチャクチャ苛立つことが多いってさ。第八師団はクソだとか。散々、愚痴聞かされたぞ」

「事故る直前は、北海道だろ?」

「北海道は第七師団だって」


 デリケートな話題も含まれるので、詳しくは話さない。

 一つ言えるのは、第八師団の話をしてる時のミツバは、野犬みたいに険しい表情をしていた。


「ねえ。おじちゃん。今日はここに泊まろうよ」

「ダメだって。帰らなきゃ怒られる」

「えぇー……」


 絵馬は頬を膨らませ、こたつに潜り込んだ。

 ともあれ、お酒を手に入れる事ができたし、こいつで不知火は完全沈黙間違いなし。


 あとは晩酌に誘って、飲ませるだけだ。


「くっさ! 誰か屁こいたでしょ!」

「こいてねえよ!」

「……すいません」


 住職が申し訳ない顔をしていた。

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