仲間

 かつて、一緒に地獄巡りをした友人がいる。

 今ではたまに酒を飲む程度の仲になった者もいる。


 中学、高校と付き合いのある友人の名は、ゴリ松。

 もちろん、本名ではない。

 ただ、あまりにもゴリ松という名前が定着しすぎて、親公認の呼び名にもなっていた。


 見た目は豚とゴリラのハイブリッド生命体。

 顔がゴリラなのだが、体はブクブクと豚のように太り、肌が黒かった。

 病院生活で多少は痩せていてもいいはずだが、なぜか今のゴリ松は一段と太っている。


 髪は伸ばしっぱなしで、ボサボサ。

 一見すると、浮浪者のようである。


 そして、もう一人の仲間は、住職。

 名前は知らない。

 この住職とは、ゴリ松同様、一緒に他界し、地獄巡りをした仲である。

 禿げあがった頭は坊さんなので、普通。

 いつも、ねちっこい笑みを浮かべていて、全身が脂ギッシュのおっさんだ。


 オレは急遽きゅうきょ、二人に連絡をした。

 集合場所は、住職のいる寺。


 入口は狭くて、ボロい寺だ。


 入口の周りは、ブロック塀で囲まれており、塀の表面は無数の蔦が這い回っている。そのため、緑一色となっており、境内に生えている雑草や木々と一体化していた。


 境内に入ると、奥にあるのはボロボロの寺。

 前方には縁側があり、襖などは開きっぱなしにしているためか、奥にある仏像やお経の書かれた垂れ幕が丸見えだ。


 寺の入口は端っこにあり、戸は立て付けが悪かった。


 何を隠そう、ここでオレ達は死んだのだから、良くも悪くも思い出の場所となっている。


 さて、オレ達三人は現在、仏間にて向かい合う形で座っている。


「――というわけなんだ」


 二人には分かりやすく、何が起きているのかを説明。

 実は、現世に帰還したと同時に不知火がついてきていた事。

 今では家の中にいて、何を考えているのか、掃除、炊事、家事などを全般的にこなしている事。


 絵馬と不知火の二人と一緒に川の字で寝ていること。


 あと、遅れて教えることになったが、ミツバは幽体離脱する体質になってしまった事などを二人に話す。


 すると、ゴリ松は真剣な顔で天井を見上げた。


「……それ、……ヤバいな」


 さすがは友人。

 話が分かる。


「な、なんだ。話を聞いてると、うぅん。ムラっとくるけど、手を出したら終わり、という得体の知れない感情が込み上げてくる」


 住職は大きく頷いた。


「見た目は麗しい女子おなごです。しかも、スタイルが良すぎる。だが、性格は破滅的。う~む」


 額に脂汗を浮かばせ、住職は苦い顔をした。


「え? 話聞いてたか? 復讐に来てるんだよ。このままだと、オレは近い内に不知火から殺される。もしくは、……ミツバにありもしない事を吹き込まれ、生きていけなくなるかもしれない」


 やっと見つけた生きる希望。

 一方で、オレ自身の弱みを突き付けられ、苦しみを与えてくる人だ。

 苦楽の二つを与えてくるミツバは、オレにとって掛け替えがない。


 オレが殺されるのも嫌だが、ミツバに何かを吹き込まれる方が、ずっと嫌だ。


「かつて、共に地獄を巡った仲間ではありますが。所詮は鬼。利害の一致で、我々は勘違いしてしまったのかもしれませんな」

「ああ。悲しいが、住職の言う通りだ」


 二人はすぐに状況を呑み込んでくれた。


「そこで、二人に相談してるわけだ。不知火は鬼だろ? 何か苦手な物とかないのか?」

「本気で殺すつもりか? 俺たち、死にかけたろ?」


 ゴリ松の言う通り、オレ達は絵馬にさえ勝てない。

 不知火が怒った時には、タコ殴りされた。

 敢えて言うなら、最弱が最恐に勝つための作戦会議だ。


 腕力を含めた、身体能力は一般人以下。

 知能は、悔しいが良くない。

 財力や個人の所有する能力だってない。


 こんなオレが鬼を殺すために動いている。


「住職。鬼は何が苦手なんだ?」

「昔から言われているのは、鬼はイワシとヒイラギが苦手と聞きますな」

「な、なんだそれ?」

「イワシは生臭いから嫌いなのだそうです。ヒイラギは、刺々した葉っぱですよ。擦れるとヒリヒリするので、これが一番苦手と聞きます。他には、効くか分かりませんが、豆ですな」


 意外と弱点が多いな。

 しかし、オレは弱点を聞いて一抹の不安が心にあった。


 伝承や伝聞に残された死後の世界。

 実際に行ってみると、違う点がいくつもあった。

 そのため、本当に通用するのか、と怖いのだ。


「ともあれ。怯ませる事ができたら良いんじゃないか?」

「あ、ああ」

「で、……殺せるのか?」


 ゴリ松が改めて聞いてくる。


「俺たちは、あの世で牧野って野郎を殺した。まあ、すでに死んでるから、実感がないけどな。だが、今回は違う。現世で殺す事になる」


 肺に溜め込んだ空気を吐き出し、オレはキッパリと答えた。


れる」


 躊躇いはなかった。

 ミツバ相手なら、オレは自害を選ぶ。

 あいつの事が好きだからこそ、オレは他の女に現を抜かさない。


「だが、表立って殺したくはない。まず、物理的には勝ち目がないし、正面から挑んだら終わりだ。死ぬ間際の顔だって見たくない。たぶん、夢に出る」

「ふむ。となれば、毒殺か?」

「それも考えた。殺鼠剤とかいいんだろうけど。証拠も残したくない」

「他の人間には見えないだろ?」

「そういう問題じゃない。……オレは、自分が殺したという事実を残したくないんだ。わがままな話だけど、殺したら、あいつの全てを忘れたい。昔の……古傷が疼くんだよ」


 殺す、となれば簡単に聞こえる。

 皆が想像するのは、金づちで頭を叩いたり、包丁で刺したり、シンプルな方法だろう。それが通用しないとなると、きっと頭が真っ白になるに決まっていた。


「なるほど。分かった。相手が復讐でお前を殺しに来てる以上。俺たちは仲間として、見過ごすわけにはいかない」

「ええ。手立てを考えましょう。とりあえず、手始めに名前を聞き出してくれませんか?」

「名前? 不知火のか? ……それ、不知火は不知火だろ?」


 住職は首を振る。


「閻魔の傍にいた鬼は、必ずを頂いているはず。酒呑童子がいい例です。この名前は、獄卒の証なのでそうで」


 よく分からないが、名前か。


「名前が分かれば、私も文献や知り合いに聞ける。お願いしますよ」


 こうして、オレ達は作戦会議を行い、不知火を殺す事を誓い合った。

 寒空の下で、縁側の扉を開けっぱなしにしていたこともあり、手足はかじかんでいた。

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