第10話 僕は人を助けられない

妖人は目を覚ますと見知らぬ白い天井を見ていた。

 

「あ、起きた」

 

妖人が朦朧とした意識の中で体を起こし、声のした方向を見ると辻での上司である世煌優(せきらゆう)がいた。

 

「優さん……? ここは……」

 

「辻本部の病室だ」

 

「どうして……」

 

「おめぇの鳥が店に来て俺と優さんをおめぇの所まで呼んだんだよ」

 

 優の後ろの方で椅子に座っていた辻の仲間である片桐仁(かたぎりじん)が説明した。

 

 妖人は自分に起きた出来事を思い出した。

 

「そうだ僕! ぐっ……」

 

 急いで体を動かそうとしたため怪我をした腕がズキっと傷んだ。

 

「ゆっくりで良い、説明してくれるか?」

 

「……はい」

 

――

 

 妖人は自分に起きたことを2人に説明した。

 

――

 

「なるほど、紫の炎の使い手か……」

 

 優は顎に手を当てて何かを考えていた。

 

「一応報告しておくか。あとは……」

 

 優が妖人に追加の質問をしようとするとすすり泣く声が聞こえた。

 

「妖人? どうした?」

 

「……僕……助けられませんでした……目の前で……助けてって言われたのに……」

 

 妖人は俯きながら震えた声で途切れ途切れ話した。

 

「妖人……」

 

「……は? 何言ってんだおめぇ」


 優が心配そうな表情をしていると、仁が不機嫌そうに呆れた声で言う。


 妖人は困っている人を助けるのが自分の生きる理由だと思っていた。しかし今回真森まゆを助けられなかったことで妖人の心は折れてしまった。

 

「僕は……誰も助けられない……」

 

「……っ!ふざけんな!!」

 

 仁の怒鳴り声が部屋中に響いた。

 

「え……?」

 

「自分は誰も助けられない? 当たり前だろ、所詮人間はな、目の前で消える命を、見てることしかできねぇんだよ!! 甘えたこと言ってんじゃねぇ!!!」

 

 仁は息を荒くしながら部屋を出てドアを強く閉めた。

 

「仁!」

 

 出て行った仁を優は止めようと声をかけたが遅かった。

 

 先程の体に響く声は消え部屋は静かになっていた。妖人はどうすれば良いのか分からなくなっていた。

 

 優がため息をつく。

 

「……姫華は妖人より怪我が酷くてまだ眠ってるからそっちを見てくる。何かあったら呼んでくれ」

 

 優はドアの前に立ち振り返ってから、右斜め上に目をやって何かを考えているようだった。

 

「えーっと、呼ぶ時は伝書鳩で、いやタカ?」

 

 妖人は仁のいつものボケに何か返そうと思って色々考えたが、上手い返しが思いつかなかった。

 

「そこはサギだろ! ってツッコムところだぞ。……うーん、流石にいまいちだったな、それじゃ」

 

 優は少し笑いながら別れの挨拶を告げて部屋を出て行った。

 

 1人になった部屋で妖人は自分にかけられた白いシーツを眺めていた。


 優の話は気にせず

 

――

 

辻本部は死者の世界、あの世にある。もちろん生者の世界と繋げる道もいくつかある。そんな中の1つに2体の妖怪が入り込んだ。

 

「ここが辻の秘密基地か〜」

 

「結構簡単に入れるもんだね」

 

 辻のスタッフの証である帽子を深く被ったこの2人、1人は前回、猪笹王が出た山にいた九尾の狐の破火(はび)と妖人の因縁の相手である響生だった。2人はある情報を手に入れるために辻本部へ潜入しているのである。

 

「簡単に入れたね」


「協力者のおかげだよ」

 

「でも普通に基地に入り込んだら、気づかれない?響生お兄ちゃん」

 

「ここは妖怪が多い、だから気づかれない。早く資料室に行こう」

 

 2人は改めて帽子を深く被って辻本部の資料室へ向かった。

 

 資料室の中は人が少なく2人にとっては好都合だった。資料室では妖怪の情報が本になって五十音順に並べられている。響生は自分の目的である妖怪の情報を探した。

 

「だ……だ……あった!え〜っと……」

 

 響生は見つけた本を手に取りパラパラとめくっていた。中には今まで辻が取り扱った妖怪の個体の情報が載っていた。

 

「どれどれ〜おっと……」

 

 おそらく響生が探していたであろうページは破かれて無くなっている。

 

 それほど辻が隠したい内容なのだろうか。

 

「は〜ダメか〜」

 

「え? 無かったの?」

 

「ここならあると思ったんだけどな」


 響生がどうしようかと考えていると人の声が聞こえた。 

 

「どうやら、お目当ては無かったみたいだな」

 

 本棚の影から世煌優が現れた。

 

 響生は驚きつつもただの辻のスタッフのフリをした。破火は優との面識があったため顔を逸らした。

 

「あー頼まれていた仕事があったのですがここではなかったようです。それでは」

 

 響生は破火を連れて資料室を出ようとした。しかし優がドアの前に立ち道を塞いだ。

 

「どうしたんですか?」

 

「気づかないとでも思ったか? そこの小さいの耕子(たがやし)の破火だろ。それでお前は響生だな」

 

「まさか……知られてるとはね」

 

「部下の2人がお前に世話になったからな」

 

「もしかして……妖人と川石さんか。2人の上司だったとは」

 

「ふーん、バレてるんだったらもう良いよね!」

 

 破火は帽子を脱ぎ捨て両手を優に向けて構えて勢いよく巨大な火の玉を飛ばした。優はあまりの威力に資料室の外まで吹き飛ばされてしまった。

 そして廊下の壁に座り込んでしまった。

 

「ぐっ……あっつ……」

 

 大きな音を立てていきなり飛ばされて出てきた優を見て周りにいた者たちはザワザワと少し騒いでいた。

 

「どう? どう?」

 

「破火、そんなにやらなくても」

 

 2人が資料室から出てきた。

 

「だってつまんないんだもん!」

 

「はぁ、じゃあ遊んで良いよ、危なくなったら連れて逃げるから」

 

「やったー!」

 

「ははっ、笑いのセンスがあるみたいだな……」

 

「冗談じゃないよ、本気」

 

「それは面白くなってきた」

 

 優は立ち上がり手に雷を纏わせて戦いの体勢をとった。


 最初に行動したのは破火だった。両手から炎を出し素早い動きで交互に2発火の玉を優に投げる、かと思いきや周りにいた辻のスタッフに投げた。


「まずい!」


 急いで優が守りに入った、手から雷のバリアでガードしつつも押されている。


 今更ことの重大さに気づいたのか辻のスタッフはすぐにその場から逃げて行った。


「ぐっ……」


 破火は止めることなく何度も火の玉を優に投げ続けた。

 

 避けようと思えば避けられる攻撃だが自分が守らなければ後ろにいる逃げ遅れた人に当たってしまう。だから避けることが出来ない。


「へぇ、やっぱり仲間は見捨てられないんだ〜」


「辻を守る、それが俺の使命だからな」


「じゃあもう終わりにするね〜」


 破火が片手を上に挙げ先程とは比にならない大きさの火の玉を作り優に投げつけた。


 優がそろそろ限界かと思った時、いきなり目の前に土の壁が現れ巨大な火の玉にぶつかりどちらも粉々に砕け散った。


「何これ?」


「来たか」


 そして1人の杖を持った青年が向こう側から走ってくる。


「おりゃあ!」


 青年は響生に蹴りを入れる。

 響生は咄嗟に腕で蹴りを防いだ。

 青年はその脚力のまま響生を飛び越えて優のいる位置で着地した。

 

 その青年は片桐仁だった。


「やっと来たか仁!」


「優さん、なんで本気出さないんすか?」


「はて? なんの事やら」


「……まぁ良いっすけど」


 響生が急な乱入に不機嫌そうにしている。 


「君も妖人の仲間?」


「あ? 誰があんな鳥野郎の仲間だよ。俺はおめぇらを祓うモンだ!」

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