第7話 船幽霊は湖から出る
山での1件があってから数日後、妖人と姫華は一緒に隣町にある湖まで来ていた。そこの湖で妖怪の目撃情報があり、この2人がが向かわされた。
「ここが妖怪の目撃情報があった湖……運がいい事に大きな被害は出てないみたいだけど……」
妖人が辺りを見回しながら歩く。
「普通に綺麗なところだね、不気味な感じは全然無いかも」
姫華が妖人の少し後ろを着いていくように歩いていた。
歩いているとボート乗り場の小屋に着いた。
「あそこで話聞いてみよっか」
姫華が小屋を指差し小走りで中に入った。妖人はそれに着いていくように姫華を追いかけた。中はいくつか商品が並べられており、この湖の売店の役割を担っているようだ。
「……すいませーん!」
「……ん? どうした?」
姫華がお店の奥に向かって人を呼ぶと奥から少し歳をとった男が出てきた。
「ここで妖……」
「あー!ここの湖で不思議な噂があるって聞いたんですけどっ!」
喋ろうとした姫華を遮って妖人が質問をする。
「あー、この前ここのボートを乗ったカップルがボート乗り場で倒れててな、ボートが沈んで溺れそうになったらしい。湖の中で人影を見て意識が無くなって、気づいたらそこで眠っていたと言っていたよ」
「なるほど、ありがとうございます! 本部から言われてた内容と一緒……」
「よし! 妖人、乗るよ!」
「え、ちょ、ちょっと!」
姫華は妖人を引っ張りながらお金を払いボートに乗った。
妖人は姫華と向かい合わせに座りながらオールを漕いでいた。姫華はさっきのテンションとは違い少し俯いていた。ボートの上では沈黙が続き気まづくなっている。
「実は……」
しかしその沈黙を姫華が消した。
「どうしたの……?」
「実は私、川姫っていう妖怪なんだ」
「へー……え!? そうなの!?」
妖人は驚いて体が少し前に出た。
「ごめん、隠してて……」
「いやいや、謝らないでよ。ありがとう、教えてくれて」
妖人は笑顔で返した。
「もう少し同様したりしないの?」
「驚いたけど、別にしないかな、そうだ! 川姫ってどういう妖怪なの?」
「え、えっと……人間の中では川の近くにいる女の妖怪で一応私は川の姫の一族で将来は本当の姫になる予定かも」
「そうなんだ〜、すごいな〜」
妖人は楽しそうに姫華の話を聞いていた。しかしその話をした時、姫華は少し悲しげな表情をした。
「でも、私は姫になる資格なんて……」
「え?」
「あれ? ボートの中に水が入ってる……」
姫華は急いで辺りを見渡した。
「嘘! いつの間にこんなに霧が!」
「もしかして、妖怪!?」
湖の中から突然数人の顔を飛び出した。
「ひしゃぐーー」「ア゛ーー」「ヴーー」
その姿は肉が少なく、ほぼ骨しかない顔で柄杓(ひしゃく)を持ってボートに水を入れていた。
「まずい! 青鷺火!」
妖人はすぐに立ち上がり青い羽を出現させ手に取り目の前で大きく羽を振った。
しかし何も起きなかった。
「あれ? なんで!?」
「もしかして、この霧のせいで火が出せないのかも?」
「嘘でしょ、うわっ!」
妖人はバランスを崩し湖の中に落ちてしまった。
「妖人!!」
――――
「――と!、妖人!!」
「ごほっ、ごほっ……あれ……? 僕、湖に落ちたはずじゃ……」
妖人が咳き込みながら起き上がるとそこはボート乗り場とは違う湖の岸だった。
「良かった……ボートから落ちた妖人が船幽霊に腕を掴まれて、沈められそうになったのを私がすぐに止めて……」
「そうだったんだ……ありがとう……っていうか船幽霊って……?」
「船幽霊は海にいて船を沈めようとする妖怪」
「え? 海にいる妖怪がどうして湖に……」
グスッ、グスッ
妖人が疑問に思った時隣からすすり泣く声が聞こえた。姫華の方を見ると彼女は涙を流していた。
「え!? ちょっ! どうしたの!?」
「私が……何も考えずに……妖怪がいる湖で油断してたから……妖人が死んじゃいそうになって……」
「えっ、いやー、えーっとー」
妖人は泣いている姫華になんと声をかければいいのか分からず戸惑っていた。
「これじゃあ……皆を守れる……姫になんかなれないかも……」
姫華が声を震わせながら涙を流す。
「……そんなこと、絶対に無い。」
妖人が落ち着いた声で答えた。
「確かに姫華は不器用な所はあるし、すぐに人に妖怪の話をしちゃうけど、だけどいつも一生懸命で、僕を鬼の時と今回とで2回も助けてくれた。でももし姫華が諦めそうになったら僕に手助けさせて?」
「妖人……」
「あっ、いやっ、助けられてばっかなのに何偉そうに言ってんだって話だよね……ははっ……」
「……ううん、ありがとう妖人」
姫華は目に浮かんでいた涙を拭い立ち上がった。
「よし! 船幽霊なんて速攻で祓っちゃおう!」
「……うん!」
2人が話していると湖から船幽霊が岸に上がってきた。
「やばいかも……」
青い炎が船幽霊に当たり船幽霊が消えた。
「ここは僕に任せて姫華は湖の中から船幽霊を祓って!」
「わかった! まかせて!」
姫華は船幽霊を避けながら湖に飛び込んだ。川姫である姫華は水の中でも呼吸をする事が出来る。
湖の中に入ると水底の真ん中に空間の歪んだ通り道を見つけた。おそらくそこを通って船幽霊は海からこの湖まで来れたのだろう。一体誰がこの通り道を作ったのか……
姫華がその通り道に向けて手を伸ばし呪文を唱えると空間の歪みは綺麗さっぱり消えた。自分達の帰り道を塞がれた船幽霊達は暴れながら大勢で姫華に攻撃しようとしていた。
姫華は両手を真横に伸ばして一呼吸して念じた。すると湖の水が突然回るように流れ出した。船幽霊達はその流れに引っ張られ湖の中は巨大な渦と化した。
「悪霊……退散!」
姫華がそう唱えると大量の船幽霊は完全に消滅した。
「ぷはっ」
先程まで二人でいた岸に姫華が顔出した。
「良かった〜無事で」
船幽霊と戦っていた妖人が手を貸して姫華を引き上げる。
「湖の中の船幽霊は祓ったからこれでもう出てこないかも」
「やっぱり、姫華なら皆を守る良いお姫様になれるよ」
「うーん、そうかな〜」
姫華が後ろを向いて湖を眺めて呟いた。
「いつも最後に助けてくれるのは妖人なくせに……」
「え? なんか言った?」
「ううん、なんでもない。ていうかボート返さないとかも」
「あっ、そうだった」
姫華がボートを持ってきて二人でボート乗り場兼売店まで漕いで戻ると、売店のおじさんはずぶ濡れの二人を見て驚きタオルを貸してくれた。
おまけに季節は春だと言うのにストーブを出して迎えが来るまで温まっていきなさいと言ってくれた。妖人と姫華はお言葉に甘えて先輩の世煌優を呼んで待つことにした。
二人がおじさんと話していると突然一人の女性が売店を訪れた。細身で黒髪の短髪、季節外れの服装で頭にサングラスをかけてまるで海で見かけるような女性だった。さらに彼女は海を思い出す匂いを香らせていた。
「久しぶりおじさん」
「あーあんたか、そんなにこの湖が気に入ったのか」
「相変わらず穏やかで良い所だ、でも湖が随分と綺麗になったね。まるで誰かがお掃除したみたい」
その女性は妖人と姫華の方を見た。妖人と姫華は怪しげな雰囲気を感じ取った。
「ちょっとそこの二人、外で話さない?」
女性が二人を誘い二人はそれに従って売店の外に出た。
「……あなた何者ですか」
妖人が女性に警戒しながら問いかけた。
女性はサングラスをかけて答える。
「私は『耕子』、妖怪磯女(いそおんな)の『傷水(しょうすい)』よろしく」
「耕子……磯女……」
妖人はさらに警戒した。
「今ここであなたを祓う!」
姫華が水の術を使おうとすると妖人に静かに止められた。
「流石に今は戦わないよな〜」
傷水はニヤニヤ笑いながら湖に向けて手を伸ばし湖の中に作られていた空間の歪んだ通り道を作り出した。
「やっぱり、あなたが……」
「そういうこと、それじゃバイバ〜イ」
傷水は空間の歪んだ穴に飛び込み、その場から消えそれと同時に穴も消えた。
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