第二十七節「王の器」

 シャルロッテ・王の器レガリア


 私はこの名が嫌いだ。だからこそ、血濡れた魔女になりたい。

 そう、に願った。人は憎悪で溢れている。血筋争い、権力争い、同盟国の裏切り。ここ、アーレスの器になんてなりたくない。

 だからこそ、私は人から魔女へと成った。

 

 不確かな存在になりたかったし、願われる存在から、願いを叶える側に立ちたかった。正しく無くても、数奇な運命とも呼べる王の座から降りたかった。

 でも――。


「ならぬ」

「どうして⁈ 私は嫌だって言ってるじゃない!」

「お前は、このアーレスを継ぐ愛娘だ。それが、魔女になりたい、だと……! ふざけるな!!」


 私の願いは聞き届けられなかった。

 王様は私をモノとしてしか見てなかったからね。だから、家出をしてやったのさ。もう、私は誰のモノでもないと、自らの存在理由を探す為に。


 そんな時に出会ったのが、あんたらさ。初めての弟子二人はどちらも優秀で、私には到底扱えたものじゃなかった。

 一人は生粋の魔女、エウリカ。ありとあらゆる魔術が肉体に呑まれ、人を守る為に生まれた人形のような存在。ただ、人を殺して手を付けられないからって、私に押し付けてきた。魔術師ギルドってのは、存外弱腰だと思ったよ。

 

 そして、もう一人は名の言えぬその身に世界破滅の術式を組み込んだ魔術の王。

 でも、この子は死んでしまった。


 アレは私が死なせた。後悔しても遅い、私には一生を持って、償う為に生きてたとしても、彼女を殺したのは……私だからね。まぁ、忘れるべきだと思うさ。

 この嫌な思い出はエウリカ、あんたにとっても毒だからね。


 それよりも、魔術さ。

 魔術は、私に革命をもたらした。ある事は無かった事に、無かった事は無いように。命が潰える瞬間が無いと思えば、不死の力を得る事が出来た。人が成し得なかった人類の夢である不老不死。

 姿形が人ではなく、エルフ族であると願えば、その願いは叶う魔術に酔いしれた。そして、私は私の真実を真の底に隠す事が出来た。誰もがあのシャルロッテ・レガリアではなく、王族では無いシャルロッテ・レガリア。魔術を覚えた人として名を馳せることに成功したんだよ。

 そして、もうバレる事が無い。――その事実に、ホッと心が休んださ。


 例え、王と同じ名を持ってたとしても、誰一人私だとは気づかないのだから。ガリアの名があれど、無い事に出来るからね。


 何より、良い弟子や仲間に恵まれ、魔術師ギルド最高峰の名を馳せたとしても、私が王の座を統べる者誰一人とも思わない訳だ。

 真実では無いと嘘の目隠しをして、教えたんだからね。

 でも、とある神様は、願いを叶えた代償を今になって私に取り立てに来てしまった。目の前に神様に見覚えがあったよ。

 そう、運命の神様ノルンは現れてしまったのさ。


 だから、私は繰り返したんだよ。過去を。


 いつからだろうね、。あの日はどうなったのだろう。そう思うようになってから、藻掻き始めたのは。

 嘘から真実に造り替えたとて、どうしてもノルンは現れちまう。

 

 そして、神様は――また、世界を滅ぼしていく。そうさ、私は知っている。今までの事を ね。


* * *


「ちょっと待て、ババァ」

「なんだい。コイツが、滅ぼす存在だと言った事が気に障ったのかい?」

「違う。今、なんつった」


 この日はいつだろう。あの日はどうなったのだろう。って、あんた。まさか……。


「あぁ、そうか。真実は私にしか視えてないんだね。繰り返した日々と言っても、あんたには分からないか」

「過去を繰り返していたってのか?」

「そうさ。あんたが、ルナと出会う日の事も、ジートリーがお前に完全回復を使うのも、繰り返しだったさ。今回は、そうさね。お前を吹き飛ばした事が作用して、ノルンが現れたのさ」


 大舞台、ってレベルじゃねぇぞ。

 じゃあ、何か。俺もグレイスも繰り返してる存在だと言いたいのか⁉ 師匠、あんたは一体、何を視てきたんだ……!! 

 俺がこうしてグレイスと名前を付けたのも、グレイスを連れ帰ってくる事も、何もかも視てきたってのか。


「あぁ、答えてやろうかね。それは数兆年かもしれないし、あるいは数日かもしれない。真実に憑りつかれた私に、今更何を視てきたと問う必要があるんだい? 馬鹿だねぇ、エウリカ」


 俺の視線だけを見て、的確に師匠は答えた。

 まだ、喋っても居ないのに、知ったような口で放つ。多分、師匠はこの真実を見ている。だからこそ、答えれるんだろう。

 

「そん、な。嘘ですよね。わ、私が幾ら神様だからって、この世界を滅ぼすなんて、嘘。止めて下さいよ、そんな冗談。だって、アレは伝承の事なんでしょ――ねぇ、嘘ですよね!!」


 グレイスは師匠の肩を掴み、揺らす。

 だが、師匠の。信じられないって、気持ちは分からないでもない。けれども、師匠の言葉に嘘の揺らぎは――ない。真実は、変えられない。

 知ってしまった真実はどうやっても、変わらないんだ。

 

 例えば、ジートリーが証文を破いたと嘘を付いた真実だって、認めたら、それは変わらないように。


「ふん、このやり取りは938292回目だよ。この真実でさえ、正しくはならないからと諦めちゃいるさ。あんたが、こうして舞台に舞い戻るのも、舞い落ちるのだって、どっちも視てきた訳だからね」

「どうして、分かるっていうんだ? 師匠、あんたは――」


 俺が言いかけた途端、師匠は首を横に振った。


「良いかい。私が泣けば、あんたはこうしたんだろうさ。でも、真実に耐えられず、死ぬ。逆に私が泣かなければ、あんたは辺境の村に戻って、世界が終わるのさ。どちらにせよ、変わらない真実さ。私が真実と認めたのだから」

「だから、グレイスが世界を壊すっていうのか! 大体、あんたの過去を見てきた事実が本当かどうかも分からないんだぞ!」

「黙りな、エウリカ」


 師匠は気迫ある顔で、俺を睨んできた。その真剣な眼差しに、一瞬怯み言葉を押し留めた。殺気とは違う、何か。

 まるで、この後起きる事を察しているような重い言葉だったのだ。怯んでしまうのも仕方無い。グレイスだって、震えているのだから。


「諦めるんだ。あんたは私を殺すか、その子グレイスを殺すか。その二択しかないんだよ」


 俺が舞台から降りようとしなかったから、その選択しかないって……? 

 ふざけんな!! 今から、グレイスと旅に出ると約束したばかりだ。神様はこうして、自分の意思で捻じ曲げてまで俺を救いに来たんだぞ。


 なのに、なのに――!


「さぁ、魔女エウリカ。真実は語り部ではないんだ。選択肢は二つ。世界を壊すか、それとも、世界を護るか」


 師匠はこちらをキツく睨むが、俺には選ぶ事の出来ない二択だ。師匠も、神様も。どちらも大切で、嘘なんかじゃない。大事な存在だ。


 一瞬でも、長くいる師匠をすぐに選べるわけでもない。

 神様にだって、これからの旅路があった筈だ。逆にこれからの未来を見据る為に、神様を選べれる訳でもない。師匠にだって、まだまだやりたい魔術がある筈だ。

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