第二十五節「元通り」

 色濃く残った物語の回想を終えた頃には、全てが元通りになっていた。

 それこそ、神様と魔導士の戦いに巻き込まれ死んだギルドの人々ですら、生き返っている事だろう。当然、アングレアでさえ息を吹き返している。まぁ、元に戻すってのはそういう事だからな。


 奴は咳き込みながらも、不敵な笑いを出し、俺へと殺意がその目に宿る。グレイスはそれを見て、ぎょっとした顔になるが、俺は気にせずに近寄っていく。

 おい、偉く無様な姿だな、アングレア。地面に手を付き、息を切らしてやがって、古代組と侮ったお前の負けだ。


「きは、きははっ! あぁ、私は死んだのですね。しかし、何でまた? 貴方なら、元に戻す存在を選べたはず。わざわざ私を生き返らせて、何をしたいんですか?」

「お前が負けたからだ。俺は人や神に手を下すが、同族に必要な手出しはしねぇ主義なんだ。ほら、負け犬。とっとと消えな」

「言ってくれやがりますねぇ。いつの日か、その選択は後悔しますよ……!」


 アングレアは俺の言葉通り、目の前から忽然と姿を消した。

 こりゃ、時空間じゃないな。多分、透明化インビンシブルの魔術だ。こんな高等魔術ですら、短文で発動する事が出来るのかと、俺は感心しながらも、瞳に魔力を込める。これぐらいを看破するなら、詠唱も要らんだろうからな。

 姿を消して俺の前をこそこそしながら逃げていく姿が見える。そんなに背を低くして、音を立てないように逃げる様子を見て、笑いが堪えられなかった。


「おい、とっとと逃げろよ。アングレア、俺は手も足も出さないぞ?」


 俺は含み笑いをすると、アングレアの隠れた姿はびくっとした。あぁ、視えてるとも。何が後悔しますよ、だ。

 どう見たって負け犬はお前の方だろう? 魔導士としても、敵としてもだ。


「ちょ、ちょっと⁈ 何で逃がしたんですか!」

「同族だからだ」

「そんな理由であんたを殺そうとした奴を逃がすなんて、本当にお人好しだね」


 あぁそうだとも。俺は神様と人を殺したいほど憎んじゃいるが、魔女と魔導士は別だ。同じ魔術を扱える者同士、当然嫌な思いをしてきたのだから。

 その思いを分かってるなんて言葉で、片付けるつもりはない。分かってるんじゃなくて、分からざるを得ないんだ。

 知ってるからこそ、アングレアも言っていた。


『仲間割れとは、好都合。さて、魔導士であれば、この魔女を始末しなくてはいけませんね。況してや、禁呪を使った魔女の討伐です。アーレスの王からは幾ばくかの報酬を頂かなくてはいけませんね』


 大方、この一件に絡んでるのは、王族だ。報酬目当てなら、黙って殺せば良いのに、奴はそうしなかった。これは憶測だが、きっと理由があった筈だ。そうじゃなければ、わざわざ王からの報酬を頂くなんて言わない。


 命令通りに動く為の駒でしかない俺達にとって、命令内容を伝えるなんてあっちゃいけない。

 ま、俺には考える必要のない事だ。今は、俺が知りたい事だけを考えるべきだ。


「それよりも、ルーナ。一つ聞かせてくれ、アングレアが言った事は本当なのか? 師匠の元で今も弟子として就いているお前なら何か知ってるだろ」


 ――ルーナの視線が地へと落ちた。

 どうも、アングレアが言っていた事は本当のようだな。ふん、あのババァめ。何かまだ隠してやがる。だとすれば丁度いいな。

 本当に、師匠を問い詰めて殺す時が来たようだ。積年の恨みを晴らす時がとうとう、か。どんな風に調理して殺してやろうか。


「……嘘じゃない、本当だと思う。でも、詳しい事を僕は知らないよ」

「そうか」


 他にも知っている素振りをしたルーナだが、俺は必要以上に、問いただす事を止め、視線をグレイスに向けた。


「お前はどうする?」


 グレイスは間抜け面で、自身を指さした。あぁ、そうだ。お前だぞ、ポンコツ神様。


「えっ、私?」

「お前だよ。あれほど約束したってのに――旅に出るって。あー、残念だな。お前がその約束を忘れたんだったら、仕方無いだろう。寂しく独りで旅に出るさ」

「い、行きます。行きますから! 私、旅で迷子になります!!」


 迷子の一言にルーナは首を傾げていたが、まぁだろうな。

 約束を知らなきゃ、そうなるさ。だが、これは俺とグレイスとの間の大事な約束だからこそ、成り立つ言葉だ。グレイスの表情は段々、明るくなっていく。

 先程まで、死にかけてた奴とは思えないぐらいに元気一杯に辺りをせわしなく身体を動かしていた。


「わーい! で、旅ってどんな事をするんですか、教えて下さい! 魔女!!」

「おい、抱き着くな! グレイス!!」


 勢いに乗ったグレイスは、俺へと抱きついてくる。あぁ、もうウザイ! クソガキじゃないか、やっぱり! まるで子供が何処かへ遊びに連れて行くと言われた時のような興奮に俺はウンザリとしていた。

 

「ありがとう、魔女――いえ、師匠!」

「馬鹿っ、お前……っ!」

「えへへ~、師匠! 私、立派な魔女になりますから!」


 ――そして、隙を突かれた。

 グレイスは俺の頬めがけ、高く飛び上がる。その一瞬、頬に唇が振れた気がした。お前なぁ……。俺は頬に手を当て、その照れくささをすぐさま消し去る。

 クソ、見た目が普通に可愛いから、ズルいんだよ! お前!!


「師匠は、教えを伝える者。そして、弟子は教えに学ぶ物ですもんね。師匠、立派な魔術を教えて下さいねっ!」

「わ、分かったから。少し黙れ。後、師匠はやめろ。エウリカで良い」

「はい、師匠!」

「お前、話聞いてたか⁈ 師匠はやめろ!!」

「はい! !!」


 ダメだ、今のコイツに何言っても無駄だ。つか、上目遣いで俺を見るんじゃない!

 やっぱり、あの約束は無かった事にするべきだったか。都合が悪い訳でも無いが、クソガキ二人の面倒なんて見れる気がしないんだが。

 いや、諦めよう。魔女として約束は果たすべきだ。裏切るなんて事は俺には出来ないのだから。


「――で、二人はいつまで抱き着いてるのさ。しょうもない姿見せないでくれる?」


 割って入る様に、半ば閉じた目でルーナは俺達を睨んでくる。俺が悪いのか、これ⁈ どう考えても、グレイスが勝手にしてきた事だろうが。

 そう思いながら、俺の身体からグレイスを離す。少し、不満そうな表情を浮かべたが、お前ずっと抱きついているつもりだったのか?


「一旦、帰るぞ。それと、ルーナ。後始末を頼んだ」

「えー、何で僕が」

「神獣の力はお前にしか無いだろうが! 俺には、この人間共の後始末は出来ないんだぞ!」


 意識を失っているとはいえ、異端審問会に出席していた奴らの事を俺がどうとでもなる訳でも無い。ルーナは渋々、カーテン幕のあった方へと歩いて行く。

 ――直後、悲鳴が聞こえるが俺は聞かなかった事にした。まさか、食って処分とかしてないよな?


「あの悲鳴……」

「グレイス、帰るぞ!」

「は、はい!」


 俺はグレイスの手を引っ張る様にして、近くのドアを開けて、連れ帰っていく。


 外に出れば、いつものアーレスが俺達を出迎えた。壊した筈なのに、平然と佇む活気ある町など、どうでもよく。今一度、俺はグレイスを見つめた。

 グレイスは、首を傾げる。

 どうかしたのかと言わんばかりに、疑問顔を浮かべている。

 

 ――俺は救ってほしいって、願った覚えも無い。でも、コイツは自らの意思で死へと飛び込んできた。それは、まるで人だ。

 誰かの為に動けるのが人なのだ。利害の一致がある訳でも、目的がある訳でも無い。ただただ、救いたいからと。

 そんな理由で、グレイスは俺を助けに来た。


 羨ましいな。そんな事が出来るお前が。


「師匠……?」

「いや、悪い。ちょっと呆け面で笑いそうになってな」

「呆け面?」

「馬鹿面って事だ」


 ムッとした表情を取るグレイスの手を取り、俺は師匠のアトリエへと歩き始めた。

これから始まる旅路、目的の無い迷子の旅路。神様が自分にとっての何かを探す物語が始まる筈だ。


 そう思っていた。――だが、この物語は間もなく終焉を迎える事になる。それも、予想外な展開で。

 

 

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