第二十三節「迷子の旅路は今まさに始まらん」

 アングレアに向けて、至近距離から放たれた力強く煌めいた魔術は、全てを吹き飛ばして行く。神と魔導士の戦いをとんでも戦闘なんて思った過去の俺に、そっくりそのまま言い返されたとしても文句は言えない。

 それ程、強烈で全てを破壊しつくすような爆発が身を包んでいった。俺は思う。もう誰も生き残れないだろうな、と。


 そして、ずぶずぶと視線が沈みゆく意識。辿り着く先は、もう分かっている。何度も見覚えもあった真っ白な閉鎖空間に意識が飛んでいく気がしたからだ。

 でも、これで良いだろ。一矢報いる事が出来たのなら、それで満足出来る。

 

「馬鹿やってんじゃあないよ。馬鹿弟子あんたはまだ、死ねない筈だろう?」


 だが、俺の想いとは別に師匠の声が弾んだ。

 走馬灯と言っても差し支えない言葉に、俺は聞きたくないと耳を塞ぐ。諦められないからこそ、勝手に溢れてくる感情が嫌になる。

 分かってる。分かってるんだ。


 諦めたり、悲しんだり、躍起になって、怒ったり。きっと、どれも俺の感情として正しいんだろう。それが人の生き様であり、俺が真似たかった生き方でもある。

 だからこそ、死に方なんて物は選べない。それが人だ。

 俺は生きていて、偶然訪れる死に憧れていたのだから、ここで死ぬべきだと思った。例え、それが全てを巻き込んだとしても。


「――じょっ。起きて、下さい! 魔女!」


 でも、今はまだ死ねないな。

 そう思いながら、次に掛けられた言葉で、俺は視界を開けた。泣きっ面の神様が俺を見ている。ぽたたと垂れる涙とは別に、左隣からは覗き込むルーナの姿もあった。どちらも煤汚れた顔で俺を心配そうに見ている。


 まぁ、グレイスは分かるんだが、ルーナ。お前もそんな顔するんじゃねぇよ。お前はそんな立ちのクソガキじゃないだろう。


「うるせぇ、な。俺はまだ死んじゃいねぇよ」

「起きたんですね、魔女。良かった……!! って、そうじゃないです! 何してくれてるんですか、貴方⁈」

「あぁ、そうか。そうだよな」


 グレイスが驚くのも無理はない。地図からまた一個、街を消しちまった。これだから、魔術は嫌なんだ。加減が難しい。

 ルーナと一度、戦った時魔術を唱えなかったのはこれが原因だ。もし、神獣と知っていたとしても、唱えないだろう。


「あんた、何をしたんだ。アーレスそのものが消えるなんて、あり得ないんだけど」

「悪かったな。咄嗟に詠唱した魔術が、アーレスを消し飛ばして。やはり、世界を消滅させるべきだったか」

「馬鹿、そうじゃない! 見ろって言ってるのさ、辺り一帯を!」


 辺り一帯、ねぇ。

 俺はルーナに言われた通り見渡すが、焼野原以前に山沿いすら見えない。太陽が昇る地平線の先まで荒れ地になっている。人影と思わしき奴は俺とルーナとグレイスぐらいだ。

 だが、そんなに悪い事じゃないだろ。逆に清々する。

 何一つ、残らず吹き飛ばしさえすれば、心残りも無いってもんだ。それに、あのアングレアでさえ、消し炭になったかあるいは魂すらも残らない程に消失している事だ。そうなれば、もう手出しは出来ない。


 ――むしろ、聞きたいのはこっちの方だ。疑問に思っていた事を俺は聞いた。

 

「なんで、アンタらは生きてんの」


 あの爆発の中、どう生き残ったというのか。


「僕が嫌な予感がして、コイツを助けた。大事な物なんだろ? ちゃんと、自分で無くさないようにしなよ」

「なっ、人を物扱いしないで下さい! 私、これでも神なんですよ⁈」

「耳元で叫ばないでくれる? ぺったん」

「ぺっ――」


 分かった。落ち着け、神様。そのダガーでそいつの首元に捩じ切ろうとするな。気持ちは分かるぞ。気持ちは。


「そうか。まぁ、安心しろって」

「安心なんて出来る訳無いでしょ!? 一度でも魔女を救いたいなんて思わなきゃよかった!」


 膨れるグレイスに、俺は手をゆっくりとあげながら頭を撫でる。


「救ってくれなきゃ、俺は死んでたさ。あんがとな」

「はひゃっ⁈ 撫でるなぁ! 子供じゃないですよ。私は神様なんですよ!」


 そうだな、でも。撫でるのは当たり前だろう。成長した弟子の事を撫でるのは、師匠として当然の事じゃないか。


 俺は魔術の詠唱を始める為に立ち上がった。まだ本調子じゃ無い上、血が足りねぇ。未だ、視界が歪むし、きりきりと刺された場所が痛む。

 だが、元には戻さないとな。ジートリーもババァもこの調子じゃあ死んでるだろうし。

 ――ババァには後で色々と聞かねぇと。疑いの目が向いた以上、真実を追い求める。それが魔女だから。ふぅと息を整え、俺は魔術を詠唱し始めた。


「祖の神、大陸と狭間を繋げし者なりて、あらゆる根幹、事象、叡智こそ保たれる人類の発展。故に、人は失う。繰り返す惨劇に抗うも、流れては消え去るだろう。だが、造られた橋は消えない。人が積み上げた物に意味を問う必要などは無い! 来たれ、我が祖の神。称えよ、人類の発展をグルヴェイグ・ラグナロク!!」

 

 くどいような文言の後、詠唱後の疾くと永い時間を掛け、みるみるうちに世界を塗り替えていく。消え去った建物が生え、荒れ地となった世界はまるで反回転するようにして、目まぐるしい程の時間遡行を始めた。


 長く古いしきたりを守ってきた時代遅れの魔女が放つ魔術は、コイツにとって、どんな風に視えてるんだろうか。ふと、俺はその旅路の主演である神様の方に視線を送る。


 ――あぁ、なんて顔だ。そんなにもドキドキとした眼をして、ワクワクと身体をせわしなく動かしてるんだ。そう、知りたいんだろう? 


 この魔術を。この世界をさ、神様グレイス


 同時に、間違いなくそれは、始まりとも言える。

 最初の夢のように、少女が願った冒険譚だ。迷子は旅路を迎えて、いつぞやの思い描いた世界破滅のプロローグなんかじゃない。

 正真正銘、神様の物語だ。

 

 そうだな、旅をするなら冒険譚の名前を付けるべきだ。何が良いだろう。

 間違っても俺の物語じゃない、グレイスの物語の名前を決めるべきだ。と、俺は考え、頭によぎった一文を望む。

 

 ――だ。

 

 文才の無い俺でも、冒険譚のタイトルぐらい付けても許されるだろ。

 この冒険譚、神様は耐えられないかもしれない。

 真実を見つける為、多くの冒険と苦難が待ち受けるだろう。死ぬかもしれないし、裏切られるかもしれない。だが、旅路とは希望に溢れてばかりじゃないってのも知るべきだ。俺は全てを見知ったが、グレイスはまだ何も知らない。


 だからこそ、切に願おう。

 この約束した旅路に大いなる祝福が、あらんことを。そう願いながら、俺の脳裏には二日前の約束したあの日の物語が読み直される。

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