第二十二節「魔導士 アングレア」
「え……」
「きひっ、きひひ。神、お忘れですか? それとも、貴方は神でも知らないのでしょうか?」
――確かに貫通した。
だが、男はけろっとした顔で何一つ、傷を負ってない。それ所か、投げた筈のダガーはグレイスの腹へと突き刺さっていた。
先程の神の威厳は瞬く間に消え去り、翼が失われる。そして、地に足を落とし、腹を抱えたまま、グレイスは蹲った。
「あがっ、ぁっ……っ」
「きひっ、我だって、魔女と同格の存在である以上、当然真実を見据える力があるのですから、無い事に出来るのは当然でしょう?」
神に対抗するべくして生まれた存在が使う魔術は当然、運命を操る事の出来る神の力では、どうする事も出来ない。
「ほら、どうしたんですか? そのぐらいで壊れたら、玩具としては余りにも不出来ですよ」
「言って、くれるじゃないですか! なら、次っ!」
グレイスは腹に刺さったダガーを無理矢理抜き取って、二本目のダガーを腰ベルトから取り出す。すぐに応戦しようと立ち向かうが、器用な事に、二日前に教えた戦い方通り、一手、二手と素早い動作で相手へと攻撃を入れていく。手負いの状態でよくやれている方だろう。だが、かすりもしない。
これがもし、魔物との戦いならば問題は無い。多分ではあるが、数撃は当たり、ものの見事相手を打倒している筈だからだ。
「きっはっはは、当たりませんねぇ! そんな安っぽい攻撃、見飽きてるんですよ! 魔術を使うまでもありませんね」
「んぐっ⁈ あがっ!」
だが、相手は魔導士。強さは雲泥の差がある。その差を見せつけるように、ダガーを交わし切った後、グレイスの顎を掴み、軽々と片手で壁へと打ち投げる。
打ち投げられたグレイスは身を守る為に身体を丸め、受け身を取るが勢いは止まらない。瞬間、激しく舞う砂塵の中、悲痛な叫びが聞こえた後、グレイスがどうなったかが分からず、俺は隠れていた瓦礫の山から顔を出した。
力量の差があるのは分かっていた。それに、コイツの詠唱した魔術をじっくり見て、分かった事もある。
「あんた。アングレアだろ」
「ふむ、我の事を知ってるのですか? これはこれは、何とも有難い事ですね。ですが、残念。魔女にその名を呼ばれたくはありませんので。そんな臆病にがれきに隠れている奴にこの名を知られるとは、些か不本意です」
魔導士アングレア。
神との対峙する前に生まれた現存する魔導士や魔女の中でも、後半組と呼ばれる一人だ。後半組は神との戦いを知らない。当然、戦闘経験だったら、俺の方が上だ。
だが、それ以上に異様なのは、短文魔術に特化しているという事だ。魔女はどうしても、詠唱に時間が必要だからだ。
強い効果のある魔術ならば、それこそ一晩掛かる魔術だってある。
対し、後半組の使う魔術は二言、三言で終わる短文のみで構成された魔術が一般だ。死ね、守れ、動け。
この三つの言葉だけでさえ、人を惑わす魔術となる。
故に、現在の魔術師ギルドにおいてはこの後半組こそが最強と言われている。他にも居るには居るが、俺が知っている奴の中でもこいつは異質だ。
「お前がした魔術は、
クソ、……目線がふらつく、こうして言葉を出すのも精一杯だ。
どうにかグレイスが稼いでくれた時間で自分に対し回復魔術を掛け終えたが、噴出した血は元には戻らない。
軽い貧血状態なせいだろうか、頭ん中が壊れてしまいそうだ。だからと言って、もう退く訳には行かない。
視線は敵であるアングレアへと向け、歪んだままでも、真っ直ぐ見据える。
コイツの獲物は俺だろう? ――頼むから、グレイスに敵視を向けるなよ。
一時でも、抗い救おうとした神様を、守り切れなくて何が魔女か。それに、俺はあいつに魔術を教えなくちゃ行けなくなったからな。
まさか本当にあの約束が本当になるなんてな。
「ご名答。よく理解しましたね、流石は古代組の魔女ですね」
「ふん、魔女ってのは、事実は視線で見るもんだ。クソみてぇな出まかせ魔術に負ける訳には行かないんだよ」
「ムカつく眼ですね。そうも、元気を取り戻して、落ち込んでを繰り返して。まるで人みたいじゃないですか! 魔女の癖に――醜いったらありゃしない」
師匠。俺は信じないからな。
真実を知らないから、アンタがした事も、嘘だと思ってやるよ。きっと、あんたがした事には何か意味があるんだろ? 何か、したい事があって俺にそんな事をしたんだろ。あんたの想い、しっかり見させてくれよ。
……だからこそ、俺は魔術を詠唱する。
教えてもらってきたこの力を、ここぞという大一番で使おうとした魔術を。こんな死なない身体でも自らの死を覚悟してまで戦ったグレイスの為に。
そう思わせた俺の覚悟、舐めんじゃねぇぞ!
「称えよ炎、煌めけ氷、唸れ雷。惨害となりし、三つの瞬きは――」
「きはっ、古臭い魔術を使うなんて、馬鹿のする事ですよ!」
アングレアの魔術の刃は一針として、鋭くこちらを狙う。その速さは、俊足であり、魔術の詠唱が間に合わない。クソ、やっぱ無理なのか。
――良いや、絶対に唱えて見せる!
何が応でも、これを唱えて見せる。確固たる意思がなくして、何が魔女か!! 打倒さなくてはならない敵を前に、逃げるつもりはない。あんなにも弱くて、か細い神様でさえ前を向き、俺を救おうとした。
「死になさい!!」
「がっ――あぁああぁ!」
「なっ……!」
見事に俺の喉元を突き刺し、魔術の刃は喉を刺す。だが、止まらねぇよ。止まるつもりはねぇ! 突き刺された刃を抜き取り、俺は詠唱を続ける。
アングレアは一瞬の怯みを見せた。それに対し、俺は好機と感じ取る。
血が吹き出そうが知った事じゃねぇんだ! 何が何でも、放つ……‼ 死を覚悟した魔女の力、とくと味わいやがれ!
「更なる力をもたら、さん! 放て爆炎よ、吹雪け氷雪よ、鳴り止むな轟雷! 三と三が掛け合わされし時、膨らむ意思は無へと帰すだろう!」
――
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