第二十一節「運命、きたれり」

 俺は独りだ。魔女に、味方なんて居ない。


「ってぇなぁ!!」

「ぁ……?」


 そう思った矢先の事だった。

 こつん、こつころと何かが空を切りながら飛んできた後、俺の前に落ちてくる。それは、石ころだ。お陰で一瞬、虚ろになっていた意識を取り戻し、俺は視線を石が投げられたと思わしき方へと視線を向ける。


「魔女に手を出すなっ!!」

「誰ですか貴方。我、イラっとしちゃうんですよね。こういう場違いな奴が来ると」

「ひっ」


 そこに居たのは、神様グレイスだった。震えて止まず、実戦経験なんて何一つも無いか弱き少女が居たのだ。手に持ったダガーを相手に向け、しっかりと標的を見ている。

 グレイス、あんたはどうやってここに来たんだ?


 ルーナには作戦通り、俺を付けてくる事で他の奴らを無力化する事に成功したが、神様には作戦の話もした覚えはない。況してや、異端審問会について知る訳も無い。

 一瞬、師匠が話した時でさえ、コイツは酔っぱらってたんだからな。


「グレ、イス。お前じゃ、そいつに敵わねぇ。とっとと、逃げろ。……クソガキ」

「知りませんよ! それに、貴方に死なれたら、私が困るんです! 私を殺すのは、貴方の役目でしょ⁈ 何やってるんです、魔女。しっかりしてください!」

「ははっ、殺される為に助けようって訳が分かりませんね。それに、魔女を助けたいとは、貴方人として可笑しいのでは?」

 

 男は笑い飛ばした。確かに、人ならその通りだ。わざわざ、魔女を助けるなんて気が狂ったとしか思えない。

 だが、コイツは。恐怖に身を震わせながら、ニッと笑い、言い放ったんだ。

 いつものように、明るく振舞うようにして、お決まりのセリフだ。そう言い切ってしまいそうな程、真っ直ぐに答えた。


「人じゃないです、

「はっ、きははははっ! 神、神が魔女を助ける⁈ 笑わせないで下さいよ!!」


 戦いの経験の何一つも無いコイツ一人じゃあ何一つ出来やしない。戦闘経験なんて無いだろうし。ただ、無惨に殺されて、終わるだけ。何の戦力にもならない。

 でも、無能な神様は必死に恐怖に屈しまいと武器を構えた。ダガーだけで、魔術師相手に何が出来るっていうのか。きっと、相手にもならないだろう。


 俺はこの先起きるであろう未来に対し、見たくないと、目を閉じる。もう声だけの世界で構わない。

 諦めてしまえば、全てが楽になれる。嘘の真実ししょうの事も、消せば良い。


「二日前の話、黙って聞いてたんです。ごめんなさい、魔女。でも、異端審問会に疑惑の疑いを掛けられた貴方の事をその子ルーナは助けてくれるって言っていた。私はそれが信じられなかった」

「酷いな。僕はちゃんと、助けたよ。ただ、コイツがただの命知らずで、自ら危機に陥ったってだけ。神獣は守る事は出来ても、それ以外とみなした奴らからは守れない。盟約って、厄介だから」


 グレイスの奴、あの時起きてたのか。理由を聞く限り、付いてくるのも納得は行く。だが、無謀だ。コイツじゃあ、魔導士には勝てない。

 どうして、頑なに、グレイスは諦めようとはしないのか。


 最初の出会った時の、迷った瞳とは違う事は分かる。強い意志を持ち、抗おうとしている。良いから、放っておけよ! 俺は孤独だ。独りだ。

 まごう事無き、野良犬なんだ。だから、放っておけばいい! 

 無惨に殺される為だけにここに来る理由なんて無い筈だ。それに、グレイス。

 あんたは師匠とは違う。子犬が親犬から守られても、子犬が親犬を護る事は出来ない。強大な敵は俺が倒すべきなのに、それを無に帰したのは俺が甘いからだ。


「じゃあ、私が助けます。神として、魔女を救います。それが例え、自ら死ぬかもしれない毒キノコでも、私はで魔女を救いたいと願います!!」

「グレイス、お前……」

「私は――そう、!」

 

 ――あぁ、そうか。コイツは諦めたんじゃない。

 俺との約束の為に、自ら死へと向かう覚悟に飛び込んだ。覚悟を持って、俺を救いに来たんだ。

 閉じたまま、目を開き。俺はグレイスと男の戦いをしっかりと見つめる。


「きひっ、きひっひっひひ。そんなに震えて、何が出来る? 神として祈りを集い、我に罰を与えるか。だが、我にはそのどちらも無理だろうなぁ?」

「無理なんかじゃない! 私は神様。願いを叶える者であり、魔女の願いは私を殺す事。だから、私はその願いを叶えるまでは、魔女に死なれては困るの!」


 口で強がってばかりのグレイス。開いた視線に映るのは、彼女の立ち姿。まだ、その手は震え、足は立ち竦んでる。戦う事も立ち向かう事も知らない神様だ。まともに、戦える筈など無い。軽くあしらわれて、終わる。

 きっと、胸を一突きされ、頭をぶち抜かれる。その後は、心臓を捥ぎ取られ、絶えるだけだ。


 そんな姿、俺は見たくはない。だから、一瞬だけ目を背けた。背けて、正しい事も間違った事も視なければ、真実にはならないのだから。

 でも、違った。そうじゃないんだよな。グレイス。


 息をスッと胸の中に入れる。激痛が走るが、まだやれるだろ。俺は魔女だ。戦いとは、自ら死に向かう覚悟のみが勝つ。俺はまだ、死んじゃいないんだ。

 だから、勝てるんだろう? 神様。


「我が運命の神ノルンの名において、命ずる――」

「遅いですねぇ! そんな詠唱なんてしてるから死ぬのですよ! 炎ヨ、焚ケロレーヴァテイン!!」


 刹那、男が炎を纏いながら、グレイスに突撃している瞬間が飛び込んでくる。

 だが、遅かったと言わんばかりに、その男は強い衝撃波の様なものに弾き飛ばされ、炎は掻き消される。そして、凄まじい風が吹き荒れた。

 いつの間にか、神様の足は地から離れていき、ばさりと力強い羽音が鳴る。


「我が魔女から離れろ。愚者め……!」

 

 神の降臨だ。

 グレイスの背中からは翼が生え、か弱き少女とは思えない姿が現れた。晴れ晴れとした神の姿に見惚れていると、グレイスは俺に優しく微笑み、抱擁されたような感覚に陥る。勿論、実際にされている訳では無いが、それ程、間近に感じる神からは他を圧倒する何かを俺は感じとってしまっていた。


「僕は逃げるね。お姉さんも早く逃げなよ?」

「逃げろって、無理に決まってんだろ⁈ おい、待てよ。てめぇ!」

「きひっ、楽しくなってきましたねぇ! 次です、凍ルハ星空ノ橋ニヴル・ギャランブル!」


 ルーナは当然のように、天井を突き破って逃げていく。晴れ晴れとした青空が空高く見え始める中、グレイスへと天から降り注ぐ天明が神々しさを感じさせる。

 って、そうじゃないだろ! 二度も見惚れんなよ、俺!

 かといってルーナはそそくさと何処かへと行っちまったし、男は真っ向から受けようと魔術を唱えてるし。俺が付け入る隙なんて、ありはしない。


「この程度、どうとでも!」

「我の魔術を、防ぐんですねぇ! 神とは、真っ当のようですが、素晴らしい! こんな戦いを魔女である貴方達はしていたのですね!」


 直線状に放たれる氷の槍の雨は、グレイスの一羽ばたきで弾かれた。


 クッソ、こんなとんでも戦闘に巻き込まれてたまるかよ! しかし、コイツが魔導士だとしても、この男の使う魔術は明らかに可笑しい。魔術は、こんな短文で力を発動なんて出来やしないからだ。

 とはいえ、今はグレイスが時間を稼いでる。このまま、グレイスが勝ってくれれば良いが、それは間違いなく出来ないだろう。神は魔女には勝てない。それは魔導士でも一緒だからだ。

 だからこそ、気を伺う為に、俺は力なく、這いずりながら、何処か隠れられそうな瓦礫の山に一度身を隠す。


「その痛み、揺蕩う波の如く、縫合せよ。傷治療ヒール


 そのまま、簡単な魔術で傷を塞ぎ始める。治癒には時間がかかるが、長い詠唱をすればするほど、男がこっちに気付いた時が面倒だからだ。

 それより、ドンパチを続けているコイツらの方がヤバイだろ。

 ルーナが止めた奴らの死体がゴロゴロ転がってやがる。それぐらい、コイツらの戦いはド派手な訳だが、やり過ぎにも程があるだろう?!


「我が真なる民の願い、聞き届けよ。その定めにて、反逆せし者に裁きを与えよ!」

「良いですよぉ、滾りますね。さぁ、魅せて下さい。貴方の神としての力を! 受け止めてあげましょうか!」


 ――運命、きたれりディース・マギア!!


 男の言葉など無視するように、手に持っていたダガーは放たれ、強烈な光に合わせられる。それは閃光を瞬きながら、俺の目にも止まらない速度で、激しく轟雷のような音が鳴り響く一撃だった。

 そして、間違いなく、男の胸を捉え、貫通する。

 

 

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