第二十節「後ろを振り向けば」

「きは、ははははっ!」

「あっ、が、ぁ」


 先程の男は、酷くさえずる様な笑い声を出し始めた。刺された俺は体感が崩れ、手を地面に付いた。

 奇しくも敵と思わしき男へと背を向け、追撃が来ると覚悟を決めるが、それ以上の事はしてこない。


「くっそ、がぁっ!」

「お人好しにもありますねぇ! きはは」

「だから言ったのに。魔女ってお人好しなんだね」

「ルー、ナ、お前……!」


 ルーナの一言で、俺は理解する。

 俺の事をだなんて言っていたが、まさにその通りだったのだと。ルーナはこの男は敵だと教えてくれていた。そいつを生かす必要が無いのだと、言っていたのに、俺はそんな事を助言として受け取らず、この男を助けてしまった。

 

 敵であるにも関わらずだ。

 ――っつか、お前はどっちの味方なんだよ⁈ と、言いたいがそれ所ではない。何せ、上手く呼吸が出来ないのだから。


 刺した場所が胸元を抉った為なのか、肺に満たされていく血が俺の呼吸を失わせていく。当然、背後から出ている失血量だってヤバい筈だ。

 俺がどうにか、頭一つ振り返り、男を睨む。すると、微笑みながら、語り口調で喋り始めた。まるで自分の価値を確信しているかのようにだ。


「いやぁ、本当にありがとうございました。神獣なんて聞いた時には驚いたモノですが、まさか、魔女を助ける神獣が居たなんてねぇ? 興味深いですよ。魔導士としても」


 奴はぺらぺらと、意気揚々に話を続ける。それに対し、ルーナは返事を返した。


「僕は力を貸しただけだよ。で、大丈夫かな。

「はっ、どう見たって大丈、夫に見えるのかよぉ⁈ 後、お姉さんって今更なんだっての!」

「元気そうだね? なら、頑張れるでしょ。お前は魔女なんだからさ」


 言いたい事言いやがって! 俺はふり絞って何とか声を出すが、肺に溜まった血は口一杯に逆流していき、咳き込む。

 噴出した血が地面を汚し、真っ黒に染まりながら考える。

 クソ、こんな状態じゃあ、立ち上がるのだって精一杯だ。

 だからと言って、ここで死ぬ訳にもいかない。もし、死んでしまえば、生き返ったとしても俺はあらぬ疑いを掛けられたまま、ラグナロクを唱えた魔女として扱われてしまうだろう。勿論、そんな汚名、願い下げだ! 

 俺は魔術を唱えようと、口を動かす。


「おぉっと、駄目ですよ?」

「がはっ!」


 だが、唱えようとした瞬間、男は追撃を成す。

 頭へと一発の拳が振り下ろされ、その後は首を掴まれ、ゴミのように投げ捨てられる。壁へと激突した瞬間、卒倒してしまいになる。

 そして、近づいてくる男は俺に屈辱を与えようと、うつ伏せになった俺の頭に足を乗せ、踏みつけてきたのだ。当然、抵抗する力なんて無い。

 背中に受けた血が地面へと垂れていくのを横目になったまま、見るのが精いっぱいだ。


「くだらない魔術なんて唱えないで下さいよ」

「がぁ、く、ぞっ。後で、覚えてろよ……!」

「おぉ、良いですね。その睨みよう。エクスタシィー! 我ながら、イきってしまいそうになります」


 クソ。こうなれば、頼みの綱のルーナだ。俺は視線をルーナへ向ける。だが、ルーナ何一つ動こうとしない。なんで。どうしてだ! 俺を助けるんじゃなかったのか⁉ 

 焦る気持ちに対して、俺はキツく睨みながら焦った指示をする。


「おい、ルーナ! 早く、コイツをどかせ!」

「やだ。助けたのはそっちでしょ? そっちの都合を僕に押し付けないでよ」

「お前はどっちの味方なんだよ!」

「どちらでもない。でも、お前が助けたんだ。僕は盟約に従って、君が助けた者は殺せない。殺すんだったら、君が殺しなよ」


 んなクソ面倒な盟約今はどうでもいいだろうが!

 俺はルーナの奴を睨む事しか出来ずにいると、男はまたしてもぺらぺらと語り口調で話し始めた。

 クソ、なんなんだよ。どうして、動かないんだ! コイツは敵なんだぞ。


「仲間割れとは、好都合。さて、魔導士であれば、この魔女を始末しなくてはいけませんね。況してや、禁呪を使った魔女の討伐です。アーレスの王からは幾ばくかの報酬を頂かなくてはいけませんね」

「クソっ。死ね、死ねっ、死ねよぉ!」


 精一杯に手を動かし、地面を叩いた。無心で、怒りを込め、まるで癇癪を起こした子供のように、俺は地面を叩き続けた。だが、希望は無い。油断した俺の負けだ。

 そう言わんばかりに、鈍い音は響くだけで何も変わらない。

 目の前で俺は頭を踏まれた事実は変わらない。ルーナの奴が助けてくれるという保証も無くなった。

 希望に縋った自分が愚かだったんだ。


「意地汚い魔女に、良い事を教えてあげましょうか?」

「な、に?」

「冥途の土産という奴です。きっと、笑い話になりますよ……?」


 男は勝利に酔いしれ、笑い始める。

 何を教えるっていうんだ。とっとと、とどめを刺せば良いだろう。俺は負けたんだから、敗者はとっとと物語の舞台から降りるべきだ。

 この状況、認めたくはないが、希望は無いのだから。


「禁呪を使ったと虚偽の報告をしたのは紛れもなく貴方のですよ」

「嘘だ」


 そう、俺は無意識に返事を返していた。そんな事あり得る筈がないのだと、心の底から願った。

 だが、男はより一層高笑いをする。それがまるで真実だと嘲笑うように。


「嘘なんかじゃありません。でしたら、冥途の土産をおまけしましょうか? 再現魔術リヴァイブでも使えば、それは分かる事でしょうから」


 男の声なんてもはや、どうでもよくなっていた。高笑いが嘲笑いに聞こえた頃には、俺の意識は薄れていく。あぁ、師匠。

 なんで、どうして。理由が分からない。真実だとしても、知りたくなかったと願う。

 勿論、敵が言っている事だ。嘘に決まってると思っていても、信じられない自分が居た。楽しい日々とまでは行かなくても、師匠との出会いは俺にとってかけがえのない存在だからだ。

 だからこそ、師匠、師匠。と、あるべき姿の師匠に声を掛けてた。そして、何度も繰り返し考えては消す。――あの想い出は嘘だったっていうのかよ、師匠。


「あーらら、何でそんなにも絶望した顔をしてるんです? 貴方の師匠、シャルロッテは元々、人でしょう? 魔女とは相対する人間だ。対して、魔女はこの世界において、反逆者でしょう」

「嘘だ。ウソだと言え!!」

「きはは。嫌です。いや、ホント、残念ですねぇ。魔女は黙って、人と神ゴミを片付ければ良かったのに、貴方は余計な邪念のせいで、自らを死に追いやったロクデナシなのだから!!」


 最後の一撃と思わしき、振り下ろされる魔力の刃が見える。

 その一瞬が、妙に遅く感じながら……今までの想いが、必死に込み上げ、失われていく。あぁ、積み上げた物が消える。

 あんなにも楽しかった日々。それがどうして。こうも、紙くず同然なんだ。俺にとってのあの日々はなんだった。

 師匠、あんたは一体どうして――。嘘だと言って、くれ。

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