第十八節「ルーナの提案」
「困ってるんじゃないの?」
淡々とした顔で彼は言う。上半身を起こしたまま、視線は真っ直ぐ俺を見つめている。嫌に堂々しているだからだろう。前にも感じた大人にも引けを取らない。
それは、クソガキとは違う一面だ。
「何故、俺なんかを助ける? 理由なんて無いだろ」
「あるよ」
――ルーナの視線は強く深く、沈む。嘘ではないようだが、どうにも言い寄れぬ思いがある様子だ。
まるでジートリーを庇う為に何かを隠してるような、そんな表情していた。
朝日もまだ静まったままの空間。
明かりは魔術によって灯された淡い光と、明るく振舞う満月だけが寝室を照らす。そんな場所でルーナは俺にその想いを打ち明けてきたというのか。くだらないな。ガキに俺の重荷を背負わせる方が余程面倒だ。
「そうだとしても、ガキなんかに手伝わせる事なんかねぇよ」
「ガキじゃないって。僕、これでも師匠より年上だよ」
「は?」
「ほら、証拠だよ。魔女って真実が好きなんでしょ?」
ルーナは密やかに笑う。八重歯が先程の灯火によって、きらりと映る。そして、爽やかな笑顔とは裏腹に、ひょっこりと頭の裏側から突然、耳が生え揃った。
そして、窓辺に映る月夜がより一層、彼が何者であるかを証明している。
俺にそいつに、明確な殺意を向け、冷静に考える。
下手な事を言うべきではない。コイツは魔女の天敵だ。ふぅ。と強く息を吐き、吞むと、俺は素直な返事を返した。
「――驚いた。幻獣なのか。お前」
「そう幻獣。いや、人の言葉なら憑神とも言うべきかな?」
憑神。それは憑依した神の事だ。人を依り代にした一族であり、
例えば、神にも様々居る。人を殺したいと願った神も居れば、人を守りたいと願う神だっている。その中でも、コイツら憑神は神女を守りたいと願った一族だ。
言ってしまえば、敵だ。そんな奴が何故、俺を助けようとする。強く睨みつけると、ルーナは申し訳無さそうな顔を浮かべた。
「待ってよ、僕に敵意は無い。むしろ、その逆で本当に助けたいだけなんだけど」
「あぁ、そうかよ。けど、こっちはあんたらのせいでどれ程の魔女が消されたと思う?」
血が滲むほど、強く下唇を噛む。今ここでやりやってもいいだろうが、寝静まってるジートリー達を巻き込む訳には行かない。
それに、多分ではあるがもし、コイツとやりあったとしても、俺は勝てないだろう。それぐらいコイツの力には手を焼かされていた。仲間と呼べる魔女達が、幾つもの星となって、還った事か。嫌でも、思い出す。
逃げ惑う悲鳴も聞こえず、血に塗れる訳でも、絶命した絶叫を出した訳でも無い。本当に、跡形もなく、魔女を消す方法をこいつらは持っているのだから。
「そんなに唇噛まないで。僕の力は使わないから。……後、黙ってて悪かったよ」
本当に敵意が無いのか。それとも、油断させる為なのか。ルーナは、悲しそうにしながら、俺に声を掛けた。不思議な事に、一瞬信じてしまってもいいのではないのかと、神様以上に目の敵にしているコイツらを許してしまいそうになりながらも、俺は返事を返す。
「じゃあ、何か。俺が魔女だと知って近付いたのか? 俺を消す為に」
「半分は正解。半分は違う」
「次だ。師匠の事は? 師匠は人だぞ。魔女じゃない。何故、師匠に弟子入りしてる。事と場合によっちゃ、俺を犠牲にしたってお前を殺す……!!」
「ねぇ、お願いだから僕に話させてよ。ちゃんとお前が疑問にしてる事には答えるからさ。そんなに疑うなら視れば良いさ。僕を」
まさか、良い歳をした俺をこうも諭されるとは。ちょっと、腹が立ちつつも、その言葉を素直に受け入れる事にする。ただのクソガキじゃないんだと思ってはいたが、マジで食えないクソガキだったなんてな。
「僕達はもう神女の味方なんかじゃない。今は魔女の味方さ」
「ふん、どうだか」
「次に、正解ってのは僕がお前を見つけた事。偶然、魔女を感知しちゃったからビックリして遊ぼうと思っただけに過ぎない。残り半分は、お前を消したい訳じゃないって事。何より、消せるんだったら、今消してるでしょ?」
――ルーナの視線に揺らぎは感じない。何故だ?
幻獣は神女の味方な筈だ。それに、裏切ったとも聞かない。況してや、神女はもう居ない筈だ。いや、考えるべきではないのか。
今、コイツ自身、嘘を付いてないってのは確かなんだから。視線を視てそれは、間違いない事だった。
「話を戻すよ。最初の話だけど、ジートリーが破ったって言ってたけど、アレは僕が触ったから。
「お前、触ったのか⁈」
「ちょっとした興味だったんだけど、焦ったよ。僕、敵として見られてたって事? それは勘弁してくれないかな。ちゃんと僕はお前の味方だよ」
成程。どうやら、俺は一つの回答を貰えたようだ。
あの証文には、間違っても見られないようにと魔術とそれらにかかわる人物、特に俺が意図しない者が触った場合、死ぬように細工していた。
そして、証文自体は破棄され、すぐにその事が分かるのと同時に、俺の知識へと証文の情報が写される。後はそれを複製すれば良い。
だから、あの時ジートリーが本当に破いたのだと思ったんだ。作為した魔術が発動してなかったから。
「どうしてそんな事をしたのか。それは分かんないけど、アレ。無いと困るんでしょ?」
「あぁもう、分かった。分かったよ! あんたの事、信じれば良いんだろ⁈」
「素直で良いね。僕はそっちの方が嬉しいんだ」
ルーナはニッコリと微笑み、そう言い放つ。笑えねぇ。だって、そうだろ。
こうなれば、魔女なんておまけなもんだ。
俺は世界滅亡一歩のシナリオでも描いてるってのか⁈ あぁ、良いだろう。なら、序章はこうだ。
世界破滅のプロローグ、……ふざけんじゃねぇよ! 俺に文才はねぇよ。考えただけで頭、痛くなってきた。
「さ、僕の力、貸してあげるよ」
ルーナは再度、妖しく微笑んだ。
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