第十七節「地獄のような晩餐会」

 目が覚め、俺は頭を抱えた。

 あぁ、そうか。あの後、俺は倒れ込むようにして寝ていたのか。そして、ベッドの上で起きた時、さきのクソガキ共ジートリーとグレイスが俺の上で乗っかったまま、すやすや寝ていた。

 重く感じたのはそれが原因か。酷くお世辞にも綺麗とは言えないベッドの上で、今一度昨日何があったのか。

 それは、蘇る悪夢だ。思い出すも無惨な出来事、死よりも苦しい地獄の間であった。


* * *


 皆、各々の食事を終えつつある時だ。

 俺は気分ぐったりになったまま、何も食べずにいる俺の横で椅子に座っている突然グレイスがこんな事を言い始めたのだ。


「ねぇ、こいつ。こんなにも美味しいエールってお水を飲まないのは何でぇ? ――んっく、くっ。ぷはぁーっ!」


 酩酊めいてい状態のグレイスは、ノリの良い荒くれのようなポーズで椅子に座ったまま、ジートリーに向けてそんな事を聞き始めたのだ。

 それ、水じゃねぇけどな! お酒って飲み物だからな。

 とはいえ、その事を指摘する気力は俺には無い。今はこの気怠さだけが改善されることを祈って、椅子に座っているのが精一杯だ。


「エウ様はお酒に弱いのです!」

「へぇ~。そうなんだぁ~。そう言えば、名前? だっけ。貴方はなんていうの?」

「ジートリーです! 仲良くしてくださいです!」

「ふぅん……私はグレイス。グレイス・アルカレスカ。良い名前でしょ。むっふー」


 和気藹々と談義をする二人。多分ではあるがお互い、似たような容姿だからだろうか。気も合い、それこそ神様にとっては、同年代の友達――いや、歳の差は8歳とうん百年歳なんだけども。ただ、こいつらはクソガキだ。

 そして、クソガキとは、切っても切れないある言葉がある訳だ。そう、悪戯だ。


「あぁん⁈ ってぇ事はぁ、つまり、神様の水が飲めないってぇの事なの。ふふ、なら、ジートリーらっけ? 頼みがあるんだけどぉ」

「ふんふん。……了解です! ふふふ、エウ様、覚悟するですよ」


 グレイスは突然叫んだかと思えば、二人はテーブルの間で手を置き、何か内緒話をし始めた。何をしようってんだ。

 その後、二人は結託の意思を見せるようにして、ぐったりとしている俺に近づいてくる。刹那、グレイスの手が、俺の足を掴む。

 両手で抑え込むには余りにも非力な腕と手の大きさだが、咄嗟の出来事に、何も出来ずにいると、ジートリーがささっと隣にあった椅子の上に立ちあがった。


 そして、俺の口へとエール瓶を近づけてきたのだ。


「おい、ジートリー。何をしようとしてんだ。つか、さっきから死んだような目が怖いんだよ!」

「んふぅ、覚悟するですよ~! 日頃の、恨みを晴らすのです!」


 恨みって何?! 待って、俺。そんなに恨まれるような事をしてたか? 確かに、クソガキだとは思っていたが、恨まれるような事なんてしてきてないぞ!

 駄目だ。ジートリーに、何を言っても無駄だと思った俺はグレイスへ視線を向けた。大丈夫、神様なんだし。願いの一つぐらい聞いてくれるだろう。

 救いの手を求めて、救わずに何が神様か!


「グレイス、水でも飲んで落ち着け、な? だから、その手を放してくれよ」

「はぇ? 水はここに、あるられでしょ! それとも、何~? 神様のお水が飲めねぇってんですかぁ~!」


 ダメだ。グレイスに至っては論外だ。べろんべろんに酔いが回ってやがる。


「ちょ、マジでやめ――がっ、ぶ⁈」


 ジートリーは俺の口を抑え、エール瓶を口元へと垂れ流された。当然、口の中一杯に広がる爽やかな苦み。勿論、いつもの俺なら、コイツらなんて振りほどけるだろう。だが、二人に手を挙げる訳にもいかない。


「あ、アハハ! エウ様、エールぐいぐいってしてるですぅ!」

「この水は美味しいんだから、じゃんじゃん飲むのよ~! ……ふひっ」


 師匠! 

 ――おい。こっち向け。何故、俺が見た瞬間、視線を逸らした。どう見たってあんたの厄介事じゃないか。私には関係ないだろう。って、態度を取るんじゃねぇよ。

 最後の頼みの綱でさえ、ぷっつりと刃で切られた後、俺は混濁とした意識になっていく。


「師匠、俺先に寝てるから。おやすみ」

「そうかい。ルナ、しっかりと身体を休めるんだよ。――しかしまぁ、流石の私も気の毒に思えてくるね。大丈夫かい? 馬鹿弟子」

「げほっ。げっ、そう、思うなら。二人をとめ、ろ……よ」


 一瞬、エール瓶が離された時に話すがまた、口は瓶で閉ざされる。あぁ、酔いが回る。視線がぐにゃりとかすみながら、意識を必死に保とうとする。


「あらら。……ったく、後でとびっきりの胃薬でもこしらえようかね。じゃあね、馬鹿弟子。死なない事を祈っとくよ」


 師匠はそう言って、何処かへと言ってしまった。あぁ、魔女だって諦めは肝心だ。どうにもならない事だってある。師匠がさじを投げたんだ。

 やっとの事、ジートリーから解放された俺はテーブルの上でぐったりとする。そして、意気揚々と立ち上がりながら、瓶を掲げてはグレイスは言い放った。


「ふはは、魔女を倒したぞぉ~!」

「すっごいですぅ! グレイス様は御強いのですね!」

「どんなもんよ~! なんたって、私。神様ですからぁ――ひっく」


 最近、思う事が増えてきたと思う。神様の事、ジートリーの事、ルーナの事。

 どれも大事な事だとは思う。記憶が錆び付かないようにと、思い出の中にあるそれらはどれも俺にとって大事な仲間だってのは分かっている。

 だが、ジートリーは俺に対して、恨みがあると言っていた。グレイスは、まだ分かるが、ジートリーが俺を恨む理由が全く分からん!


 ちゃんと衣食住は与え、虐待なんて以ての外、魔術も知りたいとジートリーが言ったから教えたというのに。

 この仕打ちはなんなんだ! 段々と記憶が薄れていき、ここから先は二人がはしゃぎまくった姿だけがくっきりの脳裏に残っているだけだった。


* * *

 

 頭の中の記憶から、現実へ戻した。次は確実にこうならないように師匠に頼んで、晩餐のエールは決してグレイスの前に置かないようにと、頼んでおこう。

 ありゃ、駄目だ。次に、部分的な記憶消去の魔術も開発しよう。

 全体消去はあるが、部分的は未だに開発されてない。だが、確固たる意志で俺はその魔術を開発しなくてはならない。

 何故なら、エールを飲んだ事の無いグレイスにする為にだ。

 

 それに、全てを忘れたら苦痛だが、一部の記憶を忘れるのはむしろ好都合だからな。


「しっかし、どうするか。後二日か」


 だが、否が応でも蘇る記憶だってある。師匠の言ってた事だ。後二日だと? しかも、証文は全て破かれ、もはや俺の手に打つ手はない。

 今更になって、証文はこの子ジートリーが破いたんだ! 信じろよ! なんて言った所で理解はされないだろう。

 頭痛とこの問題に頭を抱えながら、俺は思考する。――せめて、俺の死体が残ってりゃそれを活用してやったってのに。

 

「おっさん」

「うぉ⁈ ルーナ、起きてたのかよ。って誰がおっさんだ」

「……異端審問会? だっけ。それについて、良い話あるんだけど、どう?」

「はぁ?」


 それは意外にもルーナからの提案だった。

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