第十六節「残り二日」

 俺とグレイスは地下にある食堂へと入る。――勿論、掃除はした!! 

 

 匂いも汚物も何一つない空間ではあるが、ゲロ塗れになった事を思い出す。

 日の出が出始めた朝だったからよかったものの、夜とかだったら片付けるのだって一苦労しただろう。


「あっ、エウ様! スープ、スープ美味しそうよ!」

「やっと来たかい。何二人でしけ込んでたんだい?」

「あぁ、ちょっとな。それより、ジートリー。よく普通にしてられるな?」

「何が? ジーは、普通ですよ。ぅふふ」

「そう、僕も普通だけど。どうしたの? お姉様」


 違う、二人とも目が死んでるだけだ! なんだったら、ジートリーの奴。れすがですになってやがる。いつもの呂律が回らないジートリーじゃない。

 ただ、諦めの境地に達してるだけだ。


 俺は空いてる椅子へと座り、グレイスもまた空いていた隣の席へと座らせる。

 奥側にはルーナとジートリー。そして中央席には師匠が座り、反対側の中央席が残ってるが、師匠は未だにアイツの事を忘れられないのか。

 いや、考えるのは止そう。今は飯の事を考えるべきだ。


「ほら、たんと食べな」

「わーい! ジーは感激してしまいそうですぅ!」

「ありがとう、師匠様」


 師匠は、立ち上がっては木の器へと順にジートリー、ルーナとスープを掬って盛り付けていく。もう、二人の口調にはツッコんでられない。

 あぁ、この世界は無常だ。師匠に勝てる奴は誰も無いんだろうな。


 俺は諦めて、視線をご馳走へと向ければ、様々な料理が既に置かれていた。

 パン、肉料理、エールと並んでいる。ただ、何より一番食欲をそそる匂いは、この料理達では無い。

 師匠の座っている椅子の後ろには魔術で作ったであろう消えない暖炉、どうやらそこに、窯があり、美味しそうな匂いが漂ってきている。そのスープの匂いが一番良い香りを出しているようだった。師匠はその窯からスープを作ってよそっているみたいだが、同時に嫌な思い出が蘇る。


「ほら、アンタも。ただ、神様って食べ物を食べるんかね?」

「ありがとう、ございます?」

「まぁ、食っとけよ。……で、俺には?」

「あんたは独り寂しく自分でよそいなぁ! 人の事をババァババァ呼びやがって、忘れたとは言わせないよ?」


 ――まぁ良いさ。そのぐらい。

 

 とはいえ、先程思い出した事もある。どうもババァの作る料理が上手いもんだから、聞いたら一時その中を見せて貰った事がある。

 それがなんとまぁ、独創的な物ばかりなもんで。でも、美味いものだから余計怖くなったのを覚えていた。

 

「……げ」


 で、案の定そうだ。そのスープの中身は何か得体の知れない物が煮込まれてる。

 蛙の足、豚の臓物と思わしきモノ、馬の耳――。あぁ、もう止そう。コレ以上みると食欲がなくなる。ただ、美味いのは事実だ。中身さえ知らなければ、だが。


「ふん、どうしたんだい。そんなに気持ち悪そうな顔して。スープに変な物でも入ってたかい?」

「は、入ってなかったが?」

「そうかい。まぁ、虫の一匹でも入ってたら、作り直すさ。入ってるんだったら、だけどね」


 こんのババァ! やっぱり、確信犯じゃねぇか!! 嫌にニヤつくババァの顔を見て、俺は胸糞悪い気分になるが、それでもここで言うのは不味い。

 特に、ジートリーにはマズイ。アイツはゲテモノ嫌いもとい虫嫌いもとい魔物嫌いだから、もしそれだと知れたら。あぁ、クソ。

 これまた、嫌な思い出が脳裏に浮かぶ。


 アレ、何で楽しい食事の筈なのに、嫌な思い出ばっか巡ってんの? 俺。


「……えっと、どうすればいいんですか?」

「あぁ、そうか。グレイスは知らないんだったな。飯ってのは食べるって事なんだが、ほら」


 俺が指さす先は、ルーナとジートリー。――が、そのガッツきようときたら、はぁ。やっぱり、こうなってたか。と、すぐに頭を抱える事となった。


「ふへへー。うまぁーい!」

「なぁ、ジートリー。毎回思うんだけどさ。それ、何処に入ってるの……?」

「ふへ? はに? ろうしたの?」

「うわっ! 食いながら喋るな、汚い!」


 ジートリーは手に持ったナイフとフォークを使い、口いっぱいに食べ物を放り込んで、ムシャついてる。なんだったら、肉に付いた骨さえも残さず食べようとしている。

 ちゃんと吐きだせ。骨は食いもんじゃないって教えたろうが。


「えーっと、つまり口の中に運べばいいんですね?」

「概ね、合ってる。が、ジートリーの食い方は真似すんなよ」

「成程?」


 本当に分かってんのか、コイツ。

 ――いや、まぁどうにでもなってくれ。と思っていたが、意外にも素直なグレイスは近くにあった香ばしい骨付き肉チキンレッグを口の中へと運んでいった。

 すると、グレイスの視線は沈む。アレ、口に合わなかったか? まぁ、神様が食事を取るなんて事自体、想定外な訳だが。


「あー、食えないんだったら無理して食わなくても……」

「んっっっまぁーい!! ナニコレ、鼻からツーンとくるような香ばしい香りと染み渡るような甘い味! それでいて、――いや、言えないなぁ。これ以上の言葉が浮かばないっ! 人って凄い! こんな物を作れるんだ!」

「そりゃ、良かったな。黙るからマズイのかと思ったぞ」


 多分、鼻からツーンとする香りは匂い付けのハーブの事だ。甘い味ってのは、肉汁の事か? 甘い味って思うのか。どちらかといえば、この程度の肉なんて食い過ぎて胃もたれすら覚えるもんだが。


 でも、そうか。こいつは知らないんだ。もっと良い質のある肉の存在を。

 平民が食べるようなチキンでも、こいつにとっては新たな知識でしかない。牛のステーキとか食わせたら、涙でも垂れ流してそうだな。


「口に合ったようで良かったよ。さ、久々の食事会だ。乾杯といこうじゃあないか」

「ババァ、お前結構楽しんでるだろ」

「ふん、楽しんじゃ悪いかね。こりゃ、久々の家族で飯を囲ってる気分になるってものさ。……そういえば、あんた。大丈夫かい?」

「ん? 何が」


 俺が器に盛られたサラダを今まさに口へと運び、食べようとした時だった。何が大丈夫なんだ?


「異端審問会。その期日は残り二日だが、まさか、忘れてた訳じゃないだろう?」

「あ」

「馬鹿弟子、時空間の魔術を使った時に起きる時間ズレを忘れてたね?」

 

 そうだ。そうだった。やらかしたな。とはいえ、何も準備不足のまま、このアーレスに訪れた訳では無いから大丈夫だろう。

 ここアーレスへと向かう途中、その移動中の内に集めた他の魔女達の証文は十分にある。数ヶ月間かけて、何もしていた訳じゃない。

 現地での証言は集めなくとも、多分どうにかなる筈だ。勿論、希望的観測内ではある訳だが。


「んっぐ。んんっ、――ぷはーっ! こぇ、なんれすかぁ?」

「げっ! おま、エール飲んだのか⁈」

「あーははは、ぐらんぐわんするぅ~。あー、何で魔女さま分裂してぅの~?」

「くっつくな! ってか酔うの早すぎんだろ! 待て。頼むからくっつくなぁ! 俺は、酒の匂い、うぷ」


 俺がまじめに考えてる他所で、アレコレ手を付けていたグレイスはエール瓶を飲み干した後、俺の肩へと身体を寄せてくる。

 無知で馬鹿なのんべぇ神様の出来上がりだ。まぁ勝手に飲んだ物は仕方無い。グレイスにエールを飲むな、言わなかった俺にも責任はあるだろう。


「――うー。どうしらのぉ~? 魔女様ぁ」

「近づくなつってんだよ! 俺は酒の匂いも駄目なんだっての」

「げっ、おっさん――じゃなかった。お姉様、大丈夫? どう見たってヤバイ顔だけど」


 大丈夫な訳あるか! おい、後ルーナの奴さらっと人の事をおっさんと言いかけただろ。やっぱり、クソガキはクソガキだな。


「誰の、せいだと思って……っ」


 気分は最悪だ。一度ひとたび、酒の匂いが鼻に付けば、乗り物酔いのような嫌な感覚が残る。ったく、折角の晩餐会だってのに、クソガキ三人と食事を囲んだ結果視線を横目にしながら周りを見る。


 あぁ、もうそんなにグラスにがっついて。って、ルーナ。

 お前、さりげなく人のサラダを取りやがったな! 手癖の悪い奴め。あー、絶対に許さん。魔女を怒らせたら、どうなるか。その身をもって知るが良い!

 ――魔女の怒りをぶちまけよとしたその瞬間、追加のクソガキが割って入ってきた。


「エウ様、エウ様っ! そうだ。これ、これ見て下さいです!! エウ様に謝らなきゃいけない事が!」

「今度はなんだ⁉」


 おぅ、おかわりか? いい加減にしろよ。お前ら。そろそろ、土下座以上の事をさせるぞ。


「ふへへ~。間違って、破いちゃいました~。ごめんなさいです!」

「ぁあ⁈」


 そこには、俺が数ヶ月前に集めた証文の数々がビリビリに破かれていた。当然、直せる訳も無い。真実という魔術で修復?

 残念ながら、これが真実。あぁ、そうか。よくわかった。

 俺は勘違いしていたようだ。そんな怒りに身を任せていた俺はありったけの声で、叫んでいた。


「てめぇら、全員表出ろ、クソガキ共! 師匠が殺す前に俺が殺して――うっ」


 だが、響く声は何ともやる気のない声となるだけだった。酒の酔いが思った以上に酷い。しかも、クソガキが食事を楽しんでる最中だ。当然、俺のかき消された小さな恫喝の声、そこに末恐ろしいとされる魔女の姿形を示す事なんて出来やしなかった。

 


 


 

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