第十五節「さぁ、飯だ。飯」
「とにかく、腹が減ってるんだったら、食堂に行きな。全く、出来の悪い弟子を持つと苦労するよ」
それは、そっくりそのまま言い返してやろうか。頭でっかちな師匠に弟子入りした俺の方だって苦労してるだろうが。それに、その言葉はルーナの奴にも同じことが言えるだろ。
俺の方が兄弟子とはいえ、ルーナも出来の悪いって事になるんだが?
「ふふん、ジーは知ってるのです! こういう時は、大体ロクでもない話をしてるって、そうですよね、ルーナ様!」
「ばっ、余計な事を言うな、ジートリー!」
「ふぅん……? そうかい、そんなに仕置きが欲しいかい?」
「ち、ちがっ」
「ひぇっ、シャル様」
ルーナはジートリーの口を塞ごうとするが、時すでに遅しとはまさにこの事で、師匠の表情は強張った鬼のようになっていく。あーあ、知らねぇぞ。俺は。
こうなった師匠は、止まる事を知らない。俺は何度、殺されかけたか。つか、殺されたな。首へし折られて。
とはいえ、コイツらは見た目、まだ幼子だからキツイ仕置きは無いだろうが、数日間はまともに飯なんて食えなくなるだろう。それ程、師匠の仕置きは恐ろしいんだ。
「今日はもう遅いし、二人もお腹が空いているんだろう? 先にご飯を食べようじゃあないか。でも、明日は生きられると思わない事だねぇ」
「ぎゃぁー! エウ様ぁ、エウ様ぁあ! ジー、殺されちゃうれすぅうう……!」
「し、師匠! ごめんなさい、ごめんなさぃいい……!」
師匠は泣き叫ぶ二人を床からひっぺがえすように、首を掴んで引き連れて行った。
二人とも、ご愁傷様だな。クソガキ共。たまには、痛い目にあってくれ。
そう思いながら、無言を決め込んだ少女へ視線を向ける。少女は微動だにしない。
視線は沈み、暗い様子なのが分かる。先程の話を真に受けてるようで、目の前で起きた事すら頭に入らず、神は敵なんだとずっと考えてそうだった。
「真に受けるな。あくまで伝承の話だって、言ってただろ」
少女は更に思い耽る。返事はない。まぁ、変に考えを巡らせる気持ちは分からんでもない。だが、それは真実なんかじゃないだろ。
「お前は視たのか、その光景を。神様が、俺と殺し合う場面を見たか。見てないのに、それを真実として捉えるな」
「でも」
「でも。も、クソもあるか。今のお前は、暗くて辛い思いをしてるんだろ。なら、考えるな、必要以上の先入観を持つな。確かにお前は神だが、この世界の神じゃない」
少女は何も言い返しては来なかった。先程同様、視線は俯いたままで、無言を語り始める。そこには嘘はない。事実もない。
俺の言い分が真実となっているに過ぎない。
「クソガキ。いや、流石に名前が無いのは面倒だな」
俺は少女の名前を考える事にした。名前、か。名前を付けるなんて八年ぶりだ。
ジートリーの時だって、取り合えずその辺にあった本の作者から取った物だ。当然、俺にはネーミングセンスなんて持ち合わせちゃいない。
――でも、コイツにはピッタリな名前がある。
「ストゥレイ」
「……ストゥレイ? それって、どういう――」
「迷子って意味さ。お前には、ピッタリだろ?」
少女は頬を膨らませ、こちらを睨んでくる。なんだ、泣き虫の方が良かったか? そんなに目元を腫らせているんだったら、それもありだったか。
ただ、睨むぐらいの元気はあるんだったら、少しは前を向けよ。誰だって、辛い過去や遠ざけたい記憶の二つ、一つ持ってるもんなんだからな。
「可愛く無いので、却下で! まだ、クソガキの方が可愛げがあります!」
「あぁ、そうか。良いだろう! だったら、お前の名前はクソガキな!」
「嫌!」
話が進まない。可愛い名前、ねぇ。俺は困りつつも、思案する。が、当然そんな名前が出てくる訳もない。そもそも、可愛いなんてどんなイメージをすればいいのやら。――そうだ。
責めて、可愛い名前ってのがどんなのかを知れれば、違うかもしれない。俺は少女に問いかける事にした。
「なら、自分を名付けたらどうだ?」
「じゃあ、えーと、マジカルパワーゴッドちゃんとか?」
「……すまん、撤回だ。俺が考える」
「え~、なんでぇ!」
コイツの基準が全く分かんねぇ!
分かんねぇ所か、もはや別の域に達してる気がする。俺の方がまだネーミングセンスが普通にあるぞ。マジカル――なんだって?
いや、考えるべきじゃないな。それは間違いなく、不適切な名前だろうから。
「はぁ、しゃーねぇな」
俺は少女へと視線を下ろし、しっかりと前を見る。顔を見ればそれなりに可愛いんだがな。
靴買ってやらねぇとな。素足のままじゃあ、この世界じゃ変だろうから。他にも、女の子なら女の子らしくしねぇと。俺とは違って、可愛いんだから。
上から下を舐め回すようにして見ていると、少女は首を傾げた。
コイツ、一応神様なんだよなぁ。こんな見た目で、あの空間で独りで過ごしてきた神様。きっと、寂しい思いばかりしてきたんだろう。まぁ、都合よく俺が現れて、死ねと願えば死にます。そう覚悟する程なんだから、よほど願いに飢えてたんだ。
願い。あぁ、――そうか。
なら、コイツには本当に神様として頑張ってもらおうか。
良い名前が思いついた俺は、少女の頭を撫でる。くすぐったそうに眼を瞑ったまま、撫でられる事を拒否はしない。はん、魔女って割には、我ながら情に弱いな。
ジートリーと出会った時も同じようなもんだった訳だし。
俺は少女の名前を言った。
「グレイス」
「はい?」
「グレイス・アルカレスカ」
なら、ここの神様に――それも、相応しく優しい神様になってもらうべきだろ。伝承に似た憎き神様に成ろうものなら、俺はコイツを殺さなくちゃ行けなくなるんだから。
魔女たるもの、神を罰せよ。その思いを繋いで、俺は今まで生きてきた。だが、悪い神様ならいざ知らず、何も知らない無知で可哀そうな神様まで罰する必要は無い筈だ。
「グレイス、ですか?」
「そうだ、グレイス。悪かないだろう?」
「ふふっ、うん。嫌いじゃない」
視線は喜ぶ。先程まで会った筈の、違和感のある暗く沈んだ顔では無く、真正面から見る笑顔はクソガキと呼ぶには程遠かった。
「さ、飯だ。飯」
「はい!」
「そうだ、グレイス。あの空間で飯ってどうしてたんだ? 腹減ったら死ぬだろ」
「あ、それ聞きたかったんですよ、飯って何ですか?」
――神様は本当に無知なようで。何も知らずに生きてきたんだと、更に実感する事となった。つか、ゲロとか伝承とかはしってんのに、他の事は全く知らねぇのかよ。むしろ、一般常識を知っとけよ!!
この調子じゃあ、靴の履き方とかも知らなさそうだな。服だけ着る知性はあるみたいだが。
「馬鹿にしてません? その顔」
「してねぇよ。ほら、行くぞ」
俺はグレイスの小さな手を繋いで、食堂へと向かった。
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