第十四節「閑話休題――それと、史実」

 あの後、真っ赤になったルーナと沈黙のままの少女から風呂場から出てきた。何があったかは容易に想像できる。

 ただ、それよりも問題なのは師匠の方だろう。師匠が外に出払ったのは、俺の死体の事だったらしい。何でも、師匠はすぐさま、俺の死体を確認しに行ったらしい。


 ――が、死体はもぬけの殻だった。

 埋葬したはずの地面を抉っても、何一つ肉体は出てこない。その理由は分からないが、元々あった死体と俺の肉体が時間軸のズレによって、重複してしまったんじゃないかと師匠は言っていた。


 あるものはあるように、ないものはないように魔術は出来る。


 だが、あるものを複製は出来たりしない。

 真実とはそんなにも便利じゃないんだと、意気揚々に師匠面していた。久々の授業という事も相まって、気合を入れて説明してきた。

 それは、ちょっとウンザリとしつつも、俺も身体の汚れを落とし、そして、その日の夜を迎える事になった。


* * *


「さて、事情を説明してもらおうかい?」


 少女と、俺。ジートリー達は別の部屋へと移動してもらい、それぞれ向き合うようにテーブルと椅子を囲む。テーブルの中央には、魔女会のような蝋燭が立てられているだけでそれ以外の灯火は無い。


 お陰で、周りが見えず、ぼんやりと火の影から映る師匠と少女が不気味だった。

 

 後は、師匠が用意したであろうクッキーが並んでおり、目の前には紅茶と思わしき、飲み物も置かれていた。


「何処から説明すべきか。つか、聞き忘れたんだが、お前、名前は?」

「なま、え?」


 少女はキョトンとした表情で俺を見返す。まさか、名前が無いのか?


「名前ってのは、その人を呼ぶための固有名詞みたいなもんだ。ほら、クソガキだの、お前だのって呼んでたら、呼びづらいだろ? 同じクソガキ達も居るんだし」

「ク、クソガキて。あの、今更だとは思うんですが、私神様ですからね。クソガキ呼びはどうかと思うんだけど!」

「クソガキは変わらん。俺から見りゃあ、ババァ含めてクソが付く程のカスだからな」

「ほう、言ってくれるね。けど、今はその話をしたいんじゃないんだよ」


 師匠は取りなおすようにして、溜息を吐いた。そして、視線を再度こちらへと向け直した後、それは語り始める。


「あんた、神様なんだってね?」

「ハイ。私は神様です。願いをかなえるための存在でしたけど、今は分かんないです。この人から救われて、あの場所から出てきちゃったから」


 少女は怯えたまま、返事を返した。

 取って食う訳じゃないんだから、そう怯えなくとも良いだろう。まぁ、状況だけ見れば、薄暗い部屋でババァと魔女が神様へ尋問をしているように見える訳だが。


「ふむ。神様に名前が無いってのは重要な事だ。神様ってのは、元々存在しえない存在だから、名前が無いのも仕方無いとは思うがね」

「というと?」

「アルカレスカには、神って存在が昔から存在しないんだよ」

「神が存在しない……?」


 師匠め。昔話を語ろうってのか。俺は黙ったまま、その行方を見守る。

 どうせ、いつかはバレる事なんだから、構わないさ。どうして、俺が人を恨み、神を恨むのかなんて話は今更どうでも良い事だ。


「アルカレスカでは、神秘ならば魔法が。脅威なら、魔物が。文明ならば、人々が。それらは神に頼ることなく、作られてきた。――唯一、魔女は神様によって、造られたようなもんだがね」


 言い終わった後、師匠は紅茶を一口、静かに飲み干して行く。そして、静かに口を開こうとするも、それに対して、少女は疑問を投げつけた。


「あの、神様って存在しないっていう割には神様が魔女に造られたってどういう事なんですか? それより、魔女って造られた存在なんですか? この人も?」

「一度にごちゃごちゃ質問するんじゃないよ。ちゃんと、教えてあげるから」

「……はい」


 少女は何処となく不愉快そうな顔のままだった。多分、少女が不愉快なのは神って存在が居ないと否定されたからか。

 一端に神様を名乗っておきながら、自分を否定される事だけはとことん嫌ってやがるな。存在証明なんて自らすればいい話だろ。何故、自分に自信を持たない。


 そう思いながら、少女を横目に見ると、その目は、まるで自分が存在しておらず、否定されたような視線だった。


「遠い昔、それこそアルカレスカなんて呼ばれる前の話さ。神様に付随する人形のような存在があったのさ。それが、魔女の祖に当たる神女こうじょさ」


 魔女は神女に付随する為だけの存在。要はおまけで生まれてきただけに過ぎず、人からも神様からも嫌われている。

 それも遥か遠い伝承の中の存在、不確かで不鮮明――それが、魔女。


 まぁその伝承のせいで、俺はあんな思いをし続けた訳だ。当然、死なない身体だって、望んでた訳じゃないし、魔術だってあんまり使いたい訳じゃないからな。


「そして、神様は神女を使って、人へと戦争を吹っ掛けたのさ。対して人は、魔女を造った。エウリカのような存在をね」

「ま、待ってください! 神様は、人を救う存在な筈ですよ! 人から敬われ、信仰される存在。そして、願いを叶える事の出来る――」

「――だから、神様が願ったんだろう? って」


 師匠は、少女の言葉を遮って言い放った。願いとは、何も人の為だけではない。

 神が神の為に祈ったとして、何の問題があるだろうか?


 もし、俺が神でもそうしただろう。

 そうすれば、全て俺の物になるから。そして、そこには悪と正義が必要だ。だからこそ、神は祈った。

 人は悪であると。


「魔女は元は神女の肉体から造り出された存在で、唯一、神と対抗して、似た力が扱えるのさ。ただ、これが魔術の祖に当たる禁呪になっていてねぇ、全てを塗り替えてしまい、あったものすら全てを巻き込んで消しちまう」


 ――世界を壊す魔術。それが終末の時空間ラグナロクなのさ。


 ふん、人ってのは本当に残酷だな。神に支配されることを恐れて、いっその事、全てを壊せば良いと願い始めた訳だ。

 当然、そんな魔術は使ってはならない訳だが。


「そん、なのって……」

「そうかい。神様、あんたにとっては嫌な事だろうけども、これはあくまで伝承の話。エウリカは魔女ではあるが、


 師匠はこちらを見て、にぃと不意に笑いを見せつけてきた。

 嘘を付いたな、この師匠。俺は生まれは人からじゃない。魔女である以上、魔女として生まれたし、伝承とはいえ、こうして魔女が居る以上、本当なのは変わらない。


「ただ、神を名乗る以上、あんたはコイツに殺されたとしても可笑しくはない。余程、踏みとどまらせるような事があったんだろうね。とはいえ、聞かないでおくよ、二人の関係にババァは用済みだろう?」

「うるせぇぞ、ババァ。第一、俺がコイツを殺さないのは真実を知りたいだけだ」

「本当かい? ただの好奇心って、理由もありそうだけどねぇ?」


 真実を追い求める為の存在なんだから。当然だろ。

 

 そう思っていると、――ドアが破壊されるような音がした。


 途端、静まり返る俺と師匠は身を構える。襲撃か? 警戒しつつ蝋燭の火を持って近づくと、見覚えのあるある二人の顔が見えてきた。


 ジートリーとルーナだ。ルーナが、ジートリーの上に背中から乗り上げ、じたたと手足をバタつかせていた。……何やってんだお前ら。


「ちょ、ルーナ様、お、重いれすぅ!」

「お、お前が悪いんだろ。見えないからって暴れやがって。いつつ」

「二人とも部屋で待っていろと言ったのに、人の話を聞かないねぇ」


 師匠は鼻息を漏らしながら言うが、待っていろと命令を聞かないのは駄目だろ。俺はジートリーには説教が必要だと思いつつも、二人は言い訳を話し始めた。


「だって、お腹が空いたんだ。師匠の話、大体長くなるし」

「ジーもれす! お腹は空いてないれすけど、独りは怖かったのれす」

「ったく、馬鹿弟子。ちゃんと躾けてないからこうなるんだよ」

「ババァ、お前だって、今の弟子を躾けられてねぇじゃねぇか!」


 何か言ったかい? と、言わんばかりにこちらを見始め、嫌になって俺は視線を逸らす。ババァめ。

 やっぱり、俺は師匠が嫌いだ。

 

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