第十三節「魔女はロクデナシ」

「エ、エウ様?」


 開けていた口を閉ざしたのは、ジートリーからだった。飛び散らかった食事、それも熱々だったろうスープと木のボウルを頭からかぶってしまったにも拘らず、ジートリーは目の色を変えずに、潤んだ声でそいつは俺に語り掛けてきた。


「あぁ、俺だ。どうした? そんな顔なんかしやがって」

「エウ、様……エウ様ぁぁ!!」


 ジートリーは俺へと駆け寄ってくる。

 だが、少女が邪魔で抱き付く事は出来ず、ただただ俺の頭を撫でるだけだった。本来であれば、抱きしめたかったんだろうが、ゲロ塗れかつ少女に馬乗りにされている俺をどうにかできる程の力はコイツには無い訳だが。


 それよりも、時空間を移動した俺達はいつの日かの時間軸に飛んだ訳だが、数か月後かもしれないし。あるいは、数年後かもしれない。

 当然、進んだ時間は見た目や成長を行う訳だが、ジートリーが変わった様子は特に無い。多分、そう長くは経ってないんだろう。

 

「あはは。ゲロ塗れ。あはは、神様なのに。私……あは、あはは」

「折角の食事に何してくれてんのさ。おっさ――じゃなくて、おばさん」


 悪態のつくルーナ。というか、今おばさんつったか。俺はおっさんと言われるのは当然、おばさんだって怒りが湧きそうになるが、今は目の前の鬼を何とかしなくてはならない。

 そう、師匠だ。――だが、様子が可笑しい。少女の方をチラッと見た後、溜息をついて鬼の角は消えていく。


「ったく、寿命を縮めるなんてホント馬鹿だねぇ。良いさ、私は少し気になる事があるから、ルーナ。後は頼んだよ」

「僕が⁈」

「良いから」


 嫌そうにしているルーナ。だが、そんなのは知らない素振りで、師匠は先程の階段へと戻っていった。

 何かを察した様子ではあったが、なんだってんだ……?


「悪かったな。クソババァ、お前の方が寿命が終わってんだろ」

「……聞こえてるよ。馬鹿弟子」

 

 こわっ、チラッとこっち皆ババァ! 後、地獄耳かよあんた!

 その後、ババァはまた階段を上っていった。大方、得体の知れない厄介者を連れてきたぐらいの考えではあるんだろうが、事実は間違っちゃいない。

 それよりも、まずはこっちだ。


「お前はいつまで俺の上に乗ってるつもりだ」

「うぇ、うぇえええ。汚されちゃった、私。私、神様なのにぃ」

「はぁ」


 聞く気は無いと見た。仕方無い。

 奮起して、俺は少女をどかした。優しくなんてしない。当然、投げ飛ばすようにしてテーブルから降ろす。その後、立ち上がる俺だが、少女はへたり込んだまま、動こうとはしない。早く、立てよ。

 そう思いながら、強引に少女の腕を引っ張る。


「ちょ、痛いんですけど⁈」

「良いから早く、その汚物を、風呂に入って落としてきやがれ!」

「この汚物は、貴方が原因ですよね! はーっ、今確信しました。魔女ってロクデナシなんですね!」

「あぁ、ロクデナシだ。だから、――早く行ってこい」


 ゲロ塗れの神様自体俺だって嫌だ。だから、先に譲ってやると言ってるのに、なんて態度が、このクソガキ。


「……お風呂って何ですか」


 嘘だろ、お前。風呂ぐらい分からんのか。そこまで無知な神様ってのは居るんだな。仕方無く俺はルーナへと視線を向け、話しかける。


「ルーナ。お前が案内しろ。後、使い方も」

「は? 嫌に決まってるでしょ。何で、僕がそんな事しなくちゃいけないんだよ」

「良いから。それとも、お前は女の子が汚れてる姿の方が良いのか? ふん、ならそれも良いだろう。コイツは汚れに汚れてるからな」


 そういうと、ルーナは俺を睨んでくる。なんだよ。俺がそんなに嫌いなんだったら、一発殴ってやろうか。良いぜ、俺はまだ気力がある。

 やろうってなら良いぜ。そう思っているとルーナは俺からの視線を逸らし、少女の手を掴んだ。


「来て、こっち」

「あ、はい。ルーナ、って?」

「名前だよ。さん付けは要らないからね、ルーナで良い」


 ルーナは部屋の奥へと向かっていく。成程、風呂場はあっちか。なら、ババァは何処に行ったんだ。てっきり、風呂場の方へと向かったのかと思ったんだが。

 ――って、うるせぇぞ! ジートリー! いつまで、ギャアギャア泣きわめているんだ、てめぇ。


「クソが。アイツ、俺には素直じゃねぇのに、ルーナには素直なんだよ。イライラするったらありゃしない。後、ジートリー、何勝手にひっついて泣いてるんだ」

「エウ様、エウ様ぁぁあ。あぐっ、んっぐ」

「あーもう、頼むから泣くな。つか、俺のローブで鼻たれを拭うな、馬鹿!!」


 ジートリーは俺が汚物塗れだって言ってんのに、気にせず俺に抱き付いてきやがる。大方、俺を殺した事を悔やんでるのか。だとすれば、良い愛弟子だろうさ。こうも敬い、慕ってくれる大事な弟子をもてて、何よりだ。


 そんな俺には珍しい歓心を向けていると、ジートリーはおもむろにハッとした顔をして、離れて行った。――なんだ、やっぱり臭うか? 

 まぁ、仕方無いか。俺もさっぱりした後なら、幾らでも撫でてやろう。こんなにも、俺の事を気遣ってくれる子をもてたんだからな。


「エウ様、ゾンビじゃないれすよね? ふぐっ」

「は?」


 だが、思いもよらぬ言葉に俺は驚きを隠せなかった。ゾンビ? なんでまた、そんな言葉が出るんだ。


「エウ様なんか、埋めちまえって、シャル様が言ってたれす。だから、だから。ジーは、ジーは……ごめんなさいれす! 祟らないで下さいれす!」


 師匠。あんたなんて事をしてんだ。俺は生き返るってのに、埋葬したってのか。

 普通ならあり得ない冗談ぐらいの話だろうが、あの師匠を思えば、冗談ではないのがすぐにわかる。なんたって、あの人だからな。


 ただ、そうなるとちょっと気になる事が出来たな。


 死んだ時、あの神様が居たでは俺の肉体があった。

 つまるところ、こちらの世界にある肉体は消えては居ないんじゃないか? だとすれば、ふふん。それはそれで便利だ。第二の身体として、使えそうじゃないか。


「後で、掘り返してみるか」

「ひっ、やっぱり、エウ様はゾンビれすか。あ、悪霊は退散するれす!」

「勝手に殺すんじゃねぇよ。ジートリー! つか、悪霊とゾンビは違うって前に教えたろうが!!」


 両手で十字を作りゾンビを退散させるマークを作り出すジートリーに俺はツッコミを入れつつも、視線をジートリーへと向ける。

 泣きそうな顔で必死に震える様に、怒号を出した俺は何とも不甲斐ない気持ちに成る。苦節八年、すくすくと成長していくジートリーに対して目線を下ろした事は無かった。 

 だが、この子は何よりも俺に視線を向けて、待ち望んでくれている。そして、いつも、傍に居る。

 そうだ、、嫌いじゃないクソガキだ。ちゃんと、言っておくか。


「あぁ、そうだ言い忘れてたな。ただいま、ジートリー」

「……! お、おかえりれす!」


 その言葉に、俺はこの世界に戻ってきたんだと思った。

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