第十二節「神様、魔女と一緒に」

 ――少女は物語を語り終えた。


 コイツ、話の規模がデカすぎるな。本当なのかと一瞬疑いの目を向けるが、少女は至って普通の態度のまま、何も変わらない。

 まぁ、本当なんだろうな。ここで嘘をつく理由が見当たらないのだから。


 それよりも、問題はこっちだ。少女が視た映像では、世界が滅んでいく様を見せられていたと言っていた。当然、アルカレスカにもその危機が及ぶ可能性も考えたが、少女がその世界を知らないのでは答えようもないか。

 よし、取り合えず、こんなシケきった場所から連れ出してしまう方がいいだろう。


「え、何ですか。ちょ、ちょっと⁈」

「煩い。黙って立てよ。あぁ、勿論だが抵抗しても良いぞ。但し、その場合は殺す」

「さらっと、怖い事言わないでくれますか⁈ 後、それ私には拒否権無いですよね!!」


 俺は立ち上がり、少女の強引に手を掴む。折角、不可能な事を成し遂げる魔術の真髄を見せる良い機会だ。


「なんだ、怖気づいたのか。アレほど殺されることを願ってたのに」

「あぁもう、分かりましたよ!」


 俺は皮肉を込めて言う。少女の頬はぷくりと膨らませ、歳相応の態度に少し安心しつつも、魔術を唱え始めた。

 何、お前を救って見せようというんだ。悪いようにはしないさ。


「かの地、盟友と呼ばれし者達には、夢幻の大地と謡われ、さりとて、事実と根底は真逆であった。史実とは、希薄な存在であり、夢追おう物を食い散らかす――」

「あのぉ。何をしてるん、ですか?」


 少女が何かを言っているが、詠唱を止める訳にも行かない。俺は無視をして、詠唱を続けた。


「無視ですか。まぁ、良いですけど」


 不服そうな顔でこちらを見つめるが、俺の口は二つじゃないんだ。諦めろ。それともなんだ、詠唱を止めてやろうか? その瞬間、不発動の魔術は大変な目に合うぞ。


「だが、夢は真実となりえる。故に、我は抗う。かの地は、夢ではないと」


 ――遥かなる時空論ディスタント・タイム!! 


 俺が魔術を唱え終えると、空間に歪みが現れ始める。それは、黒に包まれた靄のような見た目をしていた。


「ナニコレ」

「時空間だ。この空間と疑似的ではあるが、俺の世界を繋げている。後はこの中に入ればいい」

「は、はぃい⁈」


 不可能を可能にする。それが魔術だ。勿論、これ以外の方法だって考えてはいたが、手っ取り早いのはこれだ。俺には、ちょっとしたリスクがあるが、そのぐらいはどうって事は無いだろう。

 だが、中々少女は入ろうはしない。むしろ、抵抗し始めた。


「救ってやるつってんだ、早く入れよ!」

「嘘。こんな訳分からない何かに飛び込めって事⁈ 嫌に決まってるじゃないですか!」

「あぁもう! 黙って入れ、クソガキ!」


 俺は無理矢理、少女を引っ張ってその中へと入る。おいこら、ジタバタ暴れるんな! 人の顔を手で押し退けやがって、ぶん殴るぞ、てめぇ!!


「いーやぁああ! どうしてそうなるんですかぁ!」


 最後まで抵抗するからだ! ったく、黙って付いて来ればいいのに。

 俺はどうにか、少女を無理矢理、ゆがみの中に入れる事が出来た。

 だが、同時にあの悪寒が襲い始める。あぁ、クソ。やっぱりか。だから、嫌なんだ。ジートリーは時空間魔術を使えと言っていた。


 俺は嫌だったのには理由がある。何故ならば、この空間に激しく揺れ動く。そう、アーレスへと向かっていた時の様な馬車中とは比べ物にならないぐらい、大きく揺れるのだ。

 そう、揺れるのだ。


「んっぷ、……おげっぷ!」

「ちょ、やめっ。は、よ!!」


 入った瞬間、酔いはじめた。当然、俺はゲロった。吐き出された異物は巻き散らかされ、漂い始める。空間内は光沢のある虹色模様で照らし出され、眩しささえ感じる。とはいえ、後はここで数分の我慢だ。

 後、すまねぇな。少女、俺の体質である以上、吐かないって選択肢は無いんだな。


「――げぇ、ぜぇ。吐くのを、止めろとか、無理だから。諦めてくれ」

「理不尽!! 無理やり連れだされたと思えば、ゲロ塗れとか、最悪なんですけど!」


 そして、ここは時空間である。

 その為、時の流れが対等ではない場所では無い。数年前の食った物とか未来で食べたであろう何かが、色んなものが吐き出されていく。


 これは、何時の奴だ? あぁ、多分二日前に食べた肉料理だな。次は、干乾びて固形化したスープだな。

 うん? 何で、金属なんて物が出てくる? 金属なんて食べれないだろ。

 未来の時間軸で食べたのか? そんなものを食うなよ、未来の俺。


「あ、あの!? ゲロ、ゲロがどう見ても変だと思うんですけど!!」

「女の子が、ゲロゲロ言うものじゃないぞ。汚い……うげぇ」

「汚いのはどっちですか⁈ あぁもう、責めてこうなるなら貴方と離れた状態ではいったのに!!」

「あ、俺から離れるなよ。一生、ここから出られなくなるぞ」

「ハイ、魔女! 私は絶対に貴方から離れません!」


 うわぁ、丁寧過ぎる程の手のひら返し。流石の俺でも引くぞ。とはいえ、少女が戸惑うのも、仕方無い事だ。

 だが、こればかりは我慢するしかないんだから諦めろ。

 更にそこから数分もすれば、視界が歪み、キリキリと痛む胃に呼応するようにして、吐しゃ物が止まない。


「もう少し、我慢だ――おげぇ」

「頼むから、喋りながら吐かないで下さい! いーやーぁああ!! 頭に、べっちゃりとした何かが! 最悪すぎます!!」


 それは、ごもっとも。まぁ、吐かずに時空間を漂えるなら、それが一番良い。

 だが、無理なんだなぁ。一時期、何とかしようとしたが、どうしても吐く。魔女でもどうしようもない事だってあるのだ。そう、酔いは天敵なのだ。


「お、ぉおお」

「こ、今度は何ですか……。まさか、漏らすとか言いませんよね⁈」

「あ、いや。そろそろ着く頃だと思っただけだが、それと後で覚えて置けよ」

「紛らわしい顔しないでくれませんか⁈ 後、一言多かったです。スミマセン!!」

 

 紛らわしい顔をしてて、悪かったな。と、思ったのも束の間。

 それは見えてくる。光沢のあった虹色の光は、輝かしい闇色の光へと呑まれていく。そして、俺達はその中へと包まれて行き――視界を開けた途端、師匠のアトリエと思わしき場所へと落ちていく。


「ぐがっ⁈ お、重……っ。はよ、退けろ。クソガキっ!」

「あぁ。わ、私の身体がお、汚物にまみれになった。あはは、これでも、私。神様なんですけど」


 ただ、落ちた場所が間が悪かった。何せ、ゲロまみれの状態の俺達は、と思わしき場所に俺達は落ちていたんだからな。その上、俺が先に落ち、少女が俺の上へと、テーブルの真上目掛けて、落下したのだ。


 当然、テーブルの上に合った料理を吹き飛ばし、更には降り注いでくる吐しゃ物。ついでに、辺りを見渡せば、食事中の奴らジートリーとルーナはぽかーんと口を開けたままだ。


 ただいま、お前ら。魔女が神様、拉致って帰ってきたぞ。なんて、冗談でも言ってやろうか、駄目だな。性に合わない。

 そして、何事かと言わんばかりに、急いでそいつは階段から降りてきた。師匠だ。見るや否や、頭を抱えたと思えば、すぐさま手で鼻を抑えた。


「なんだいこの臭さは⁈ まるで誰かがゲロ……って、人の家で何してんだい!!」

「ババァ。いや、師匠。話すと長くなる。まず、この子を何とかしてくれ。後、風呂を貸してくれると助かる」


 わなわなと震える師匠。そして、一通り震えた後、溜息をもらして、言い放つ。


「こんの、馬鹿弟子クソガキ!! 更なる厄介事、運んで来やがったね⁈」

 

 師匠の怒りはそれはもう酷かった。まさに、俺が書いた似顔絵通りの顔だったからな。やっぱり、似顔絵通り、鬼じゃねぇか、この人。

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