第十一節「願わくば、死を」

「たすけて、くれるんですか?」

「そりゃ、俺は魔女だからな。真実を見通すのが魔女だからだ。つっても、お前を殺すつもりはない。確かにお前は神様なんだろうが、願いを叶えない神様とかもはや、置物だろ。そんなもの、魔女から見ても無害だ」

「置物って。まぁ、そうですよね。でも、殺さずに私を救う方法なんてあるんですか?」


 途端、少女の視線が地に落ちる。

 コイツ、死ぬ事しか頭にないのかよ。後、そんなに落ち込むなよ。ここから脱出しようって言ってるのに、そんなにも気が落ち込まれてもこっちが気に病みそうになるだろうが。


 まぁ、良い。その話は後だ。それよりも、俺はまだコイツに聞かないと行けない事がある。


「取り合えず、ここで起きたことも全て話せ。救ってやるんだから、それぐらいはしてもらうぞ」

「分かりました。全てお話したら良いんですよね」

「そうそう、素直で良いんだよ。……クソガキ」

「何か、言いました?」

「いや、何も」


 不貞腐れる少女。小さくクソガキって言ったのを聞こえてたんだろうが、実際クソガキだろ。苦しい思いを貯め込んだって良い事は無いんだから。

 そして、俺が語ったように、少女にだって語る時間が必要だ。それに真実を創ったからと言って、全てじゃない。


 物事には順序があるように、魔術にだって種明かしの時間がある。

 だから、今度は少女の物語を聞く事にした。


* * *


 「最初はただの願いだったんです。もう何百年って時が流れたせいで、その事は覚えてませんけど。あ、でも、ちょっと違うかな。なりたかったんじゃなくて、私は神様にならなきゃいけない気がしたんです。不思議な事に、その理由は覚えてないんですけどね」


 ハイ、これで迷子の神様の完成です。って、納得がいかないって顔をしている魔女のままだった。


「あ、あはは。納得してないって顔です、ね」

「ちゃんと話せ」

「はい、すみません」


 何なの、この人!? ってか、本当に同じ女の人なの? 

 めっちゃ怖いし、めっちゃ睨んでくるし。魔女ってロクデナシしか居ないんじゃないの。――まぁ、この魔女は悪いような感じはしないのも事実だけど。

 本当に救ってくれるのかな、私の事。こんなにも、ダメダメな神様でも、私は願われた人に縋ってもいいのかな……? あー、駄目だ。また、涙出ちゃう。

 私はそっと、視線を逸らすと苛立った声で魔女は話しかけてきた。


「目を見て、話せ。視線を逸らすな、俺は気が短いんだからな」

「分かりましたよ。はぁ」


 せっかちな人。でも、何を話せばいいんだろ。私がここに迷ってから、月日が経ちすぎちゃって、時間の感覚だって殆ど無い。 

 百年? 二百年? いや、もっとそれ以上かもしれない。

 いつの日からか、死にたいって気持ちばっかりになって、苦し紛れに舌を噛んだ日もあったっけ。でも、死ねなかったなぁ……。

 アレは痛かった。数日間、喋られなくなっちゃったっけ。


 ――あ、でも。と、私は二つのある事を思い出し、その事を恐る恐る伝えて見る事にした。


「数日前、うぅん。昨日かもしれない。私には時間の感覚が無いから、分からないけど、誰かが私を見つけてくれたんですよ」

「誰かって、誰がだよ?」

「分かんないです」


 覚えてないと言った瞬間、魔女は睨んできた。うわ、怖いんだけど。そんな目で見られたって、どうしようもないんだよ~! 分かんないんだもん。


「まぁ、良い。とにかく、その誰かはお前を視ていたんだな?」

「ハイ。大体、合ってます」

「――やはり、お前は神様として殺すべきだったか」

「突然、なに⁈ どうしてそうなるんですかぁ!」


 怖い。この人、怖すぎる。というか、情緒どうなってんの?! 殺そうとしたり、殺さないって言ったり。救ってくれるって言った割には、その殺意が消えてないのも恐ろしいんだけど!


「気にするな。お前を殺すのは最終手段だ。俺も救おうと考えてるさ」

「わか、りました」


 納得が行かない。けど、うん。仕方無いよね。私は駄目な神様、誰の願いも叶えられない迷子の神様。そんな時に、初めての願いは――本当に嬉しかった。だから、もし、殺されたとしても辛くはない。

 満たされない気持ちだった私を、願いで埋めてくれた初めての人だから。


 まぁ、初のお仕事がまさかの死ねってのは、ちょっと嫌ではあるけど、この人は神様を憎んでるんだったら、泣かずに叶えるべきだとも思える。


 そう、覚悟したのに。突然、真実を突き付けられた。私は、その真実をグッと胸の中で閉まっているつもりだったのに。魔女って凄いなぁ、神様になりたいって思った私は何だったんだろう。


 ……私はどうして、神様になんかならなきゃいけなかったんだろ。

 だって、そうじゃない。こんな場所で独りで居なくちゃいけない。でも、願いは何も生まれてこない。

 神様たる力の根源、願いを叶える事が出来ない世界にずっと居た。それって、私の存在理由があったのかな。


 ――って、そうじゃないよね。ちゃんと、話さないと。


 私はしっかりと魔女へと視線を向け、思い出した事を話す。

 

「後は、そう。世界が壊れるだけの映像が視せられるんだよ。あ、でも貴方が恨み辛みを持つのは当たり前なのかなぁ。そう考えると」

「映像?」

「そう、映像。映像っていうか、背景? 意識? んまぁ、よくわかんないけど、滅んでいく世界が一杯あったんだよ。あれ、言ってなかった?」

「言ってないんだが? おい、ちゃんと話せよ。次、説明を折ったら、死に方を選べないと思え」

「ハイ、スミマセン」


 すっごい理不尽。でも、ここまでして私の話を聞いてくれる人も初めてだから、ちゃんと話すべきだよね。

 考えを少しまとめながら、拙い言葉と思われないように言葉を選んでいき、私は説明した。


「映像ってのは例え話で。様々な世界の状態が勝手に視えてくるの。魔法で絶滅した世界とか、機械とかいう訳分からない物で闘って死滅した世界とか。人が全員突然、自殺した世界とか」

「成程……?」

「で、聞こえてくる悲鳴が止まなくて、血が溢れて、いつの間にか何にも無くなって、視えなくなる」


 ――あの世界の人達は、願いを持たなかった。

 誰も神様を頼ろうとはしなかった。神様の私なら救える筈なのに、人ってだーれも願わないんだろ? 

 助けて欲しい、って。


「ごめんなさい、コレ以上無理。話せない、かな」


 同時に、私は口を抑えて、今一度吐き気を押し戻した。考えをまとめてる時に、脳裏に浮かんだ悲惨な世界が、映像が流れていく。アレは、私が救えなかった世界。

 でも、救えないのは当然だよね。皆、神様ワタシから目を逸らして、世界が動いてたんだから。


「それは、辛かったな。……でもお前には関係無いだろ、救ってほしいと願わない奴らの方が悪い」

「うん。でも、これは貴方には関係無い事でもあるよね? きっと、アレは神様として願いを叶えてこなかった罰なんだから」


 ちょっと怖くなったのかもしれない。

 今まで独りぼっちの迷子の神様だった訳だけど、いきなり独りぼっちじゃなくなったせいなのかな。話す相手が目の前に居て、考えられなかった事も、考え始めちゃった。

 それが酷く、嫌な気持ちにさせていく。


 。って――でも、それは分かんない。

 


 分からなくても、楽しいと思えれば良いと思ったからなのか。それとも、この魔女に話したくないからなのか。自然と扉を閉ざすべきだと思う。

 この事は胸に閉まっておこう。


「じゃあ、お前はこの場所で様々な世界を視ていたんだな。なら、その中にアルカレスカが滅ぶような事は、あったか?」

「分かんない。だって、映像だけだもん。貴方が言うアルカレスカってのがどんな世界か、知らないから」


 大体、視たくも無い映像を見る日々にはウンザリしてたんだから。と言いたかったけど、言ったらこの魔女からは怒られそうだなぁ……。

 あーやだやだ。この人って、何処か情緒不安定なんだよねぇ。そのくせ、老け顔って訳でも無い。

 むしろ、長くて美しい赤髪が羨ましいとさえ思える。――私も髪、長くしようかな。そうしたら、魔女に成れたりして。

 そんな事無いか、私は神様だもんね。


「まとめるとお前は世界を滅ぶ映像を常に見続けて、何百年と生きてきた。そして、突然この俺が現れ、初めての願いだと思った」

「うん、合ってるよ。そうだと思った。だから、死ねと言われて、嬉しかったんだよ。だって、願われたから」


 魔女が私を見て、悲しそうな視線を送ってきた。何でだろう? 死にたいってそんなにも、駄目な事かな。神様も、死にたいって思うのがそんなに悪い事なのか。

 だって、死ぬって平等な事を、神様だけは得られない。

 そんなのは、理不尽だよね。

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