第一章「迷子の子、何処へ往く」
第十節「迷子の願い」
「そういう訳だ」
「お、あぁぁ。ひっぐ。師匠は貴方の事を人として見てくれてたんですねぇ……!」
「そうだ。って、泣きすぎだぞ、お前」
「し、仕方無いじゃないですか。ふぐっ、私こういうお話には弱いんですよ!」
それは俺の数少ない色褪せない物語、魔術に書き換えられないように、何度もあの三文を復唱していた。偶然にも、その事を思い出したお陰で少女を殺す訳には行かないとなった訳だが。
勿論、蔑ろには出来ない。あの言葉は師匠の想い、だからな。
それから、俺の物語を読み聞かせ終えた後、隣り合わせのまま座り込み、暫しの無言が続く。この時間の何の意味があるのかと、俺は思っていたが、突然、少女がムスッとした顔で話し始めた。
「……真実を知ってないから。そんな理由で、私を殺さないんですか?」
「あぁ、そうだ」
俺は頷いた。そりゃあ、理解出来ないような話だとは思う。
だが、俺の今があるのは師匠のお陰だ。もし、教えを守らずに目の前の少女を神様として殺そうものなら、俺は胸を張って師匠の前に立てないだろうな。
「やっと、ここから出られると思ったのに」
「今、なんつった?」
少女は俺の返事を無視して、視線を逸らした。勿論、それ以上は喋ろうとはしない。ここから出られる?
やっぱり、俺が思ってる通り、ここは死の狭間じゃないんだな。
そう思っていると突然、思いもよらない言葉が少女は立ち上がり、声を大にしてあり得ない事を言い放った。
「殺すなら、殺して下さい。その願い、聞いてあげますから」
「は? だから、嫌だって言ってんだろ」
「貴方は願ったんですよね? 殺したいと。なら、私は神様なんです。貴方の願いを叶えなくちゃいけないのに、まだ叶えられてない」
弱気な声と共に、嗚咽に似た泣き顔で少女は悲しそうしている。神様としての願いを叶えなくてはいけないというのか。――酷なもんだな。神様ってのは。
こんなにも震えて、恐怖に怯えてる癖に。
願われたというだけで、自らの死を望む、か。
「嫌だね。大体、お前は何故俺の殺したいって願いを叶えようとしたいんだ? それは、えーと」
「何が言いたいんですか? ハッキリしてくださいよ。どうでも良い事を聞くんだったら、私を早く、殺して下さい!」
ダメだ。ババァみたいな誘導尋問のような事は俺には出来ない。
なら、仕方無いか。俺は真っ直ぐと少女の視線を捉える。上手く伝える力が無いんだったら、はっきりと物怖じせずに聞くのが俺が出来る精一杯の対話だ。
つっても、クソガキと話すのは苦手だ。あぁ、何でこんな目に……。
いや、よく考えろ。この少女が死にたがってるのは、俺が原因だろ。躍起になって、突っかかった俺が悪いんだろ。しっかりしろ、俺。
今、目の前の少女が神様に成り代わって死を望んでいる。何処にも、コイツが神様って保障はないのに。
「よし。じゃあ、聞かせてくれ。神様なら、願いを叶えて当然、それは分かった。けど、迷子ってのはどういう意味だ?」
それは……。と一瞬、言いだしかけたが、少女はキッと睨み返してきた。
「貴方には関係無い話ですよね⁈」
「無いだろうな。だが、真実を知るってのはそういう事だ。気に食わない事を聞いたんだったら、悪かったな」
俺は憶測で構わないからと、考えを巡らせる。
この少女は何を望んでいる? 何故、死にたがってる?
視線は事実、嘘は揺らぎ、無言は真実。
師匠の言葉を胸に、俺は様子を伺う。少女の視線は何処となく、迷っている。嘘をついた様子はない。後は、何かを言い掛けて、とどまった。
つまり、少女は何かを知っている。ただ、それを語っていない。なら、簡単だ。後は、無言で語らせるまでだ。
――そういえば、俺の夢の中で少女は言っていたな。
私は迷子。だから、私を見つけて下さい。
そう言ってた筈だ。そして、俺は出会った。ただ、誤算があるとすれば俺が神様を殺したい程、憎んでいる魔女だったって事ぐらいだ。とはいえ、神様は願われた願いを叶える必要があった。
だから、神様はその願いを叶えようとした。ここまでは納得のいく道筋だ。そして、ここからが分からない事。何故、自ら、死を望む必要があるんだ。
一度、撤回した願いなのだから、もう死ぬ理由なんて無い筈だ。
ここだ。ここを明確にしないと、どうにもならねぇ。目の瞬き一つの間、考えをまとめた俺はその事を問いただす事にした。
「何も、死ななきゃいけない理由がある訳じゃないんだろ。なら、死にたいとか言うなよ。……殺そうとした俺が言った手前、説得力なんざ皆無だけど」
「ふざけて、るんですか? 私の気も知らないで、死にたいとか死にたくないとか、関係ないじゃないですか。貴方は願った。それだけでしょっ!」
少女は苛立ったまま、視線を落とす。そして、無言となった。
――あぁ、たった今、嘘をついたな。
今まさしく、それが手に取るようにわかる。それとも、そこにある真実とやらと向き合ったのか。
少女は間違いなく、死ななくてはならないんだ。それも自分じゃどうしようも無い程の何かの足かせに縛られてる。
じゃあ、迷子ってのは? これも憶測にはなるが、多分、願いが集わない神様の事なんじゃないのか。神ってのは、俺が言った通り、偶像でしかない。
民衆の願いを聞き届け、嘘でもそれを叶える事で、祈られている存在だ。だが、この少女には、それが出来ない。もしくは、出来なくなった。
そうか。成程、お前の真実が何なのか、分かったぞ。
「そうだったんだな。ははっ、簡単な事だったんだな」
「な、何勝手に頷いてるんですか! なんで、貴方は頑なに私を殺そうとしないんですか。私を殺せば、良いでしょ! 神様を殺したいほど、憎んでるんでしょ!! ねぇ!」
「そりゃあ、真実に至ってないお前がムカつくからだが?」
俺の中で納得をさせた三つの欠片、それはしっかりと魔術として呼応してくれたように、頭の中で三つの言霊を浮かべる。
そして、適当にあしらいながらも、師匠がしたように俺は無詠唱で魔術を唱えながら、、正しいと。真実がまるで、無かったのに、あるようにと。――強く願う。
一瞬、その時間が止まり、俺は手から
見えない弾丸が、少女の胸を貫いた。
まぁ、少女は魔術を唱えた事すら気付いてないだろう。真実を貫き、その真実を魅せる為の特別な魔術。
これが師匠の魔術だ。
「お前は神様となる前に、死んだんだ。そして、目が覚めたらここに居た。それも、永い間。その間、神様として願われることも無く、ずっと独りぼっち。勿論、願いを叶える事も願われることも無い。――だから、迷子の神様なんだろう?」
俺の真実は、正しいか。さぁ、答え合わせだ。間違いなら、少女は話す事になる。もし、無言を貫くなら、魔術は成功だ。聞いた事に対して、俯いた少女。
俺は真っ直ぐと視線を向け、成功するようにと、願う。もしかしたら、師匠も俺に掛けた時も、初めはこんな気持ちこうだったんだろうか。チクチクとした心臓の胸が高鳴り、見よう見まねで繰り出した師匠の魔術が成功する事を願う数秒。
「……」
「無言は真実。そう捉えるけど、良いんだな?」
無事に、真実を認めた、少女は黙ったままだった。
「なん、でぇ」
途端、少女は、倒れ込むようにして、肩から崩れ落ち、俺は優しく少女の肩に手を掛けた。
「ここから、出られないから苦しかったんだろ、死ねば楽になれるって。そう思ってたんだろ?」
「は、ぃ。そうです、そうなんです! 辛かった、独りはもう嫌ぁ……!」
「はいはい。ったく、最初からそう言えよ。強がって、何してんだが」
小さな返事をくれる少女。ありがとう、師匠。あんたのお陰だぜ。
そう思いながら、俺は最後の一文を投げかける。この魔術は不確かな真実を無言へと変える魔術だ。
当然、この子の想いを知った今、叶えてやるべきだろう?
「分かった。なら、良いだろう。お前を救ってやろうじゃないか。――迷子の神様とやらを」
不可能と思える事。それが出来るのも、魔女の魔術だ。
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